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読書日記、ときどき食日記

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ドイツに行って来た!番外編 Knorrクッキング♪ 

ドイツで買うものといったら、メジャーどころは熊に、リモワに、フェイラーのタオルハンカチ?
しかし、意外に人気なのはクノールのインスタント製品だったりする。だいたいどれも1€前後とお安いし、海外のスーパーって超楽しい。私も、自分とバラマキお土産用に色々と買ってきた。
カップスープのクノールは日本でもおなじみだけど、日本にないモノが色々ある。

IMG_0499.jpgまずは、おなじみ感ある、スープの素

お湯を加えてお鍋でコトコト煮込むだけ。
小さいけど具もちゃんとはいってるのよ。
パッケージの裏には7〜8分と書いてあるけど、もうちょっとコトコトしたほうがダマがなくなるかな。






IMG_0497.jpgお次は、粉末のドレッシングの素

ワンパッケージ5袋入りで、1€くらいと超リーズナブル!
お水とオイルを加えるヤツがレギュラーらしいけど、これはヨーグルトを混ぜるタイプ。
ノンオイルでヘルシー。
ハーブがきいててクレソルにちょっと似てるかな。
フレンチ味のは粉末のまま、鳥モモ肉とか漬けておいて、ソテーにしても美味しそう。



IMG_0500.jpgパスタソースの素

ちょっと難易度あがってきた?
フライパンで、ひき肉orベーコンと野菜を炒め、そこに素とお水を加えて加熱して仕上げに生クリームを加えれば、ハイ、出来上がり。
それをショートパスタに和えたり、パスタの上にかけてチーズをのせてオーブンで焼いたり。




これらのクノール製品を使ってランチをつくってみた。
ドイツ語がわからなくても、レシピと違っても、ワイン飲みながらでも、なんとかなるもんさ。
だいたいの所要時間は、30分くらい。これを考えると、ジェイミー・オリバーってつくづくすごいよねぇ...。後片付けは時間がかかりそうだけど。

IMG_0504.jpgまずサラダ。
ドレッシングは、シーザーを使って雪印の"ナチュレ恵み"で作ってみた。
ナチュレ恵みは、いっつも他のメーカーのヨーグルトよりちょっとお買い得なんだけど、それは一回雪印ががんばってるから?

出来上がったドレッシングはパセリみたいなのが入っていて、コクもある。
ただ、私はもうちょっと酸味があったほうが好みかな。
次回はレモンを絞ってみよう。


IMG_0506.jpg次は、アンズタケのクリームスープ
パッケージのレシピ通りだと水500mlなんだけど、それだとかなり味濃いめ。
コトコトやる分蒸発するし。
牛乳を足してみたら、ちょうどよくなった。

カフェのランチで必ずといっていいほど出て来たじゃがいものスープも軒並み濃かったし
ドイツ人、塩分とりすぎだってば!



IMG_0511.jpgパスタはリガトーニ・アラ・Spenth

Ofen-Makkaroni alla mammaというパッケージを使ったんだけど、ロングマカロニがなかったので、リガトーニで代用した。
レシピにないけど、ついでに茄子も投入。旬だしトマト系なら相性もgood
これをね、パスティチョみたいに仕上げてみようかと、モッツレラを乗っけてオーブンで焼いてみたんだけど、フライパンであえただけのほうがよかったと思う...。


ま、でも見た目はアレだけど、お味はリストランテ風〜。
全部クノール様のおかげです。

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category: 旅行&行ってきた他

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tag: ドイツ   
2013/09/27 Fri. 20:38 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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HHhH プラハ、1942年 / ローラン・ビネ 

hhhh.jpg本書は、フランスで最も権威のある文学賞であるゴンクール賞も受賞している作品だ。白水社的なのに、東京創元社からでているのはちょっと意外?

もうきっと色々な人がレビューや感想で触れていることだろうが、まずタイトルにやられる。『HHhH』とは一体なんだろうと思うが、見返し部分にある内容紹介を読めば、このタイトルの意味がわかる。

それは、「Himmlers Hirn heißt Heydrich」というドイツ語の略語なのだ。
意味は「ヒムラーの頭脳は ハイドリヒと呼ばれる。」ナチ親衛隊のラインハルト・ハイドリヒのことだろう。
これは、どうも…「ナチもの」ということらしい。

ハイドリヒは、英国諜報部のトップがMと呼ばれるように、"H"と呼ばれたがったのだという。
だが定着したのはご存知「金髪の野獣」のほうだった。彼の人となりや行いもさることながら、ハイドリヒ、ヒムラー、ヒトラー、みんな"H"なのだ。そりゃ、混乱してしまう。
そして、皮肉にも"H"はホロコーストのHでもあるのだ。三人のHとホロコースト、『HHhH』というタイトルのなんと重いことだろうか。

ところで、日本語版の装丁はシンプルにHHhHの文字のみのデザインだが、4つのHを異なるフォントで並べ、"H"の肖像の顔部分を決してある英米版の装丁は、雰囲気があってすごくいいなと思う。

laurent binet読み始めるとすぐに気づくが、これは伝記や歴史小説の類いの本ではない。ものすごく、ものすごく独特なのだ。

最初はとまどう。一体いつになったら作者は私の目の前から消えて、物語だけ浸らせてくれるんだろうかと。けれど、ビネは消えない。だって、これは彼の本だから。作者本人が小説のなかでも言及している通り、本書は「ハイドリヒについてのローラン・ビネの本」なのだ。

ハイドリヒは、彼は、"H”は、主役ではない。
なぜなら、描かれているのは、「エンスラポイド作戦」なのだから、彼はの暗殺のターゲットでありはしても主役ではないのだ。
主役は、"僕"ことローラン・ビネと読者、それにこの作戦の実行部隊の二人の英雄、チェコ人のヨゼフ・ガプチークとスロバキア人のヤン・クビシュ、それから彼らを支えてくれた多くの名もなきチェコスロバキアの人々なのである。

ビネは、いわゆる伝記や歴史小説ではない、「エンスラポイド作戦」についての小説を書こうとしている。
少し書いては悩み、敢えて小説家の創造によるフィクションの部分を作らないように努め、でもある部分では逆にそれを楽しみもする。私も、きっとあなたも、共にビネの執筆の苦悩と楽しみを味わうことになるのだ。
Karlův mostそして、気がつけば、ベネが生きる現代と、遠い昔のプラハで起こった事件の中とを行き来している。
私たちは共に、ハイドリヒが貴族出身の妻リナと出会うシーンを目撃する。「野獣と蔑まれる彼でも、若い頃には普通の人と同じように恋のひとつもしたんだね」などと私は、あなたは、ベネとひそひそ話を交わしたりするかもしれない。だが、彼はナチでの地位が上がるごとに、「金髪の野獣」としか形容できない存在となっていく。そして、その時は近づいてくる…

観光地として申し分のない美しいプラハの街にいるベネと私は、あなたは、再び歴史の中に入っていく。
カレル広場で路面電車の車輪の音を聞き、そのすぐ先のレッスロヴァ通りに目を向ける。そして、そこで起こることをやきもきしながら顛末を見守るのだ。

この小説が他の歴史小説と絶対的に違うのは、読者が自分の脳内スクリーンで一方向から歴史を見るのではなく、これを生み出す作家と体験を同じくすること、歴史とはどういうものなのかを考えさせることなのじゃないかと思う。


HHhH (プラハ、1942年) (海外文学セレクション)
ローラン・ビネ (著), 高橋 啓 (翻訳)
東京創元社 (2013/6/28)


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category: 文芸

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tag: 東京創元社  ナチ  プラハ  ゴンクール賞 
2013/09/26 Thu. 21:10 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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ミステリガール / デイヴィッド・ゴードン 

『二流小説家』 のゴードンが描く、駄目男が、そのコメディが、オタクぶりが好きだったなら、おそらくこの小説も好みではないだろうか。

私は、毎日同じものを食べるということができないタイプで、本も、一番嫌いなのが「同じネタの使い回し」
だから、冒頭「また、負け犬駄目男モノか!!!」と思ったのだが、なぜかゴードンだと許せてしまうのだ。たぶん、ゴードン自身を彷彿とさせる彼の憎めない主人公が好きなんだと思う。


dancing girlさて、本書の主人公サムも『二流小説家』 のハリー同様、N.Y.の一流大学を出たものの、燻った生活を送っている。
自称は小説家だが、実際は古本屋で働いて生計を立てており、今取りかかっている小説『会陰』(どんな内容なんだか?!)もいつ仕上がるともしれず、さりとて発表の予定もない。
この10年で物書きとして稼いだ金はわずか10ドル。その頼みの綱の古本屋も潰れてしまい、失業の憂き目にあってしまうのだった。さらに追い打ちをかけるように、最愛の妻ララからも「このままじゃ、あなたは変わらない」と言われ、出て行かれてしまった。
次の夫婦セラピーの日までに、なんとしても仕事を見つけなければならない。職探しに奔走するサムだが、およそビジネススキルとは縁遠い文学と芸術の知識にしか誇れるものはなかった。
そんなサムは、就職支援サイトから私立探偵の助手の口を紹介される。面接に出かけたサムを待っていたのは、超がつく肥満体の自称私立探偵のロンスキーだった。彼には、太り過ぎの他にも自ら調査ができない重大な理由がありそうだった。その場で採用されたサムは、便宜上ロンスキーが"ミステリガール”と呼ぶ女性の監視を命じられる。胸と腰が豊満で、小柄な体型にココア色の肌をした"ミステリガール”は、心なしかララと重なった。
その女を追ってサンフランシスコ近くのビーチに着いたサムだったが、そこで彼女は謎の死を遂げてしまう。ホテルのバルコニーの手すりから身を投げたのだ。サムを誘惑し、一夜を過ごした後の一瞬の出来事だった。
実は彼女はロンスキーの片思いの相手だったのだった。彼女の本当の名はモナ・ノートで、今は亡き高名な映画監督の妻だった。ロンスキーが言うには、彼女は高所恐怖症でバルコニーに足を踏み入れることすらできないはずだったという。そして、サムに「私の愛する女を殺した犯人を見つけ出すのだ!」と命じるのだが…


The Big Lebowski本書のテーマは、扉で捧げられたゴードンの「ぼくを惑わせた女たちへ」という一言に凝縮されている。
こ〜れ、結構なものなんじゃないの?(笑)
ゴードンってば、実は女たらしなんじゃないのぉ?


その実、かなりなエロ路線でもあるのだ。が、このエロさも、不条理も、悲哀もコメディに溶け込んでいる。
やや冗長すぎるきらいもある映画や文学オタクぶりは、やっぱりそういうところがゴードンなのだ。これらの蘊蓄を随所に差し挟みながらも、物語は意外な方向へ突き進んでいく。
キーとなるのはもちろん、"ミステリガール"、モナの正体。長い旅路の果てに明かされるこの真相を、やっぱりねと思うか、意外だと思うか。

超肥満体だが頭脳明晰の私立探偵のロンスキーをはじめとして、ロンスキーの母親と家政婦、サムの親友ともいえるレンタルDVD店の店長にして希代の映画オタクのマルコなど脇役も個性的で楽しめる。

『二流小説家』 は本国よりも日本で大受けして上川隆也主演!!!で舞台にもなったが、これこそ映画向きのホンなのじゃないだろうか。
『二流小説家』 のハリーも本書の駄目男サムも、背後にゴードンその人をみるように描かれていて、読み手に深く共感させるが、これこそがゴードンという作家の持ち味というか武器なんだろうな、と思う。
また作中、コーエン兄弟の『ビッグ・リボウスキ [DVD]』のデュードを主人公サムは自分に重ねているが、読者も、知らずサムに自分をみる。この同一視ができるかどうかで、本書が面白いか否かは決まるのじゃないだろうか。

ところで『ビッグ・リボウスキ』をご存知ない方のために少し捕捉しておくと、この映画はコーエン兄弟監督によるコメディである。
コーエン兄弟といえばすぐさま陰鬱な作品を想像するだろうが、これはそれらとは毛色が異なる軽妙な作品なのだ。まさしく「喜劇だけが醸し出すことのできる悲哀に満ちた作品」であり、それは本書にも当てはまる

この『ビッグ・リボウスキ』のWikiに、「主人公が不可解な事件に巻き込まれ、怪しげな人物たちと出会い、事件の真相を探るという映画の基本的な構造は、チャンドラー作品と相似している」という解説があるのだが、なるほど!なのである。
この基本構造はなにもチャンドラーの専売特許というわけではなく、エンタメの黄金比のようなものなのだ。
しかし、昨今のミステリ作家というのは奇をてらい構造を変えたがる。そして、バランスを崩してしまう。
しかしゴードンはこれに忠実なのだ。
私が彼の作品を好きなのは、そのせいもあるかもしれないなぁと思ったのだった。



ミステリガール (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)
デイヴィッド・ゴードン (著), 青木千鶴 (翻訳)
早川書房 (2013/6/5)


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category: コージー・男女もの

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tag: 海外ミステリ  駄目男  早川書房 
2013/09/24 Tue. 20:55 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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言語都市 / チャイナ・ミエヴィル 

本書は、SFの旗手チャイナ・ミエヴィルの長編で、ローカス長編賞を受賞している作品だ。
『都市と都市』
よりも私はこちらのほうが好きかも!

先の読書会では、『都市と都市 』はミステリーとしても秀逸だという意見もきかれたが、私自身は彼はストリーテラーではないと思っている。彼の凄さはあの種の設定を生み出せるその頭脳にあると思う。
embassytown.jpg
さて、本書の舞台は、遥かなる未来、遠い宇宙の辺境にある惑星アエリカである。
人類は、そこに「エンバシータウン」と呼ばれる入植地を建設し、先住の種族アエリカ人と共存していた。

アエリカ人(=ホス ト)たちにとって、テラ人が語る言葉はノイズでしかない。彼らはふたつの口を持っており、その二つから同時に発せられる独特な言葉「ゲンゴ」しか解さないのだ。
ホストと意思の疎通をするためには、クローン技術によって同じDNAを持つ人間を二人で一組にし、同時に語らせなければならなかった。彼らは「大使」と呼ばれ、人間たちの代表としてホストとの交易と外交を担っている。
エンバシータウンは、遥か遠くにある強国ブレーメンの植民地であり、ブレーメンの支配下にある。ちょうど昔のイギリスと香港のようなものだ。

そのブレーメンから、ある時、エズ/ラーという新任の大使がエンバシータウンにやってきた。大使たちは、その全てのペアが同じDNAを持つクローンで、そればかりか常に均一化処置を施されており見分けはつかない。大使とはそういうものなのだ。
だが、エズとラーは何もかもが全く異なっていた。本来エズ/ラーのような「大使」は存在するはずがなかった。
そのエズ/ラーは、特別な能力を持っていた。彼らの語るゲンゴは、ホストたちに麻薬のような作用をもたらすのだ。彼らが語るゲンゴは、ホストにとってはまさに「神の麻薬」ともいうべきものだった。ホストたちの依存度は急激に進行し、アリエカは、崩壊寸前の危機に陥ってしまう。
そして、さらに追い打ちをかけるかのように、ある事件が起こってしまうのだった。
遥かなイマーの旅から、故郷のエンバシータウンに戻ってきた主人公アヴィスは、その騒動を目の当たりにし、打 開策を探すが…



『都市と都市』同様、本書も決して分かりやすく読みやすい小説ではない。設定もやっかいならば、テーマも抽象的で難しい。
毎度のことながらミエヴィルの視点には驚かされる。私たち地球の人間が当たり前だと思っていることは、当たり前ではないのかもしれないのだ。彼は、遠い遠い超未来を舞台に、生物の進化というものがどういうものであるか通じてそのことを示しているのだ。
例えば、私たちは嘘をつく。だが、二つの口で同時に音声を発するという複雑な方法で、ゲンゴを話すホストたちは、嘘をつくことができないのだ。彼らにとっては「話すこと」は全て「真実」だ。「真実ではないこと=嘘を話すことはできない」ということなのだ。
「◯◯は△△だ。」 ということは、それが真実なら言えるが、曖昧ならば言うことはできないし、かといって否定することもできない。ゆえに、便宜上、特定の人間を利用したわかりにくい直喩システムを使っている。

主人公のアヴィス自身も、この「直喩」の一人なのである。このことが、物語におけるアヴィスの大事な役割となるのだが、ここでは読んでのお楽しみとしておこう。

頭をかき回すかのような「ゲンゴ」の進化も楽しいが、ホストたちが育てている農作物、機械、都市の外壁や配管の描写なども読んでいてわくわくさせる。
脈打つ壁が、エズ/ラーの「ゲンゴ」聞きたさに、耳を生やす光景などを頭の中でビジョン化するのはとても楽しい。文字を脳内でビジョンに変化させる楽しさを存分に味わえる。

極めつけは、やはりホストたちの容姿だろうか。珊瑚のような複数の眼と、ファンウイングの耳を持ち、キチン質の堅い脚で歩みを進めるその姿は、モノクロでもいいからイラストが欲しかったなと思う。





言語都市 (新★ハヤカワ・SF・シリーズ)
チャイナ・ミエヴィル (著), 内田 昌之 (翻訳)
早川書房 (2013/2/26)


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category: SF ファンタジー

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: SF  宇宙  言語 
2013/09/23 Mon. 21:23 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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青い脂 / ウラジミール・ソローキン 

文学といっていいのか、SFといっていいのか、小説といっていいのか、ある種のコラージュ作品なのか…。
カオスだということは知ってはいたけど、これほどだとは思っていなかった。
駅前の大型書店で悩んでは見送り、でもやっぱり読んでみたいなと思って手を出ししてしまったのが運のツキ…

冒頭はわくわくする。
舞台は2068年のシベリア極寒地だ。エネルギー開発を行う科学者たちの基地、遺伝子研18と呼ばれる研究所に、言語促進学者のボリスがやってくるところから物語ははじまる。
20130125Голубое сало
この研究所では、新たに作られたチェーホフやトルストイなどの過去のロシアの文豪たちのクローンがその創作活動によって体内に生成される "青脂"を採取するためのプロジェクトが進行している。

物語は、ボリスが恋人に送る手紙を通して読者に語られるのだが、この恋人は異性ではない。マルチセックスが常となったこの時代にあっては、男色のほうが一般的なのだ。
しかも、このボリスの恋人は後々あっと驚く役で登場することになる。

これら科学者たちと対立しているのが、地下に住まう宗教団体だ。大地と性交するという教義のため、彼らの男根は手押し車が必要なほど巨大化ており、また、過去世界へと繋がる独自のルートを持っている。
彼らは、ある時遺伝子研18を襲撃し、まんまと"青脂"を奪取する。そして、世界を変えるべく、その"青脂"を持ち込んだのは、1954年のソ連だった


粗筋だけざっくりみても、一体何のこっちゃ? ??
そもそも、本書のタイトルにもなっていて、キーとなっている物質、"青脂"自体が、一体何なのか、何を意図しているのかいないのか、私にはさっぱりわからなかった。
わかる必要もないのかもしれないが(笑)本文にはただ「エントロピーが常にゼロの物質」「どんな衝撃でも破壊することができず、たとえ世界が滅亡してもそこに残り続ける物質」としか書かれていない。
武器なの…?
希少で重要なものらしいのだが、具体的にそれがどういう役割を果たすものなのか、なぜそれを人が欲しがるのか、云々についての記述はない。

そして、文体がまたやっかいなシロモノだなのだ。
ボリスが語るのは、未来のロシア語である。この言語は中国語の影響を大きく受けており、端々に中国語が挟まれる。翻訳の方には相当の苦労がしのばれるが、巧くニュアンスを伝えるのに成功していると思う。
そして、このおびただしい造語の意味のために、見開きごとに注釈がついているのだが、実は注釈も注釈の役割をなしてはいないという…
ソローキンは、訳者にこの難解な表現について、「意味を訳さず、音を表記せよ」とアドバイスしたそうだ。なるほど、本書の表現にはそういう異質さが当然のようにあって、"読む"というよりも、"文字を目に入れることで刺激を受ける"というほうがふさわしいように感じた。
でも、私自身も「青い脂」がでそう…

加えて、本書には、まるででたらめなコラージュのように作中作品が挿入されているのだ。とりわけ前半部分にまとまって挿入されているクローン作家たちの創作作品は、まさにわけがわからん状態!
ドストエフスキー、チェーホフ、トルストイ、ナボコフ....etcこれらクローン作家たちは、その本家との相関率の高さ関わらず、見た目は人でさえない者もいる
しかし、その作品も、あたかも文学をあざ笑うかのようにウマヘタというかヘタヘタなパロディなのである。
訳者はロシア文学のマトリョーシカ的な構造と言っているが、これは、ロシア文学に詳しくなければ、読み解くのは難解なのではないだろうか。でも、そういう素養的なことは今更どうにもならない。なので理解できないことを耐えて読むしかないのだ。
その猥褻さも特筆すべきだろう。大地と性交したりするのは序の口で、後半のスターリンとフルシチョフとのベッドシーンなどは、妙にリアルでポルノちっく。
無秩序と騒々しさにまぎれており、セックスシーンが多く、グロテスクで、汚く、総じて残酷なシーンも多く見受けられる。

全てが何かの隠喩のようであり、逆に何の意味も持たないようでもあり…
通常、私は本を読みながら、そういうとりとめのないことを考えるのが好きなのだ。
"春樹文学の羊男は私にとって何なのか?"などといった類いのことだ。でも本書に関しては、なんだかとにかく圧倒されてしまっただけだった。
Совет
それには、単に趣味や教養だけの問題だとは思えない何かが障壁となっていた気もする。
でも、ある一部の人々には熱狂的に受けるのじゃないだろうかと思う。そういうアングラさや難解さがどぎつく漂わせている魅力があるのは確かだ。

あなたの感想はどうだろうか?リプス、你媽的!


青い脂

ウラジーミル・ソローキン (著),
望月 哲男 , 松下 隆志 (翻訳)
河出書房新社 (2012/8/23)


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category: 文芸

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tag: ロシア文学  ポストモダン   
2013/09/22 Sun. 21:00 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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