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読書日記、ときどき食日記

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汝の名はスパイ、裏切り者、あるいは詐欺師 インテリジェンス畸人伝 / 手嶋龍一 

桜は思いの外持っている。そろそろ葉桜になってきた。  
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葉桜も好きだが、八重桜も好き。
でもやっぱりソメイヨシノでしょう?という方も多いだろう。確かにソメイヨシノは綺麗だけど、あまりに綺麗すぎて、梶井基次郎の「桜の樹の下には」を思い出してしまうのだ。



 さて、東芝のあとは(って、東芝はまだ終わってないけど)、気軽に読めるエスピオナージ・エッセイをば。
いや、ある意味ノンフィクションに近いのかな?

スパイ小説といえば、なにはともあれジョン・ル・カレ。
先ごろ待望の回想録を出したばかりだが、そのル・カレファンが楽しめる内容になっている。
特に詐欺師だった彼の父ロニー・コーンウェルのことや、そんな父を持つル・カレが諜報の世界に足を踏み入れたのかなどが、著者の考察とともに綴られている。

もちろん、ル・カレのことはル・カレに聞け。「地下道の鳩」の前座としても楽しめると思うし、スパイ小説にあまり縁のない人には、巻末に手嶋龍一お薦めのスパイ小説が紹介されている。
ただ、、、「ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ」は、私は古い菊池訳版をお薦めします…(笑)

著者は熱心なル・カレのファンと思われるが、本書では、ル・カレの話だけではない。
伝説スパイであるリヒャルト・ゾルゲ、英国のダブルエージェントキム・フィルビーといった懐かしい時代のスパイから、ウィキリークスのアサンジやエドワード・スノーデンまでが語られている。

ゾルゲの章では、あたかも映像をみているがごとくゾルゲの銀座の華やかな生活がノルタルジックに描かれ、美しい伯爵令嬢山本満喜子と逢瀬はそのシーンが目に浮かぶよう。
著者が一度だけ会ったことのある彼女は、海軍大臣や総理大臣を歴任した山本権兵衛の孫娘だ。
激動の時代を生きた彼女は、エキゾチックな容姿に奔放な性格でドイツ人将校と駆け落ちし、晩年はアカプルコで過ごしたという。

ノスタルジアに浸ったかと思えば、一転、現代のサイバー・インテリジェンスにも踏み込む。最も印象的だったのは、スノーデンその人の顛末だ。
国家が個人の暮らしの領域に介入するのを何より嫌がるサイバー・リバタリアンの彼は、国家権力をどの国よりも重んじ、時に強権を持って介入するロシアという国に逃げこんでしまった皮肉に悲劇を感じざるを得ない。
エスピオナージにハッピーエンドはないのだろう…


    

    

    


category: ノンフィクション・新書

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2017/04/14 Fri. 10:42 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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東芝消滅 / 今沢 真  

真央ちゃんの引退発表の裏で、あの東芝が、スゴいことになってる!


東芝は昨日、監査法人の承認のないままに期限ギリギリになって四半期決算を発表した。
しかもこの決算は、二度も延期された挙句のことだった。
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「意見不表明」
耳慣れないこの言葉は、会計監査法人が監査報告書に意見を表明しないことをいう。財務諸表に対する意見を表明できないほど、会計記録が不十分だったり、監査証拠が足りないということだ。
当然ながら、この決算書は「信用に値しない」ということになる。
あるメディアは、白紙答案を提出したようなものだとたとえていた。
そんなスゴイ決算書を、一部上場の名門企業の東芝は提出した。
しかも、この行為は東京証券取引所の上場廃止基準に抵触する。

このセンセーショナルな出来事に、メディアはこぞって東芝の「上場廃止リスク」をぶち上げている。
昨晩はクローズアップ現代プラスでも東芝ネタが取り上げられていた。時間の都合上、その内容は消化不良で物足りない部分も多分にあったが、よくまとまっていたと思う。
本当に、真山仁氏のいうとおり、そもそも東芝は本来メーカーなのだから、物作りに専念していればよかったのに…
なんか、また小説のネタになりそ。


さすがに今日はナイアガラだろうなぁと思っていたが、、、、
なぜか、今現在、東芝株はヨコヨコ一時プラ転してもいるが、日経爆下げ。

こういう摩訶不思議なことが起こるのが市場というものだ。
こんな鉄火場をくぐるようなお金も度胸もないので、私は傍観しているのみ(苦笑)

ただ、銀行株が大打撃を受けているのは痛い。
東芝ほどの巨大企業ともなれば、メガバンクをはじめとして地銀、信金、信用組合にJA系とあらゆるところと繋がりがある。東芝が死亡すれば、融資額の大きいメガバンクだけでなく、体力のない小さいところはモロにその波をかぶる。
巨大企業ゆえに、雇用も利害関係者も多い…

それとともに、東芝の暴挙と東証の不甲斐なさに呆れた外国人投資家が東証から資金を引き上げれば、これ、、、、かなりやばいやつのような・・・
ニホン、ダイジュブカ?


さて、そんな東芝危機のこれまでの経緯を俯瞰して説明してくれているのが、本書「東芝消滅」である。消滅とは、なんともすさまじいが、今となってはさもありなん。
今問われているのは、東芝という会社の存在意義なのだから。

本書のいいところはその鮮度。
本書は、毎日新聞の運営する「経済プレミア」で連載されている「東芝レポート」を出版したものだという。
この「東芝レポートシリーズ」はこれまで2冊出版されていて、本書は3冊目。


東芝危機が決着をみるまでどのくらいかかるかはわからないが、もしも目処がつき始めたら、もっと踏み込んだ内容の本が出版されることだろう。検証も進むだろうし、後付けだからこそ言えることは多い。

でも、私は、今、疑問を解消したかった。
バレンタイン会見でなぜ突如として7000億もの損失が出てきたのか?
東芝は1年前に危機に陥った時、メディカル部門をキャノンに高く買ってもらうことで、それを乗り切ったのではなかったのか?
そう熱心に新聞を読まないせいか、全く事情がわからなかったが、著者によれば取材の最前線にいる方たちにしてもそれは同様だったという。なぜなら、東芝からそれらしい説明は全くなかったからだ。

この本を読み、昨日の出来事と照らすことで、だんだんと東芝がなぜこんな自体に陥ってしまったのかがわかってきた。

一言でいえば、ウェッチングハウスという名門出身の青い目の嫁を貰ったこと、それ自体が間違いだった。
WHの買収を争った三菱重工の当時の会長は、「あの買収額では採算はとれない。そういうところと組むと我々が危うくなりかねない」と言ったという。当初いわれていた金額の2倍を超える買収額だった。
しかも、身の丈にあわない婚約指輪と莫大な結納金を積み苦労して手に入れたWHは、実は老いた借金まみれの女だった。
地球温暖化が叫ばれていた当時、海外での原発を今後30基見込む。著者曰く「バラ色の未来」を夢見た東芝だったが、東日本大震災の福島原発事故を境に状況は一気に悪化していく。
そして、技術は錆び付いているくせにプライドだけは高かったWHを、東芝は全く制御できなかった。
チャプター11を申請したWHだが、その親会社としての東芝の負債はまだまだ膨らむ可能性さえあるという。

東芝の一番の敗因は、この著者のいうように「引き際の悪さ」だ。原発の「バラ色の未来」という夢を捨てられなかった。
いまさら遅きに失した感もあるが、早期に失敗を認め、原発事業から撤退していれば、ここまでのことにはならなかったのかも。
なんだか身にしみるなぁ…
規模は全然違うが、人間だれしもここを踏ん張れば…というシーンは日常よくある。頑張るという行為は一見素晴らしいが、撤退する時期を誤ってしまうと取り返しのつかないことになる。


経緯をみるに、経産省とかも絡んでいたらしいし、アメリカさんにハメられたんじゃ…?というフシもなくもない。


といことで、真央ちゃんはお疲れ様でした!
次は熱愛報道、期待してます(笑)

東芝ちゃんの次の報道ははてはて・・・?

    

category: ノンフィクション・新書

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2017/04/12 Wed. 11:50 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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羊飼いの暮らし 〜イギリス湖水地方の四季 / ジェイムズ・リーバンクス 

いいなぁ、湖水地方・・・
今年はヨーロッパ方面には行けそうにないので、旅行気分が味わえればいいなぁと思い購入したのだが、想像したよりも遥かに含蓄に富んだ内容の本だった。

私を含め、日本人がイギリスの湖水地方に描くイメージは、ビクトリアス・ポターの「ピーターラビット」だろうか、それともワーズワースの詩だろうか。

この地で代々「羊飼い」を営んできた著者リーバンクスは、初っ端、観光客が抱く湖水地方のそのイメージを否定する。その実、湖水地方は1年のうちたった4ヶ月を除いては、厳しい環境にある。寒く、湿っている・・・

そして、著者のいう「羊飼い」とは、正真正銘の「羊飼い」。
羊を放牧して育て、主に食肉として売りそれで生計を立てる。羊毛は、機能的で安価な人工繊維がある今では、あまりに安価に取引されるのだという。

 


タイトルの通り、湖水地方の四季それぞれの「羊飼いの仕事」が語られているのだが、物語のメインは、彼の祖父の話だ。祖父、父、そして自分自身の3代の家族の物語であるが、語られているのは単なる家族の物語ではない。
この物語の根底には、大きく二つのことが描かれている。ひとつは、本当の湖水地方のことであり、もうひとつは、知的とは一体何をしていうのだろうか、ということである。

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ワースワーズの詩やガイドブックの中の美しく牧歌的な湖水地方の魅力は、著者曰く、「旅先でのつかの間の恋」のようなものだという。ちょっと古いけれども「リゾラバ」というやつか。それにひきかえ、彼の家族のような湖水地方に生きる羊飼いたちと湖水地方との関係は、「長期にわたるタフな結婚生活」だという。
自分の生活する土地、湖水地方が、世界中の観光客に愛されているのを知ることは、著者にとって非常に奇妙なことだったという。なぜなら、その愛されている世界の中には、「土着の住民であるはずの自分たちは存在せず、「その場所に付随する物語や意味の一部ではない」と感じるから。彼にとっては、土地の人々の生活を見て、理解し、尊敬することこそが、彼らの文化や生き方を評価し、維持することにつながるのだから。これが本書が執筆されることになった原点だ。
また、「羊飼い」と聞くと、我々都市生活者は「現代から取り残された愚かな人々」というイメージを抱きがちだ。実際、著者自身が中学校に通うようになったとき、教師たちにとっての「羊飼い」は、透明人間か、よくても貧乏白人すぎなかったという。
羊を飼育してもたいした金にはならないし、農場経営の傍ら、副業を持たなければ生計は成り立たない。しかし、著者は祖父や父、その他多くの「羊飼い」の話で、それを覆していく。彼らは「手っ取り早い利益」よりも、「誠実な人間としての名声や評判」を重視しているだけなのだ。
加えて、彼の父は一般的なスペルすらおぼつかない反面で、土地についての知識は百科辞典並みだったりする。そう考えると、誰が知的かなどという考えは、じつに馬鹿げたものだと彼はいう。

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風景を写真映えのする風景として見ない見方への批判や、効率や利益よりも誠実さを重んじるという彼らの生き方は、自分自身への反省を促す。とともに、視野を広げてもくれる。
何年か前、「極北」マルセル・セロー氏の来日講演があって行ったのだが、そのときのことを思いだした。そのとき、彼は「極北」を書くきっかけとなったエピソードを披露してくれた。それは、汚染されたチェリノブイリに住む一人の老婆の物語だった。セロー氏が感銘を受けたのは、彼女の「生き抜く力」だったが、この「湖水地方の羊飼いの暮らし」にも、何か同じような尊さを感じられる。
チェルノブイリの老婆の生活も、農場の生活も、どちらも決して「綺麗事」ではないが、それこそが人間の真実なのかもしれない。

また、読んですぐにわかるのだが、リーバンクスのこの文章は、じつに知的で、詩的で、かつ機能的だ。彼は、祖父や父同様、10代で学校を中退して「羊飼い」となったが、父親との折り合いが悪くなり、それを機にオックスフォード大学に入学したという。そして、卒業後はまた湖水地方に戻ってきて、「羊飼い」として暮らしているという。
著者を魅了してやまない湖水地方とそこの「羊飼い」の魅力は、都市で育ち生活してきた私には、もう得られないものなのかも。自分が農場の生産物なしには生きていけないにもかかわらず、そこにつきものの血や汚物も怖いし、放農のなんたるかさえ理解できないのだから。
ブリーディングには常識なのだろうが、羊の良さも、とにかく血統や見栄えによるのだということも、我が身を振り返って複雑な気分にもなった(笑)犬、猫などのペットだけでなく家畜さえも動物は、とにかく「美しさ」や「血統」に左右される。が、人間も所詮動物なんだよなぁ・・・(゚д゚)
しかし、著者の自分の仕事に対する誇り、祖父や父、他の羊飼いたちに対する尊敬、土地に対する愛情は正直とても羨ましい。

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2017/02/15 Wed. 14:29 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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アウトサイダー 〜陰謀の中の人生 / フレデリック・フォーサイス 

『ジャッカルの日』の著者にして、最高のスリラー作家フィレデリック・フォーサイスの自伝本。

御歳、78歳。人生も黄昏時をむかえ、自分の人生を振り返ってみようという気になったのだろうか。

ジャケットの写真は、おそらく一番のお気に入りなのだろう。
太ってみえないし、かっこいいもの・・・



ところで、フォーサイスといえば、なにはともあれ『ジャッカルの日』である。それに続く「オデッサ・ファイル」「戦争の犬たち」も他にも傑作は多くあるが、『ジャッカルの日』は別格な感がある。
リチャード・ギアとブルース・ウィルスの焼き直しの劣化版の映画「ジャッカル」しか観てないという人は、是が非でも『ジャッカルの日』を読むべきだ。
あの一作で、フォーサイスという作家がわかる。

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その『ジャッカルの日』で華々しいデビューを飾り、以来常に第一線の作家であり続けたフォーサイス。解説の真山仁をして「なんだこれは。人生、楽しすぎだろ!」と言わしめるほどだ。
あまりに痛快すぎて、どこまでが本当で、どこからがフィクションなのかと疑いたくなるが、そこは作家の自伝。盛って当然ではないか(笑)

ドイツ語、フランス語はネイティブが見抜けないほど堪能で、他にも数カ国語を操ることができるフォーサイス。彼はわずか15歳で大学進学資格試験にパスし、ケンブリッジ進学を蹴って空軍入隊。19歳で幼い頃からの夢だったパイロット記章を手にいれたという。
とくかく華麗。
カッコよすぎですから(笑)
記章を手に入れるや否や空軍とはオサラバし、ジャーナリストに転向。そこでも活躍し成功を収める。1地方新聞の記者からロイター通信の記者となり、東ドイツ駐在も経験、BBCに移たもののあっさりとその職を辞し、作家に転身した。その後の活躍は周知の通りである。
まあね、、、まるでスパイ小説の主人公みたいな人生なのだ。

若きフレデリックには素晴らしい環境(特に父親)に恵まれていただけでなく、それを十二分にいかすことのできる能力があったのだ。
しかし、待ってよ?
え?ケンブリッジを蹴ったって???
それには、彼の根底には常にエスタブリッシュメントヘの反発があったからだという。今は中流出身のプリンセスも誕生したが、当時の英国はガチガチの階級社会。支配者層はイートンからオックスフォードかケンブリッジというコースを辿る上流階級によって占められていた。
一方のフォーサイスはといえば、父親は裕福ではあったが一介の商店主。中流出身だ。

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フォーサイスで忘れてはならないのは、『ジャッカルの日』で得た莫大な印税を、ビアフラのナイジェリアからの独立運動(ビアフラ戦争)につぎ込んだという逸話である。本人は関与を否定しているそうであるが、ビアフラ戦争への彼の入れ込みぶりは尋常ではない。
BBCの記者の職を辞したのも、このビアフラ戦争がきっかけだ。
ビアフラ戦争は、黒いユダヤ人とも呼ばれたイボ族を主体としたナイジェリアの東部州がビアフラ共和国として、ナイジェリア連邦から分離・独立を企てたことに起因する内戦である。当時の英国政府はナイジェリア連邦を支援、包囲され食料と物資の絶たれたビアフラの飢餓は国際問題となった。
飢えてお腹だけが膨らんだアフカの子供の写真を覚えている方も多いだろう。
ビアフラの指導者のオジェクに惚れ込んでいたフォーサイスは、英国政府に対し激しく憤っている。怒りの矛先は、エスタブリッシュメントの権現のような当時の高等弁務官だ。ただ、件の人物ももうとっくに鬼籍に入っているだろうが。
訳者の黒川氏は「あとがき」で、フォーサイスがビアフラ側に肩入れしたのは、感情面からいえば、ナイジェリア連邦を支配する古いイスラム社会のエスタブリッシュメントと、進取の気性に富むイボ人の対立に、英国のエスタブリッシュメントと中流階級の対立に同じ構図を見て取ったからだろうと分析すしている。
そういう一面もまた、スパイ小説のヒーローさながら。

フォーサイスには、常に「反エスタブリッシュメント」の精神があり、『アウトサイダー』というタイトルは、それを強く意識したものなのだろう。

同じ国際陰謀を扱う作家のジョン・ル・カレとフレデリック・フォーサイス、どちらも大変魅力的であるが、一緒にお酒を飲みたいのは、断然フォーサイス!
ジョンよりも気さくそうだし、色々と盛って楽しい話をしてくれるに違いない。

 

      

     

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2017/02/07 Tue. 19:39 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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人質の経済学/ ロレッタ・ナポリオーニ 

今、世界では何が起ころうとしているのかを分析している本。 
『人質の経済学』というと、いかにも人間の命を金儲けの対象にしているようで嫌悪感を掻き立てるが、現実世界で起きていることだ。
本書では、いかにして「誘拐」がテロリストのビジネスになったのか、そして、それが今欧州を悩ましている難民の大量流入につながっているのかが語られている。

池上氏は「恐ろしい本」と言っているが、いや、恐ろしいのは本ではなく、世界は恐ろしいと思い知ることにある。

これまでも「誘拐」は儲かるビジネスではあった。
「破産しない国イタリア」には、多くの人がまともに税金を払っていないのにもかかわらず、なぜ破産しないのかが書かれていたが、それを支えているのは「徹底的なコネ社会」であることと、「誘拐」がビジネスとして認知されていることにあった。


70年代に石油王のポール・ゲティの孫が誘拐された事件を記憶されている方もいらっしゃるだろう。
A・J・クィネルの「燃える男」もこの事件から着想を得ているし、最近でいうとジョナサン・ホルトの「カルヴィニア三部作」の主人公ダニエーレは、誘拐されたポール・ゲティ三世そのものだといっていい。

冷戦が終わりグローバリゼーションが加速したことで、ここ10年で誘拐は劇的に増加し、世界は誘拐危機に直面しているという。
最も狙われやすいのは、ジャーナリスト志望の欧米人の若者だ。欧米人というものの、そこには当然日本人も含まれる。なんといっても彼らは高価で、政府は表向きは「テロリストとは交渉しない」といいつつ、裏では支払いに応じるからだ。就中、金払いのよいのはイタリアだという。

本書では、前述のような無謀なジャーナリスト志望の若者に、繰り返し警告をし、苦言を呈す。
彼らが何の知識もコネもなくシリアのような国に行ったところで、簡単に誘拐された挙句、運がよければ、税金で莫大な身代金われることになるだけだから。そして、その身代金はジハーディストの資金になる。運が悪ければ、見せしめとして殺害される。
その金は、時にその地域経済を変えてしまうくらい巨額だという。それはテロリストたちの資金源となるだけでなく、同時にこの「誘拐ビジネス」に直接・間接的に関与する多くの人々の懐をも潤すほどだ。
「誘拐」は、人質という商品を起点にした投資スキームでもあるという。

Sahara Kidnapping 

不注意で無知な若者だけでなく、用心深いプロのジャーナリストですら誘拐されることがある。後藤健二さんはおそらく入念な準備をしてシリア入りしたのだろうが、ツキに見放されていた。

著者によれば、彼ら日本人は当初は解放される予定だったという。政府が20億円を払いさえすれば…。
それが一転、斬首という最悪の結末に至ったのは、安部首相による声明のせいだという。折しも、安部首相はカイロでの経済ミッションの会合の際、イスラム国と戦う国へ軍事支援を約束したのだ。
日本政府としてみれば、これまで国際貢献に消極的な姿勢を非難されてもおり、人道支援の形でそれを示そうとしたのだろうと著者は一定の理解を示している。
ただ、この総理の発言は人質の運命を左右してしまった。彼らは身代金目当ての人質から外交戦略の駒にされた。
斬首のシーンをwebで流すことは、日本人に恐怖を植え付け、平和活動の維持にすら消極的にさせる狙いがあったという。そして、実際にその狙い通りにもなった。
私も含め多くの人が、もう遠い中東のことなんて放っておけと考えるようになった。

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著者はいう。多くのウォッチャーは、とかくイスラム国の残虐性に目が行きがちだが、彼らの巧みな外交手腕を見落としがちだと。イスラム国を動かしている者たちは、実際とても頭がいい。
本書の著者は、マネーロンダリングとテロ資金調達に関する研究の専門家だというが、彼女はイスラム国が単なるテロリストではなく、本格的な「国家」を築こうとしていることにいち早く見抜いた人だともいう。

ところで、ジハーディストが跋扈する地域で誘拐されるのは、プロアマを問わずフリージャーナリストが多い。これは、本書中最も考えさせられたことだった。
フリーランスが多いのは、ひとえに大手メディアの衰退に起因するのだ。
ここ20年でメディア業界は大きく様変わりしてきた。電子媒体の発展によって競争が激化、さらにソーシャルメディアの台頭によって、大手メディアは減収減益に追い込まれている。
今、アメリカ合衆国においては、もはや20パーセントの人しか新聞やテレビを信用しないという。10年後、果たして新聞は生き残っているだろうか…
ジリ貧の大手メディアには、戦争取材を専門に手がけるプロを雇う金もなければ、自前の特派員を派遣する余裕すらなくなってしまっているという。
日本だってというか、いや日本だからこそかもしれないが、メディアは「週刊文春」に負けっぱなし。世界情勢のことを報じるより、芸能スキャンダルを追ったほうが効率的に利益をだせる。
シリアのような国の内情を報じようとするならば、フリーランスを使わざるを得ないが、フリーランスの彼らとてライバルはいくらでもいる。そしてライバルに勝つには、よりリスクをとらざるを得ない。そこには当然「これからジャーナリストとして一旗あげよう!」という若者が多く含まれ、彼らはいとも簡単にジハーディストの餌食になる。

誘拐ビジネスとともに、ジハーディスト組織の資金源になっているのが難民の密入国斡旋だという。今、欧州は、あまりに膨大な数の難民を前に途方にくれている。
ドイツはもはや数年前旅行した時のような安全な国のままなのだろうか?
シリアの難民密入国斡旋業者は、「イスラム国の支配地域を通るほうが安全だ」とさえ言っているという。もちろん、しかるべき対価を支払えばの話。ジハーディスト組織にとっては効率の良いビジネスだ。

「誘拐ビジネス」にしろ、難民問題にしろ、現時点で解決策は見つかっていないし、著者もそれを提示しようとはしていない。
イスラム国に無視を決め込むこともできないし、難民をヨーロッパの端でいつまでも堰き止めておくこともできない。ただそこに留めておけば、難民にとって欧米は憎しみの対象となる。新たなジハーディストが誕生するだけだ。
トランプ政権は中東やアフリカの7カ国の人の米国入国を禁止するという極端な措置を講じ、世界中から大避難を浴びているが、日本だって、もし中国が崩壊し、膨大な中国人が大挙して日本に押しかけてくれば、そのトランプと同じことをするかもしれない。
ジレンマに陥っている中、ただ「大丈夫!希望を失わずにいればなんとかなる!」などと自分すら信じていないことを口にすることは私にはできない。
なんだか、世界は悪い方向に向かっていく一方のような気がするなぁ。だが、一方で歴史を振り返れば、いつだって危機にあったともいうことができる。
わたしのような非力な個人にできることは、ただ事実を正しく認識することによって、意識を変えることくらいか。


    

  


    

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2017/02/03 Fri. 19:35 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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