Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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謎の独立国家ソマリランド / 高野 秀行 

あ、暑いですね・・・ほんと、もうやだ。

友人たちは日本脱出、ある人なんぞは寿美子的船旅に出かけている。ついでにオットもキャンプに行くとかで、ぐだり放題のぐだぐだ。
途中で放り出していた作業を再開したり(これが作業量膨大)、タイムリーに読めなかった本に手を出したりするチャンス。いや、チャンスはいつでもあるけど。



で、その読みたかったけど読んでなかったという本が、「謎の独立国家ソマリランド そして海賊国家プントランドと戦国南部ソマリア 」だ。
単行本が出た時、読みたいなぁと思いつつ読みそびれていたら、文庫化されてしかも電子版もでていた。
ノンフィクション作家の高野秀行氏の本なのだが、なぜだか私はこの高野氏と「ジェノサイド」の高野和明氏が一緒くたになっていた。よくみると、よくみなくても、苗字しか同じじゃないのに、なぜにそう思ったのか…?
それはともかくとして、ノンフィクション作家の高野氏は、ワセダ探検部出身ということで、勝手に親近感なぞも抱いてしまう。

ところで「ソマリランド」って何?という感じなのだが、これはソマリア連邦共和国という国の中にある独立国家らしい。といっても、国際社会には認められていない、いわば「自称国家」だ。

ソマリアというのは面白い国で、この「ソマリランド」と連邦共和国に属しているという位置付けの「プントランド」と、中央政府が置かれている「南部ソマリア」の三つから成っているという。
政府が置かれている南部ソマリアが一番ちゃんとしているのだろうという気がするが、実は逆。南部ソマリアは「リアル北斗の拳」状態らしい。イスラム過激派と激しい戦闘やテロが続いており、内部でも激しい氏族間の戦闘があるというとんでもない場所だ。
プントランドは、タイトルにもある通り海賊国家だという。有名なソマリアの海賊はほぼこのプントランドの住人。主要産業が海賊というわけだ。
そんな中、ソマリランドは、国際的には認められていないものの、自国通貨を持ち、高度な民主主義を実現させているという。北朝鮮と真逆。あちらはよその国の紙幣を刷ったり、ミサイルで周辺国を脅したりすているならず者国家だが、あれでも一応独立国家として認められている。

Somaliland Republic map 


この「ソマリランド」および「プントランド」、「南部ソマリア」へ潜入し、その実態を綴り考察しているのが本書である。ネタ盛りだくさんのお笑い系かと思いきや、結構真面目なノンフィクションだった。
最も面白いのは、「ソマリ人」という人種の気質である。著者曰く、驕慢で、荒っぽく、エゴイストらしい。結構ひどい言い草だが、それはソマリ人が根っからの遊牧民だからで、驕慢で荒々しいエゴイストは、思考と行動が極端なまでに速いことや社会の自由さと同根だという。
農民は、農作物が育つのを辛抱強く待てるが、半砂漠に住まう遊牧民は乏しい草や水を求め、瞬時に判断し家畜を連れての移動を強いられる。我々のような農耕民族は集団で生活をするが、遊牧民は基本単位が個人か家族だけだから、主張も強いというわけだ。

私はソマリ人は故デヴィッド・ボウイの奥さんのイマンしか知らないが、「プロジェクト・ランウェイ」のパクリ番組である「ザ・ファッションショー」の司会の際のイマンには、途方もない迫力と誰もがひれ伏すような主張があった。
もう「あなた様のいう通りでございます」的な(笑)
あれはあれで面白かったけどなぁ。

Iman Mohamed Abdulmajid 

このソマリ人を語る上で欠かせないのが「氏族」である。分家やら分分家やら、分分分家やら分分分分分分家やらあって、これがかなり複雑。これを著者は戦国時代の武将にたとえて説明してくれているのだが、面倒で放棄してしまった。なんとかかんとか武田家とかなんとかかんとか伊達家とかで説明してくれているのだが、暑くてグダっている頭には入ってこなかった。ちょうど「応仁の乱 」を読もうと思っているが、理解できるのか心配だ。
頭の良い皆さんにとってはたぶん全く難しくないと思いますです。

この「氏族」というのは、企業に似ているらしい。日本の企業も有事に備えがっつり内部留保しているが、ソマリアの氏族もプール金を持っている。自分の氏族の誰かが、別の氏族の誰かを殺せば、ラクダ100頭ないし50頭を支払って手打ちにするという氏族間の伝統的ルールがあり、プール金はそういう有事の際に使われるのだ。会社でも従業員が不祥事を起こせば社長が謝罪するように、ソマリ人の「氏族」の場合は族長が謝罪交渉をする。

ソマリ人の基本原理は「カネ」で、彼らに無料という言葉はないらしい。伝統に従って族長が交渉ごとに臨むときもちゃんと日当が支払われるのだそうだ。
著者もそんなソマリアで恐ろしい勢いで資金を減らしていく。あんな物価の国で取材のために持参した150万はまたたく間に消えていった。ソマリアでは何をするにも一々高額な費用がかかるのだ。

しかし、ソマリ人は銭ゲバっているだろうか?
日本だって誰かに危害を加えたら刑事罰が科されると同時に民事賠償ということになる。だが、加害者に資力がない場合、その賠償金はきちんと支払われる保証はどこにもない。
一家の大黒柱を失った家族にとって、加害者が長期刑に服することは精神的満足に繋がるだろうが、遺族にとり現実的な助けにはならない。日本でも、犯罪被害者給付金では父親を亡くした子供は大学進学できない。
ソマリ人は「実」のほうを優先させるというだけだ。


自称独立国家ソマリランドの収入は、なんとすべて外国にいる親族親戚の「仕送り」だという。
プントランドのように海賊で外貨を稼ぐわけでもなく、他に産業も外貨獲得手段もないソマリランドは、「仕送り」で成り立っているのだ。
日本人の私たちには理解しがたいものもあるが、ま、そこはアフリカ。
そもそもアフリカには自力でなんとかしている国なんてほとんどない。先進国からの「援助」で成り立っているのだから、仕送りといえど、ソマリ人だけでやっているソマリランドはある意味エライのかもしれない。

もう一つ考えさせられたのは、国やNGOによる「援助」についてである。
「援助」はその国の経済発展を妨げるというが、その通りで妨げるばかりか、汚職、腐敗の温床となっている。
その点、ソマリランドは貧しいが正式な国ではないので、その手の「援助」はない。だから汚職も腐敗も、それをめぐる争いもないのだそうだ。そういう意味では、正式に認められない今のままのほうが国にとっては良いのかも。

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それはそうと、「無料」という概念がなく、基本原理が「カネ」の国で、著者が持参した取材費150万はま瞬く間に消えていく。あんな国で無一文になろうものなら、即死亡だ。そこで、著者は義姉義姉や友人に「仕送り」を頼んで取材を延長する。
ソマリ人が大好きなカートという麻薬作用のある葉っぱを毎日大量に食べて飛び、親戚の金をあてにする自分の姿はソマリ人そのものじゃないか、と麻薬で緩んだ頭で著者は自答する。

早い話、ソマリ人に同化してしまうのだが、そうなると急にソマリ人に親近感と好感を抱くようになる。このあたりの心理というのはとても興味深い。
よく、同族嫌悪というが、実は人は自分と似た人種というやつが好きでもある。
それが証拠に趣味が似た人とは友人になりやすいし、親近感も抱きやすい。
ちょうど日本にソマリアの専門家がいないということも手伝い、当初は反発さえ抱いていたソマリ人に急激に同化し傾倒していったらしい。なにせ、この本のあとには「恋するソマリア 」という本も出している(笑)
そうか、恋までしちゃったのか…

というか、あんなにカートを食べていて頭とか中毒とか大丈夫なのだろうか…?

 

category: ノンフィクション・新書

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2017/08/09 Wed. 13:04 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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かくて行動経済学は生まれり / マイケル・ルイス 

ここ数日ほど横浜はどんより曇りだけど涼やか。
どよ〜〜ん
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なんとエアコンいらず。
8月どこに行った?という感じ。


一方の西日本は猛烈な暑さらしい。
熊本は37度とかニュースていってたけど、もう発熱の段階よね。
くれぐれも熱中症にお気をつけください。




涼しいのはいいのだが、何もやる気がおきない廃人症候群中・・・

マイケル・ルイスの「かくて行動経済学は生まれり」のレビューでもと思ったけど、それも面倒い気分なのでカンタンに(笑)

まあまあでした。
以上。






















って、さすがにカンタンすぎなので補足をば。
この本は、行動経済学の始祖である二人のユダヤ人心理学者を描いたもの。そして、エイモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンの二人はかなりな変人。
行動経済学の成り立ちがテーマであるので、行動経済学の基礎的なことにも触れている。これが当たり前だが、目からウロコでもある。ちょっと「知ったかさん」できるミニ知識多数。
例えば、人間の意思決定を行うとき、効用を最大にするのではなく、公開を最小にしようとするとか。
損失を避けたいという気持ちの方が、利益を得たいという気持ちを上回るのだという。損をしたくない、苦痛を最小にしたいという本能は、生存に不可欠なものだから?

この種のミニ知識とともに、興味深かったのはエイモス・トヴェルスキーとダニエル・カーネマンの二人の奇妙な関係性かな。愛情とも、友情とも、ライバル関係とも異なる特殊なパートナーシップ。相棒というのが一番近いのだろうか。でもその言葉ももっと密な何か。

これまでのルイス作品ほどのギラつき感とそれに付随する麻薬のような快感はない。
ただ、食事と一緒で、読書はその時々の自分のコンディションを反映するもの。軽めの小説が気分のときもあれば、ノンフィクションが気分のときもある。私の今の気分はルイスではなかった(´・Д・)」
だから「まあまあ」かな。

でも、この手のものは別の機会にパラっと再読し始めると、感じがかわったりすることも多い。





category: ノンフィクション・新書

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2017/08/03 Thu. 20:04 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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偽装死で別の人生を生きる / エリザベス・グリーンウッド 

「偽装死で別の人生を生きる」とか、フィクションではしばしばあるが、現代社会で可能なのだろうか?

別の誰かになる、というのは実は誰しも密かに憧れていることでもあるが、本書の著者はこれを大真面目に検討していた。なぜなら、ラストベルトの片親家庭に生まれた彼女は、大学進学のために莫大な奨学金ローンを抱えていたからだ。
この奨学金ローンは通常の負債と異なり、自己破産してもなくなりはしないのだという。今、日本でもこの奨学金の返済に苦しんでいる人が増えているというが、学費がバカ高いアメリカの奨学金ローンは桁が違う(いずれ日本もそうなるのだろう)。

学校を出て人生これからというときに、既に10万ドルもの借金を背負い、月々返済し続けているのにもかかわらず元金がほとんど減らないという。裕福な同僚を尻目に、自分は返済に四苦八苦しなければならないことを思うと、何もかもから逃げ出したくなるという気持ちもわからなくもない。
先進国の貧困の苦しみは相対的なものだが、相対性こそが幸福感を決めたりするのだ。「金持ちの隣人がいるほど自殺率が高まる」という研究結果もあるというくらいだから。

ところで、「偽装死」で別の誰かになって生きようと決意する人の主な動機は、カネと暴力の二つに分けられるという。
前者はいわずもがな。後者は女性に多くDVから逃れたい場合だ。
そして、意外なことに「偽装死」だけでは米国では法には触れないという。ただし、この「偽装死」により別の誰かになりすましたり、ましてや生命保険金をせしめようとすれば、話は別だ。

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実際に「偽装死」をし失踪した人、失踪請負人、それを暴く人へのインタビューはリアルでとても面白い。本書にでてくる失踪請負人は、「完全履歴消去マニュアル」の著者の一人としても有名なF・アハーンである。
アハーンの本はライフハック日本版に簡単にまとめられているので、ご参考までに。

1、身元をあいまいにする 
2、社会的繋がりを最小限にする 
3、カードは使わない。現金払いが原則 
4、とにかく嘘で身の回りを固め、偽の情報をばらまく
5、資産管理をする会社を設立する
6、やる気と強さがなければ、失踪すべきではない
 
日本と米国では事情が異なるため、参考にはならないという人もいるが、わたしは基本は同じだと思う。物件は資産管理会社の法人契約にすればいいし、出国しなければパスポートも必要ない。戸籍や住民票が必要とされるシーンは限られている。ただし、これをクリアするためにはそれなりの資金が必要だが。
動機の多くは金だというのに、その金がないと「失踪」も「偽装死」もできないというこの皮肉…

ところで、本書中、「失踪」と「偽装死」はごっちゃになっている間もあるが、両者は本人にとっても残された者にとっても異なる。「偽装死」ならば諦めるだろうが、「失踪」なら家族はずっと探し続けるかもしれない。
「失踪」ならば、もしかして元サヤに戻れるかもしれないが、「偽装死」の場合、果たして騙された家族は受け入れてくれるだろうか。

幸いなことに私自身は今の所、「偽装死」も「失踪」も必要はないが、もしも自分が今SNSで自分の妻から猛攻撃を受けている某俳優だったら偽装死もしたくなると思う。「失踪」だと諦めてくれないだろうし。

「偽装死」に成功したという人は本書には出てこない。著者が見つけられなかっただけで成功者もいるのかもしれない。
著者は、「偽装死」された家族にもインタビューしているのだが、そのダメージは大きい。それは親兄弟友人を騙し、一切合切の人間関係を断ち切るということなのだから。

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結論からいえば、自らの死亡証明書は想像よりもずっと簡単に入手可能だ。フィリピンやそれに類する政治機構が腐敗した地域に赴き、プロの手を借りて死を偽装しさえすれば。
日本で暮らすという選択肢を捨てれば、物価の安いフィリピンなどの第三国でそのまま死亡したことにし、生きて行くということもできるかもしれない。
もしかして、実際にそうしている人だっているのかも…

充分面白かったが、やはり実際に「偽装死」しているという経験者の話が聞きたかったかなぁ…
彼(彼女)が今何を思い、どう暮らしているのかが知りたかった。
まぁ、そういう人は決して公の場に出ることがないからこそ、それに成功しているのだろうけど。
DNAレベルで人間は社会的な動物であるというが、その全てを断ち切っても幸福でいられるのか、それが知りたかったなぁ。

  

category: ノンフィクション・新書

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2017/07/24 Mon. 18:33 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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猿神のロスト・シティ 〜地上最後の秘境に眠る謎の文明を探せ / ダグラス・プレストン 

ついに梅雨明けするようだ。
毎日バカみたいに暑く出かけようという気力を奪う。
気力だけでなく先立つものもない
あ〜あ、早く秋にならないかなぁ。
といっても、最近はもはや春も秋もなくなった( /ω)

せめて本で探検気分でも味わおうじゃないの、ということで読んでみた。

本書は、南米ホンジュラスの未開の地、モスキュア地方に眠る古代都市、猿神王国(シウダー・ブランカ)を探す考古学ノンフィクション。


著者のダグラス・プレストンはアメリカ自然史博物館のライター兼編集者で、ナショナルジオグラフィックの記者として、猿神王国探検に同行している。ミステリーファンにとっても、リンカーン・チャイルドと共著で馴染みがあるだろうか。

     

ホンジュラスと言われても、南米のサッカーとかが強い国かな?というくらいで、どこに位置するのかすら知らなかった。
当然治安も良くはないだろうとは思っていたが、世界で最も殺人率の高い国だそうで…。しかもモスキュア地方の熱帯雨林周辺は麻薬カルテルが牛耳っており、世界の辺境のホンジュラスのなかにあってもっとも辺境の地だという。
もう聞いただけでね…普通の日本人には一生縁のない国だろう。

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だが、このグーグルアースな時代、地図にも乗せられていない未開の地というのはワクワクする。
アマゾンの秘境や、ニューギニア高地でさえ時期によっては地元民が利用していたり調査隊が立ち入ったりしているが、本書に登場するモスキュア地方のジャングルは正真正銘の秘境、地上最後の人跡未踏の地だ。そんな山中の苛酷なジャングルのどこかに、未発見の大規模な遺跡があるという。

その伝説の"白い都市”シウダー・ブランカは、その北に位置するマヤとは異なる文明都市だ。
"白い都市" シウダー・ブランカと言われるのは、白い石で作られた都市だったからで、表題にもなっている「猿神」は、この文明が猿の巨像を神として崇めていたからだ。
猿神王国は、ホンジュラスの先住民には「禁断の地」として恐れられていた。曰く、そこに立ち入れば悪魔に殺され二度と戻っては来られない。
峻険な山々と、雨、毒蛇、ジャガー、鬱蒼としたジャングル、熱帯雨林特有の病気に阻まれたこの広大な地は、初期の地図には「地獄の門」と記されていたともいう。
しかも、約8万平方キロメートルに及ぶこのモスキュア地方のどのあたりに、遺跡があるかすらわからないのだった。

Honduras monkey god 

探検のブレイクスルーは、一人の映画プロデューサーの情熱と、"ライダー"と呼ばれるハイテクレーダー装置だった。
スティーブ・エルキンスが猿神王国の噂に魅せられ、初めてホンジュラスの地に足を踏み入れたのは1994年。彼はこの最初の試みで、曰く「白い都市のウィルス」に感染してしまい、生涯の使命を見つけた。その一方で、ジャングルをあてもなく探検することの無意味さを感じ、もっと系統立て、歴史研究とハイテクの両輪でこの探検を行うべきだとも考えた。

従来のインディ・ジョーンズ的探検を期待した方は、ハイテク機器を駆使したこの探検は物足りないと感じるかもしれないが、安心してほしい。世の中には綺麗で安全な探検など存在しないのだから。どの辺りに遺跡があるのかがわかっても、実際に人が足を踏み入れないことには遺跡を見つけることはできない。
モスキュア地方の鬱蒼としたジャングルやその危険性のみならず、ホンジュラスという国の危うい政治情勢も相まって、ナショナルジオグラフィック誌に猿神王国発見の記事が掲載されたのは、2015年になってからだ。→netgeo日本版

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この「探検」も読ませるが、もっと読ませるのは「発見後」のことだった。この発見に参加できなかった考古学者たちから猛烈な批判と非難が寄せられたのだ。
そして、著者も含めて探検隊のメンバーの半数が熱帯特有の病気に罹ってしまう。マラリアに次いで致死率の高い寄生虫病のリューシュマニア病だった。世界で千二百万人が罹患し、毎年6万人もの人が死んでいるというのに顧みられることのない病気だ。これという治療薬もワクチン開発もない。なぜならこの病に罹患するのは熱帯雨林に住まう貧しい人々なので、製薬会社にとってメリットがないからだ。

時に、ジャレド・ダイアモンドの「文明崩壊」「銃・病原菌・鉄」を引用しつつ、著者は考古学が持つ意義について考えさせる。この本は単に冒険読み物としても面白いのだが、それ以上の存在に押し上げているのはこの点だ。
考古学は、私たちに環境破壊、不平等、戦争、階級間の分断や搾取等々、多くを語ってくれる。
マヤ文明のコパンが滅びたのは、環境破壊と増大した王族の怠惰と無能が相まったためだと言われるが、それは今の世界も同様なのではないか。著者は王族や神官を、極端に剛学な報酬を得ているCEOに喩える。こうした階層化がうまく機能するのは、社会の各成員が自分は社会の一部で重要な役割を担っている価値ある存在だと信じる限りにおいてだというが、現代社会においてはどうだろう。
またマヤと異なり、モスキュアの猿神王国はある時突如として消滅したと考えられるそうだが、それは極めて致死率の高い病原菌によるものとも考えることもできる。そして、免疫学者はかつてのスペイン風邪のような病気の大流行はいずれ起こると考えているという。
永遠に栄えた文明は一つとしてない、という最後の言葉は非常に重い。

  

    

    

 


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category: ノンフィクション・新書

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2017/07/19 Wed. 17:41 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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人工知能の核心 / 羽生 善治 &NHKスペシャル取材班  

7月だというのにもう30度超えの暑さ。いや暑さよりも湿度が辛い。
昔はこれほど暑さが嫌いではなかったのに、最近は耐えられない。トランプ大統領がなんと言おうと、日本が毎年毎年暑くなっているのは事実だ。東京オリンピックとか死者がでたらどうするのか。


アツいといえば、藤井四段に"ひふみん"で沸騰している棋界。その最高位の知性、羽生善治さんによる人工知能本が本書である。
これを読むきっかけになったのは、先ごろ放送された「NHKスペシャル 人工知能 天使か悪魔か 2017」という番組を見たからだ。
本書は、それより1年前に放送された「NHKスペシャル 天使か悪魔か 羽生善治 人工知能を探る」という番組の取材記である。

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私が見た2017年6月放送の番組では、冒頭「電王戦」を取り上げていた。
「電王戦」というのは、プロ棋士と人工知能"ポンナンザ"との対局で、この春に行われたのは現時点での将棋界の最高位、佐藤天彦名人との2番勝負だ。結果はポナンザの圧勝。

そんなポナンザの初手は3八金。王の守りは薄くなり飛車の動きも弱め伸展性のないこの手は、人間は絶対に指さないと羽生は言う。しかし、3八金を足がかりにそこから10手でポナンザは「中住まい」と呼ばれる強固な守りを築いた。
歴戦の棋士でも見抜くことが困難な独創的な手だった。長らくコンピューターには難しいと言われ続けていた「独創性」をポナンザは獲得していたのだ。


IBMのスーパーコンピューター、「ディープ・ブルー」がチェスの世界チャンピオンを打ち負かす1年前の1996年、『将棋年鑑』で「コンピューターがプロ棋士を打ち負かす日はくるか?」というアンケートが行われた。
米長邦雄も、ひふみんこと加藤一二三も、村山聖も「来ない」と答えたが、ほぼ正確にその到来を予測していたのが羽生善治だという。

羽生の予想通り、今や人工知能は隔世の間さえ感じるほどの進化を遂げている。

このような発達の背景には、大きく「ビッグデータ」「ハードウェアの向上」「ディープ・ラーニング」の三つが上げられる。前者二つは言わずもがなだ。

ポナンザはポナンザ同士の自己対局によって過去700万局の経験を積んでいる。人間がやろうとすれば、2000年はゆうにかかってしまう。

最後の「ディープ・ラーニング」は、人間の脳が学習する仕組みを真似した手法だ。そしてその中には、かねがね羽生が「将棋を学ぶときに重要なのは、余計な考えを捨てていくこと」というように、無駄な情報を扱うことを減らす引き算のテクニックがあるという。

人工知能の問題は、将棋や囲碁やチェスだけに限ったことではない。
すでに金融取引の8割は人工知能が行っているし、タクシー会社でも実用化が進んでいる。
「電王戦」で起きた事象は今後社会で人工知能が応用されていくとき想定されることを先取りするものではないかと羽生はいう。

2045年には、コンピューターが全人類の知性の総和を超えるシンギュラリティに到達すると言われているが、個人的にはそれはもっと前倒しでやってくるかもしれないと思う。

社会が人工知能を許容していくなかで、問題となるのは、人間が持つ感覚と、人工知能が折り合わない部分があることだろう。
少し前に読んだ「人工知能 人類最悪にして最後の発明」のなかで著者が恐れていたのは、人工知能には「良心」がない、ということだったが、羽生はこれを「美意識」と呼ぶ。そして、この美意識もしくは良心がない理由として、人工知能には「恐怖心がない」ことが関係しているのではないかと推測する。

ただし、羽生は「人工知能が恐怖心を覚えるようになったときが、本当の恐怖かもしれません」と冗談めかして言ってもいる。
太古、地球の主人公は大型恐竜たちだった。そこから一転環境が激変し主役は人間がとって変わった。シンギュラリティが起こり人工知能が「恐怖の感情」さえ獲得したとき、その座には人工知能がとってかわるのではないか…そう考えるのはSF的に過ぎるだろうか。

もう一つの問題は、人工知能の思考過程はブラックボックスであることだ。超高速の思考過程はもはや人間には理解できない。膨大な情報をどう処理し、なぜその結論に至ったのかは人間にはわからない。
社会には、結論だけでなくその過程も含め重要とみなす事柄も少なくない。人工知能の判断を「絶対」としないことも大切だと指摘している。

将棋に話を戻すなら、今の若手棋士は「将棋ソフト」を駆使する人も多く、それによって強くなっているのは確かだ。しかし、逆に人工知能を利用した学習はいわば「学習の高速道路」で、そのなかで膨大な情報を得ることに追われ自分の頭で解決する時間がなくなっていることも羽生は危惧している。
なんだか日々、膨大な情報に触れ、それでいて何も残っていない自分のことを指摘されているような(笑)


余談だが、先ごろ引退した将棋界のレジェンドひふみんこと、加藤一二三九段が得意としたのは「矢倉」という戦法だ。
かつては「矢倉を制する者が棋界を制する」とまでいわれた戦法だったが、実はある将棋ソフトが発見した新手が「矢倉」ではどうしても打ち破れないのだという。それによってほとんどの棋士は「矢倉」を避けるようになってしまったのだとか。加藤九段は「加藤流」を貫き公式戦引退となってしまった。
それを愚かだという人もいるかもしれないが、私はあっぱれだと思った。
ETV特集「加藤一二三という男、ありけり」もいい番組だった。


 

category: ノンフィクション・新書

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2017/07/05 Wed. 15:45 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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