Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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プラハの墓地 / ウンベルト・エーコ 

トルコの空港やバングラディッシュでテロが起き、英国はEU離脱を決め、まだ2016年は残っているというのに色々ありすぎ。
ハーグ国際仲裁裁判所が、中国が南シナ海で主張している境界線に「法的根拠なし」とした判断を、中国は拒否しているという。ま、中国はああいう国なので予想通りだが、この上、もしもトランプ大統領まで誕生しようものならどうなることか…。中国の動向如何で、すわ戦争ということになってもおかしくない。

後出しジャンケンで都知事選に名乗りをあげた元ジャーナリストの鳥越氏は、「憲法9条の改正に反対」しているらしい。それが都政とどう関連があるかは謎だが、中国の動きをみていると9条にかかる問題は待った無し。究極的には、戦争を仕掛けられたり侵略されたりした時に、戦うのか、戦争をするのよりはマシとただただ為すがままにされるを良しとするのか。

先ごろのニュースをみていると、世界は混沌の最中にあり、後で歴史を振り返ると2016年の一連の出来事はその序章だったということになるのだろうか。世界は憎悪と陰謀で成り立っているようにすら見える。

The Prague Cemetery 

さて、さて、本書「プラハの墓地」のテーマもその「憎しみと陰謀」なのだ。
いつの時代も陰謀は歴史を支配している。

舞台は19世紀のヨーロッパ、主人公はシモーニーニという人物。
彼、シモニーニは祖父の影響で、ユダヤ人を嫌悪している。彼の祖父曰く、「ユダヤ人はスペイン人のようにうぬぼれが強く、クロアチア人のように無知蒙昧、レバント人のように強欲で、マルタ人のように恩知らず、ジプシーのように図々しく、イギリス人のように不潔で、カルムイク族のように脂ぎっていて、アスティ人のように口が悪い。おまけに抑えがたい情動に駆られて不義密通に走るのだ」
イエスズ会、フリーメイソン、そして女…。カピタン・シモニーニはこの世のあらゆるものを嫌悪し、「我憎む、ゆえに我あり」で67年の人生を生きてきた。彼が唯一愛しているのは美食のみ。

そんなシモニーニは、ある朝起きると自分のものではない聖職者の服を着、曜日を勘違いしていることに気づく。しかも火曜のはずなのに、水曜だったのだ。彼は外側から自分を眺めているような気分に襲われる。
古物商の看板に隠れ文書偽造を生業にしている彼の書斎の奥には、通路があり、それを辿ると見知らぬ部屋にたどり着いた。そして、そこには、ダッラ・ピッコラ神父という人物による書き付けが。その書き付けにも、「何もかもが現実離れし、自分が自分を観察している他人のようだ」とある。
しかし、ダッラ・ピッコラ神父とは誰だろう?

おぼろげな記憶を手繰りながら、カピタン・シモニーニは過去を綴りはじめる…
幼い頃、過ごしたトリノで祖父にどのような教育を受けたかを。いかにして文書偽造の世界に足を踏み入れることになったかを…。
偽造の腕を買われ、秘密情報部と関係を持つ。カリバルディのイタリア統一運動パリ・コミューンドレフュス事件彼は常にそれらの背後にいたことを。
そして、プラハの墓地の版画から悪辣な着想を得、後々「史上最悪の偽造文書」として名高い「シオン賢者の議定書」を作りあげたのかを…。


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私は世界史に疎いので、エーコのこの本を読みながら欧州史を勉強させてもらった感じ(笑)
名前だけは知っていた「シオン賢者の議定書」が果たした役割も、その内容も詳細に知ることができた。(本書にでてくるものはシモニーニを除けば全てが事実)
たったひとつの偽文書が、ユダヤ人にとって筆舌に尽くしがたい災厄をもたらしたということは、フォクションをはるかに超えている。
このあたりに明るい方ならば、より本書を堪能できるのだろう。エーコの本ってみんなこんな感じで、自分の無知ゆえに味わいつくせないというか…
もっと学びなさいということかな(笑)

ピカレスクといえばそうなのだろうが、各国の情報部も登場し、実際にシモニーニもスパイとして暗躍することもあり、スパイ小説の趣もある。また、オカルトめいた黒ミサや、二重人格等、ケレン味もたっぷりとあって、読み手の興味をひき魅力はたっぷりぎっしり。
物語の随所に挟まれているエーコ自身のコレクションの挿絵の数々も、なかなかのものだ。

シモニーニとダッラ・ピッコラの関係も、これを読んでいる方にはたぶん容易に予想はつくだろうが、ミステリ的で楽しく、また感慨深くもあった。
冒頭からレイシスト丸出しで、悪態つきまくりのシモニーニは、決して愛すべき人物ではない。が、ダッラ・ピッコラ神父との秘密によって、人間味が加えられてもいる。確かに彼は悪人には違いないが、多少なりとも良心のかけらは持ち合わせてはいるのだ。

「我憎む、ゆえに我あり」というのではあまりに悲しい。誰もがそれをわかっているはずなのに、21世紀の現在もまだ、その種の「憎しみ」は繰り返される。ちょうどこの本を読んでいる最中に、アメリカで黒人射殺問題が立て続けに起きたが、それらはその最たる例といえるだろう。
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全体的に苦々しい物語なのだが、それを救っているのは、シモニーニが唯一愛している「美食」の数々。牛肉のバローロ・ワイン煮込み、ピエモンテ風肉詰めパスタ、アーモンド菓子…
イタリア人らしく、亡くなったエーコもまた美食家だったのだろうなぁ。

河出書房から刊行予定だという遺作「Numero zero」も楽しみに待ちたい。
今は亡き我らが美食家の知の巨人に感謝を・・・


 


category: 文芸

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2016/07/13 Wed. 16:48 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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死を忘れるな / ミュルエル・スパーク 

「死を忘れるな」 ってこれまたすごい題名だけど、
私は今にも死にそうなんですが…!!!

マイナス金利導入の効果なんて打ち消されたどころか、これ、、、かなりヤバい雰囲気なのでは…?
日経下げすぎでしょ・・・
年末から空売りしている人は笑いが止まらないだろうけど、いいときにジャンピング・キャッチしてる私なんて、もうね、嵐が過ぎ去るのを身を縮めて待つしかないわ…(iДi)


さて、さて、なんだか不穏な題名のこの本なのだが、意外にもシニカルな笑いにあふれている。
しかも、登場人物は「死」が間近に迫った老人ばかりなのだ。
以前、江戸川乱歩賞受賞作のある小説を読んだとき、「わがままで自分勝手な老人が主人公なせいか、全然面白くないわ」と思ったことがあるのだが、本書は逆にそこが面白いのだ。
書き手の技量でここまで違うのかとしみじみ。コスパ的にも精神的満足のためにも、つくづくも本は良いものを読むべきだと思う。と思いつつも、取るに足らないB級ミステリばかり読んでしまう私なのだった…
Muriel Spark in 1960

79歳のデイム・レティ(デイムは勲功章をうけた女性の称号)のもとに、ある日「死を忘れるな」という謎の電話がかかってくるところから物語は始まる。
次第にその電話は、ゴードフリーを始めとするレティの周囲の老人たちにも広がっていく…
各々にかかってくる電話の声は若者だったり、老人だったり人によって様々で、老人たちの反応もまた様々だ。
レティは疑心暗鬼にかられて遺言状を何度も書き直し、レティの兄のゴドフリーは昔の不倫を妻に知られるのを恐れつつも、新しい家政婦に下心を抱く。その妻のかつての有名作家のチャーミアンは若干認知症の症状を呈しつつも悠然と受け流す。
そして、業をにやしたレティは犯人探しを、引退した元主任警部のモーティマーに依頼するのだが…



本書に登場するのは少し変わったところのある老人ばかりだが、「ああ、そうそう、そういうことってあるよね」などと共感できることも多く、著者の観察眼に敬服させられる。
人間はレティのように昔のことであっても恋の恨みはなかなか忘れないものだし、ゴドフリーのように自分の反省すべき欠点は「人間みんな」に該当すると思いたがる。そして、人は恐れているものを嫌う傾向にある。
アイロニカルな笑いもそうだが、英国らしい洒脱な雰囲気もスパークの魅力だと思う。

「70を超すというのは戦争にいくことですわ。仲間はみんなもう死んだか死にかけているか、あらしたちはその死んだ人びと、死んでいく人びとのなかで生き残っていて。…」
これは謎の電話に悩むレティが、義姉の元メイドから言われた言葉なのだが、この言葉のなんと重いことだろうか。
ここに描かれている老人たちの様子は、まさに愛憎愛乱れるものだが、側からみるとかなりコミカル。人生とはそういうものなのかもしれないなぁと、少しぞっとしてしまう。
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原題の「Memento Mori」は、ラテン語で「自分が(いつか)必ず死ぬことを忘れるな」という意味の警句だという。
Wikiによると、古代においては、 carpe diem(今を楽しめ)ということで、「食べ、飲め、そして陽気になろうという趣旨だったようだが、その後のキリスト教世界で違った意味を持つようになる。天国、地獄、魂の救済が重要視され、死が意識の前面に出てきたからだ。そのため、特にキリスト教徒にとっては、「死への思い」とは現世での楽しみ、贅沢、手柄が空虚でむなしいものであることを強調するものとなったという。
そこから転じて、この音葉には「冷水を浴びせる」という意味もあるそうだ。

物語の登場人物たちも「冷水をあびせられた」が、
私も頭上からバケツで冷水をバシャっとかけられた気分・・・




死を忘れるな (白水Uブックス)

ミュリエル スパーク (著), 永川 玲二 (翻訳)
出版社: 白水社 (2015/9/3)






category: 文芸

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tag: 英国  文庫    白水社 
2016/02/10 Wed. 15:27 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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キャロル / パトリシア・ハイスミス 

清原の逮捕で一斉に塗り替えられてしまったが、つい最近まではテレビをつければ、ベッキー&ゲスの不倫話ばかり。ベッキーはバッシングでほぼ全ての番組を降板し、ついには休業を余儀なくされてしまった。障害があればより燃えるというが、彼女もきっと今その真っ只中にいるのかもしれない。
しかし、肝心の相手のゲス氏は、全てを犠牲にするほどの価値があるとは思えないのだけど…

と、雑談はさておき、本書は恋愛小説なのだ。
しかも、恋愛は恋愛でも同性愛を扱ったものなのである。映画『見知らぬ乗客』や『太陽がいっぱい』(原作は「リプリー」)の原作者としても知られるパトリシア・ハイスミスだが、彼女がレズビアンだたというのは有名な話だったらしい。
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主人公は、19歳のテレーズ。彼女は舞台美術家を夢見てニューヨークに出てきたものの、経済的事情のためクリスマスシーズンのデパートで臨時のアルバイトをしていた。彼女には画家を目指すリチャードという婚約者がいるが、結婚したいと思うほど彼のことを愛してはいなかった。
そんな時、美しい女性キャロルと出会う。彼女は自分娘のクリスマスプレゼントを買うため、テレーズの働くデパートにやってきたのだ。毛皮をふわりとまとった彼女と目があった途端、テレーズは動けなくなってしまう。ブロンドは光を放っており、瞳はほとんど無職といっていいグレーなのに強い印象を与える。
この瞬間全てが始まったのだ。一瞬にして彼女に魅せられてしまったテレーズは、思い切って伝票の住所にクリスマスカードを贈り、それが縁で二人の交際は始まったのだが…


読み終わってから気づいたが、本書はルーニー・マーラとケイト・ブランシェット出演で映画化されていて、本年度のアカデミー賞最多9部門にノミネートされているらしい。
キャロル役はケイト・ブランシェットにぴったりだし、ルーニーも感受性の強いテレーズを見事に演じてくれているのだろう。また二人は主演女優賞と助演女優賞の最有力候補でもある。2月末の授賞式が今から楽しみだが、さてどうなることだろうか。
映画は、横浜では今月11日から上映予定らしいが、本を読んでしまったので映画はWowowを待とうかな。

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本書の特徴は、美しい恋愛小説であるにもかかわらず不穏な気配が漂っていることだろう。今にも誰かが殺されそうな緊張感があるのだ。こういうところはやっぱりハイスミスだなぁと思う。
あの時代同性愛はタブーだったことから道徳心の抗いもあるかもしれないが、こんなにも不安にさせるのは、不安定で感受性の強いテレーズの目を通して描かれているからだ。
キャロルに出会ったときの彼女は、前の仕事を解雇されたことで自分の将来に自信が持てず、同じデパートで働く年配の女性を見ては、暗い想像を膨らませる未熟な女の子だったのだ。ほとんど妄想に取り憑かれていたといっていい。さらには、婚約者のリチャードに対しても思いやりを持つことができず、自分勝手に振舞ってしまう。
しかし、キャロルとの付き合いによってテレーズは次第に大人になっていくのだ。
「私以外私じゃないの」とばかりに、もはや自分のことだけを考え行動する子供ではなくなる。
読後感の良さは、希望を感じさせる結末のみならず、彼女の成長を感じることも大きいと思う。

また、直接表現ではなくエロチシズムを感じさせるところもいいと思う。
私が好きなのは、リチャードの母親がテレーズにもたせてくれたランチボックスのキャビアを、キャロルが食べるシーン。
「キャビアは好きじゃない。だってキャビアを好きな人みんな、病みつきにある味だというでしょ?」というテレーズに、キャロルはこういうのだ。
「(病みつきになるのは)生まれてから身に付いた味覚だからよ。生まれつきの味覚より美味しく感じるの。ーしかも、いったん覚えたら簡単には変えられない。」
これほどエロティックで意味深な台詞もないのではないだろうか。

作中、古典とは何かとキャロルに問われたテレーズは「時代を超越した人間の業を描くもの」と答えている。理性で制御できないからこそ、恋は文学や芸術の永遠のテーマなのだろう。



キャロル (河出文庫)


パトリシア ハイスミス (著), 柿沼 瑛子 (翻訳)
出版社: 河出書房新社 (2015/12/8)

Kindle版 キャロル






category: 文芸

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tag: 映画化  文庫 
2016/02/05 Fri. 17:02 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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美しき廃墟 / ジェス・ウォルター 

ナダルが初戦敗退してしまったので、全豪オープンテニスはフェデラーを応援している(´・ω・`)
ドルゴ、ディミ、ゴフィンと若手を楽々と退けて、調子はすごく良さそう。
惚れ惚れするほど優雅で美しいテニスをみせている。
次はやや苦手なベルディヒ、そしてたぶんジョコとタフドローが続くけど、そこを凌げれば優勝の可能性もあるかな?
あ〜あ、、、
悲しきナダラーなのだった (T_T)


「美しい」つながりというわけではないが、ジェス・ウォルターの美しき廃墟を読んでみた。
2012年の全米ベストセラーであり、年末の「ヨコミス」では1位にあげている人も。
私も以前から気になってはいたのだが、如何せん、岩波さんなので電子版がないのよ…

仕方なく紙の本を買って読んだのだが、これがその不便さを忘れさせる素敵な物語だった!
昨年、B級のジャンル小説を多く読んでしまったせいか、余計に「読書というものの素晴らしさ」を再認識した気がするな。今年はもう少し低俗なジャンル小説の類を減らさなくては…

Cinque Terre

さて、物語は1962年、イタリア北西部のチンクエテッレの近くの鄙びた漁港、ポルト・ヴェルゴーニャに、一人のアメリカ人女優がやってくるところから始まる。
パスクアーレ青年のペンショーネがあるポルト・ヴェルゴーニャは、切り立った崖に十二軒ほどの褪せた民家と荒れ果てた礼拝堂がぎゅっと身を寄せ合った村だ。近隣の村の者からは「娼婦の割れ目」などというあまり好ましくない愛称で呼ばれていた。
件の女優の名はディー・モーレイといい、ローマで撮影中の映画『クレオパトラ』に出演しているという。彼女は確かに美しいが、かのリズ・テイラーのような絶世の美女というわけではない。鋭すぎる印象と柔らかすぎる印象とが混在となった顔立ちなのだ。だが、彼女が真っ直ぐにパスクアーレの方を向いたとき、彼は何かを得て、生涯にわたってその瞬間を抱えていくことになるのだった。
一方、時代は下って舞台は現代のアメリカへ移る。ハリウッドの大手スタジオの大物プロデューサー、マイケル・ディーンのもとに、杖をついたイタリア人が訪ねてくる。それは、老人となったパスクアーレだった。あれから50年を経た今、彼はディーンの力を借りて、あの女優を探しだそうとしていたのだ…

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これだけだと、パスクアーレとこの女優の50年の時を経た恋の物語だと思われるだろう。映画や小説に慣れすぎた人にとっては平凡でありふれたものだと。でも、これが全く違う。

次に語られるのは、その場に居合わせた大物プロデューサーのアシスタント、クレアの物語と、クレアに映画を売り込みにやってきた青年シェインの物語なのだ。また毎年ポルト・ヴェルゴーニャを訪れていた「書けない作家」アルヴィスや、シェインによる作中作も差し挟まれる。複雑で、いささか挑戦的な趣向といっていい。
「自分の物語はまだ始まらない!」と焦るクレアやシェイン、毎年ポルト・ヴェルゴーニャを訪れる書けない作家による作中作、映画「クレオパトラ」の舞台裏で駆け出しの大部屋女優ディーの身に起きたことと、その後の彼女が選んだ道、ポルト・ヴェルゴーニャを出た後のパスクアーレ等々…まるでモザイクが組み合わさるような形で、物語は展開していくのだ。

それぞれの物語をここで語るつもりはないが、肝心なのは、それらが組み合わさることで素晴らしい効果をもたらすことだ。
そして、それらは、パスクアーレがあの瞬間にディーの顔を見て気付かされたことーー様々な美しい眺めは、組み合わせることで生まれるものなのだ。ならば人にだって同じことがいえるのではないだろうかーまさにこの種のことを追体験させてくれる。

酸いも甘いも雑多に事が起こるからこそ、人生は意味を持つ。
そして翻って、自分自身の物語を考えさせてくれる。自分自身の物語として思い出すまでは、「美しき廃墟」に捨て置かれているだろうし、また永遠に捨て置かれてしまうものもあるだろう。

本書で、私が一番印象に残ったのは、作家アルヴィスがディーことデボラに言ったこの言葉だった。
「我々が手にいれられるのは、自分で語る物語だけなんだ。何をしようと、どんな決断を下そうと、強かろうと弱かろうと、動機や歴史や性格ー我々の信じていることーが何であれ、そのどれもが現実(リアル)じゃない。むしろ、すべてが我々の語る物語の一部なんだ。でも、つまるところ、それがまさに我々の物語なのさ。」

いろいろな解釈ができるセリフだが、さて、あなたはどう感じるだろうか。




美しき廃墟

ジェス・ウォルター (著), 児玉 晃二 (翻訳)
出版社: 岩波書店 (2015/5/20)












category: 文芸

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tag: 映画化    岩波  イタリア 
2016/01/25 Mon. 17:43 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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足フェチでマゾで、そしてプラクティカルな谷崎 

芸術の秋なのだ!
文学の秋なのだ!!!

ということで、この秋は横浜市大の公開講座に通っている。
とっているのは「谷崎潤一郎の世界」で、全5回の講義。

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↑ 金沢八景の古民家
写メなのでイマイチ…


今年は没後50年とあって、中央公論社からは新たに全集の決定版全26巻が順次出版されてもいる。
立派だけど、これがすごく高価!!!

なので、私は新潮社のをkindleで落として読んでいるのです…



谷崎潤一郎全集 - 第一巻

中央公論新社 (2015/5/8)



この全集は今年の5月に出たばかりなのに、「刺青」や「秘密」がおさめられている第1巻は、もう新刊で手に入らないとか…
予約で売れちゃうのかな?


ところで、谷崎潤一郎は、初期の自らの欲望ド・ストレート丸出しの短編が特に好き。
そして、改めて谷崎ってすごいと思う。
何がすごいかって、こんなド変態的に足フェチでマゾなのに、それを「美」とか「芸術」に昇華させているのだ。
自分の欲望をその耽美な手法で描き、有無を言わさずその世界に引きずり込んでしまう。

ただ、昨日の講師の助川先生によるば、谷崎は実は、いわゆる「耽美派」というのとは本質的に異なるのだという。
当時の芸術至上主義を標榜する芸術家たちは、功利主義を嫌い、世俗的快楽を批判する立場にあったが、谷崎は美食家であり、積極的に性的官能を追求し、お金儲けも嫌がらないタイプだったという。
晩年の妻、松子さんは「あの人はお金がなければ、ないなりの生活ができる人だった」と話していたとか。
一高から帝大という超絶エリートだった谷崎だが、プラクティカルな人でもあったのだろう。

理想と現実の違いに苦しむ人は多いだろうし、三島由紀夫などもその典型的なタイプだ。
そして、若くして衝撃的な死を遂げた三島とは対照的に、谷崎潤一郎は長生きした。(ノーベル賞受賞までは長く生きはしなかったが…)


そういえば、今年もノーベル賞候補にあがっている村上春樹だが、ブックメイカーのオッズは2位なんだとか。
今年はどうかな?




刺青・秘密

Kindle 価格: ¥ 520












金色の死 (講談社文芸文庫)

江戸川乱歩の「パノラマ島綺譚」に影響を与えたとされる怪奇的幻想小説「金色の死」、
私立探偵を名乗る見知らぬ男に突然呼びとめられ、妻の死の顚末を問われ、たたみ掛ける様にその死を糾弾する探偵と、追い込まれる主人公の恐怖の心理を絶妙に描いて、日本の探偵小説の濫觴といわれた「途上」、ほかに「人面疽」「小さな王国」「母を恋ふる記」「青い花」など谷崎の多彩な個性が発揮される大正期の作品群7篇。








category: 文芸

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tag: 横浜  谷崎潤一郎  文学   
2015/10/04 Sun. 17:36 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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