Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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リチャード三世「殺人」事件 / エリザベス・ピーターズ 

Elizabeth Peters1『時の娘 』のオマージュとして書かれたミステリー。著者のエリザベス・ピーターズはその幅広い活躍が認められ、98年にMAW巨匠賞を受賞している。奇しくもこの夏に死去されたそうだが、1927年の生まれだというから天寿を全うされたのだろう。
ご冥福をお祈りします。

彼女自身も作家に専念する前まではエジプト考古学者であり、当然のごとくリカーディアン(リチャード三世擁護派)でもある。その活動を通じてテイ女史とも交流があったという。ただ、本書は「歴史ミステリー」ではない。どちらかといえば、コージーに近い殺人事件ものだ。なぜタイトルの「殺人」が鍵括弧付きなのかということにも着目して読まれたい。


さて、本書の探偵役は、大学図書館司書のジャクリーンである。
緑色の瞳に、燃えるような真っ赤な髪はいつもひっつめ、ゴツい眼鏡がトレードマークで、いつも持ち歩いている重そうなバッグは、ドラえもんのポケット並みに何でも入っている。だが、髪をほどき眼鏡をはずせば、人も振り返るゴージャスな美人に変身する。
そのジャクリーンは、夏休みを利用してロンドンにやってきた。友人以上恋人未満の関係の大学教授トマスと休みを過ごすためだ。ロンドンに着くなり、彼女はトマスに英国貴族のカントリーハウスに連れていかれる。
そこでは、リチャード三世の擁護団体が主催するパーティが催され、参加者はいずれ劣らぬ熱心なリカーディアンだった。しかも、皆、リチャード三世ゆかりの人物に扮装するという凝りようだった。仮装パーティと勉強会の後、そこで、リチャード三世の”二人の甥殺し”の無実を証明する手紙のお披露目があるのだという。歴史的大発見となるその手紙は、館の主にして会の代表であるサー・リチャード・ウェルドンが、最近入手したものだった。
だが、パーティの参加たちは次々と何者かに襲われる。被害者は皆、リチャード三世が歴史上殺害したとされる人物に扮した者だ。ヘンリー6世の息子エドワード・オブ・ランカスターに扮した弁護士のフランク、リチャード三世の兄クラレンス公ジョージ役のトマス、リチャード三世の友人で側近だったロード・ヘイスティング役の俳優フィリップ...ご丁寧に殺害状況は史実を模倣してあった。幸いなことに皆、命に別状はなかった。しかし、一体誰が、何のために?
そんな時、この屋敷に反リカーディアンの急先鋒である人物が紛れ込んでいると誰かが言い出すのだが…


シチュエーションは典型的な古典ミステリの形、おなじみクリスティのそれだ。田舎の豪邸に華やかな人々が集まり、そこで事件が起こる。そして探偵役が、全員を集めての謎解きをするというもの。

ミステリ自体は特筆すべきようなことはないし、はっきりいってリチャード三世の謎とも全く関係ない。リチャード三世云々は、この小説ではただの小道具なのだ。
お茶目なジャクリーンと、ジャクリーンと友達以上に進みたいトマス。少し前の少女漫画的な雰囲気とテンポのよさで、頭を使わず楽しめる。そして、おまけとしてリチャード三世にかかる知識も得られる。

the murder of richard 3本家『時の娘』は”リチャード三世の史実やその時代背景を当然のごとく知っているもの”という前提で書かれている。そのため少々分かりにくいところもあったりした。
しかし、こちらは、歴史にもさほど明るくない米国人読者を意識しているせいか、親切なのだ。リチャード三世にかけられた「濡れ衣」の数々も分かりやすく噛み砕いてくれている。

例えば、リチャード三世にかけられた嫌疑のひとつに、兄エドワード4世の遺児、エドワード5世の王位簒奪がある。
はその後のエドワード5世とその弟の殺害にも結びついていく重要な出来事なのだが、『時の娘』では、その理由は「(司教)スティリントンによって1483年の夏の閣議で、故エドワード4世は昔、エリザベス・ウッドウィル(エドワード5世の母)と結婚する前に、エレノア・バトラーと秘密裏に結婚していた」からとしか説明されていない。
ここは、中世イングランドの歴史背景に疎い我々には、脚注が必要かもしれない。ヘンリー8世がアン・ブーリンと結婚せんがためにカソリックから脱退する前までは、王といえども離婚は認められていなかったから、この事実によって、故エドワード4世と王妃エリザベス・ウッドウィルの婚姻は無効となり、エドワード5世とその弟は私生児となり王位継承権がなくなるのだ。調べればわかる程度のことだが、こうした説明がさりげなく差し挟まれている。
「『時の娘』はちょっと取っ付きにくかったんだよなぁ」という人は、こちらを捕捉的によんでみてもいいかもしれない。
book richard3
リチャード三世「殺人」事件 (扶桑社ミステリー)
エリザベス ピーターズ (著), 安野 玲 (翻訳)
扶桑社 (2003/03)


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category: コージー・男女もの

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tag: 海外ミステリ  古典本格  MWA  リチャード三世 
2013/10/31 Thu. 18:26 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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時の娘 / ジョセフィン・テイ 

city holl本書は、今週末の読書会の課題本なのである。
テイ女史のおなじみのキャラクター、グラント警部のリチャード三世にかかる歴史ミステリだ。かなり前に読んだことがあるのだが、読書会を機に再読してみた。

リチャード三世といえば、真っ先に思い浮かべるのがシェイクスピアの戯曲だろう。学生時代、演劇をやっていた友人によくチケットを買わされたものだ。
せむしの醜男にして、冷酷で狡猾、王位を手にいれるために罪のない子供を殺害した簒奪者。リチャード三世にこのイメージを植えつけたのはシェイクスピアだけではない。聖トーマス・モアの史書においても稀代の極悪人として描かれている。
本当にリチャード三世は稀代の極悪人なのだろうか?実は、彼ほど評価の割れるイングランド国王もいないのだという。一部の歴史家が、シェークスピアの戯曲などに描かれる人物像を支持するのに対し、それは飽くまでフィクションに過ぎず、リチャード3世を戦いで殺害して王位に就いたヘンリー・チューダー(ヘンリー7世)が広めたものだと主張する歴史家もいる。シェイクスピアはチューダー王朝の下の劇作家なのだから、そうすべき事情があったのだというのだ。
いずれにしても、リチャード三世は英国君主史上もっとも興味をそそられる人物であることには間違いない。

後者の見解すなわちリチャード擁護論は盛りあがってきているが、その強力な後押しとなったのが、本書『時の娘』 であるだろう。

richardiiiroyalcollection.jpgさて、主人公は、スコットランド・ヤードのグラント警部だ。彼はは、怪我のため、退屈な入院生活を送っていた。そんなとき、偶然目にしたリチャード三世の肖像画をみて疑問を抱く。
リチャード三世といえば、せむしの醜男で、王位簒奪のために子供を殺した稀代の極悪人だということになっている。だが、グラント警部の目には、極悪人というよりも「良心的すぎる人物」にしか見えなかった。彼は人の顔を見抜く目には少なからぬ自信を持っていたのだ。ヤードでは彼は「犯人を顔で見分けられる」とまで言われているのだから。
この稀代の極悪人の顔を見まごうた、という事実は彼を悔しがらせる。が、それと同時にリチャード三世にまつわるミステリー、特にいかにして二人の甥を殺害したのか、ということに興味をひかれるのだった。二人の王子はリチャード三世に殺害されたというのが通説になっているが、経緯は依然として不明なままなのだ。
「時間はたっぷりある。ここはひとつ納得のいくまで調べてみよう。」
友人たちに資料探しを頼み、リチャード三世の素顔に迫るのだが…


これを読むに、テイ女史はリチャード三世の擁護論者(リカーディアン)だと言っていい。しかもかなりご熱心だったようだ。導きだされた結論は典型的なリカーディアンのもので、歴史オタクには新鮮味はないだろうが、一般の我々にとっては面白い。
本書は、英国ではもちろんのこと、日本でも古くは江戸川乱歩らが絶賛し、現代においても「東西ミステリー100」で39位を獲得している傑作である。当然どこのレビューでも賞賛されていることだろう。ゆえに、それを踏襲したところで何の面白味もない。全員一致で「面白かったね〜!」のみで終わる読書会ほど詰まらないものもないじゃないか。なので私はちょっと意地悪く斜めから眺めてみた。
まず、肖像画をみて「これは善人の顔だ」だという警部に、突っ込みたくなるのは私だけだろうか?しかもその肖像画は、リチャード三世没後の後世に描かれた模写の版画なのである。(模写にはいくつかバージョンがあるらしい)そこで触れることができるのは、リチャード三世と一度もまみえたことのない模倣画家の視点なのではないのだろうか。

さらに、本書で注目すべき点は「結局、誰が得をしたのか(キーボー)という探偵の視点で歴史をみる」ということだと言われるが、彼の視点は「歴史家の視点」とやらとそう変わらないのだ。そもそも擁護論は「誰が勝者か」に立脚している。さらに、リチャード三世にかかる謎で最も重要なのは、二人の王子殺害の真実だ。だが、その容疑者は絞り込めたものの、確固とした裏付けはなく、その他の多くのことも推測の域を出ないままなのだ。
確かにヘンリー7世には動機があり怪しい。だが、怪しいだけだ。リチャード三世にも、その動機がないと言い切ることまではできない。彼の前のめりな姿勢とは裏腹に、そもそも論に立ち返ってしまう。

いずれにせよ、「歴史とは"トニイパンディ"だ」。居合わせた一人一人がそれは作り話だと知っていても、否定せず黙って見守っているうちにその嘘っぱちは伝説に膨れ上がる。そしてその嘘っぱちは、史実をいつしか凌駕する。
ちょっと意地悪なことをいえば、リカーディアンの主張さえも"トニイパンディ"になる可能性を孕んでいるのではないか。
img_panel_1359651618.jpg
リカーディアンは、シェークスピアやモアがリチャード三世を「せむし」だと書いたことに反論反発していたが、昨年レスターの駐車場で発見されたリチャード三世の遺骨には、はっきりした脊椎湾曲症がみられた。
だからといって擁護論が信憑性を失うわけではないし、リチャード三世が善良な人物だということに何ら影響を及ぼすものでもない。

グラント警部や助手の「むくむく仔羊ちゃん」らの見解とは逆に、彼は自分が「せむし」だったからこそ、美丈夫な兄エドワード4世に忠実だったのかもしれないとも思う。けれどもここで大切なのは、リカーディアンが言うところのチューダーズの飼い犬たるシェイクスピアやトーマス・モアの書物のなかにも、真実が含まれていたということではないだろうか。

また、モアは自らの記したもののなかで、リチャード三世は、兄エドワードとクラレンス公ジョージが、胤違いの庶子であり正統な王位継承者は自分のみであると言ったと書いてもいる。それにも記すに価するだけの信憑性があるとしたらどうだろう?
気になったのは、作中作品の『レィヴィの薔薇』のこんな文章だった。「金髪の一族のなかのただひとりの黒髪の子、醜い子…」もちろん『レィヴィの薔薇』はフィクションである。だが、兄のエドワード4世は、亜麻色の髪(サンドベージュのブロンド)であり、ジョージもまた然りなのだ。レィヴィの薔薇と称されたリチャードの母シセリィ・ネイヴィは光輝くブロンドだったというから、もしも、父親のヨーク公リチャードがブロンドだったならば、庶子云々の問題は兄たちではなく、リチャード三世自身のものになってくるのではないだろうか…

いずれにしろ、リチャード三世は未だ謎につつまれた人物なのにはちがいない。

時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)
ジョセフィン・テイ (著), 小泉 喜美子 (翻訳)
早川書房 (1977/6/30)


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category: 古典・本格

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tag: 海外ミステリ  古典  読書会  早川書房 
2013/10/30 Wed. 23:29 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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チャイルド・オブ・ゴッド / コーマック・マッカーシー 

cormac maccarthy今年一番インパクトがある本かも!

本書は1960年代に実際に起きた事件をもとに書かれたフィクションであるという。
驚くべきはは、これが書かれたのが1973年であることだ。キリスト教的倫理感が今よりずっと根づいていた当時にあっては、衝撃だっただろう。

舞台は60年代のアメリカ南部、テネシー州東部のヒルビリー(山間民族の蔑称)の集落。主人公のレスター・バラードは集落のつまはじき者だ。育った環境は劣悪そのもので、父親は彼が9歳か10歳のころに自殺し、母親は男と駆け落ちをしていなくなった。ある者がいうには、そのころから"変になった”らしい。
元々粗暴であり人に対しても不器用なことから周囲に疎まれていたが、家を差し押さえによる競売で失い、打ち捨てられた小屋に越して以降は完全に孤立してしまっている。
ある時、バラードは車の中で死んでいる若い男女を発見する。それが第一の契機だった。二人は半裸の状態でコトに至っている最中に死んだらしい。彼は女を屍姦した上で小屋に持ち帰り、"共同生活"を始める。女のために洋服と下穿きを買い込み、口紅を塗ってやり、夜は裸で添い寝するのだ。しかし、その生活は朽ちかけた暖炉の火が小屋を焼き尽くすことで終わってしまう。女を失い、彼は再び孤独の荒野に放り出される。
二度目の契機だった。彼の、かろうじて保たれていた細い糸はそこで切れてしまうのだ。山の洞窟に移り住んだ彼は、奇行に拍車がかかり、次第に殺人に手を染めていくのだった…

Appalachian Mountains軽々しく「犯罪小説」などとは呼びたくない。
あらすじだけみると禍々しく凶悪な犯罪小説にみえるが、ここには詩的な美しさと、得がたい生命の力があり、それらは時に読み手を破壊しかねないほど苛烈にもなる。
訳者はこれを「生命肯定感」と表現している。私が感じたものはおそらくはこれと同じ類いのものだと思う。喩えが適切か心配だが、それは女性が、雌が、自分の命と引きかけても子供を産もうとするような、本能が持つ強さ、パワーに似ている。
バラードの心情の吐露や内面描写といったものは一切ない。感情は完全に排除され、ただ淡々と、それこそ「昆虫や動物を観察するがごとく」描かれ、それが逆に物語を引き立てる。
またマッカーシーの訳として定着した感のある”句読点のない文章”は物語に詩情を与え、精選された美しい言葉は自然を映す。

ところで人間の脳は三層構造になっていて、一番外側の新しい層が人間らしさを司る部分で、その中心部は原始的な脳であると聞いたことがある。
人間性とは段階的に失われるのだ。一つ失うごとに、一つ原始に戻る。最後の最後に残ったのが、爬虫類の脳、本能だったのではないか。最後の住処が赤い粘度質の洞窟だったというのも、ビジュアルに訴えた。
彼岸では、もはや善悪の区別など意味がない。ただ、ただ、本能による力だけが存在し、人は将来悪いものなのなのか、良いものなのか、などといった問いを嘲笑する。彼は、喩えるなら口を真っ赤にして兎の肉を食らうキツネのようなものだ。そのキツネに罪悪を問うて何になろうか。

恐ろしいのは、屍姦のシーンでもなければ殺人の場面でもない。バラードのことを冒頭、「おそらくあなたによく似た神の子だ」と言った著者のその言葉が頭に谺したことだ。


チャイルド・オブ・ゴッド
コーマック・マッカーシー (著), 黒原 敏行 (翻訳)
早川書房 (2013/7/10)


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category: 文芸

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tag: 早川書房  映画化   
2013/10/28 Mon. 20:53 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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追跡者たち / デオン・メイヤー 

"南アフリカのコナリー"と称されるデオン・マイヤーの日本初上陸は昨年のことだったが、日本ではさほど話題にならなくて、もったいないなぁと思っていた。
版元は倒産してしまったし、Amazonにレビューを寄せている人の評価もひっじょう〜〜に渋い。渋過ぎる!!!
好みの問題だろうが、『流血のサファリ』がたった星二つだなんて、さすがにそれはないと思う。
確かにとんでもない誤植はあったが、それは作品の瑕疵ではないし…

この"南アのコナリー”、私は本家よりもいいと思っている。
だって、この作品と『スケアクロウ』とじゃ、正直、オハナシにならない。
Johannesburg.jpg


ランダムハウス倒産後、これほどの大物を放っておくわけはないと思っていたら、案の定、早川書房が獲得したらしい。
ただ、表記はデオン・メイヤーに変ってしまった。拘りがあったのだろうがスペルはMeyerなので、「マイヤー」のままで良かったのじゃないか
それにこの『追跡者たち』は、『流血のサファリ』と全く無関係というわけではないのだから。

さて、本題。この小説の魅力は、第一にこれひとつで三つの物語が味わえることにある。
その三つの物語の主人公が、主婦のミラプロのボディガードのレマー民間調査会社の調査員のマットである。タイトルの『追跡者たち』というのは彼らを表してもいる。文字通り、彼らは皆、何かを追い求めているからだ。

一つ目の物語は、主婦のミラと南アの大統領府情報局(PIA)にかかる物語だ。
PIAは他機関との合併の噂に揺れている。ヤニーナは前大統領に任命された長官で、就任して日が浅いため、彼女には地位が保てるだけの実績がない。彼女とPIAに今必要なのは、"大いなる脅威"なのだ。そして今、天の采配によりそれはやってこようとしていた。南ア国内の犯罪組織同士の対立にイスラム過激派が絡んでいるらしい策謀だ。
同じ頃、ミラは、家庭を顧みない夫と横暴な息子に耐えられなくなり家を出る。アパートを借り、憧れていたジャーナリズムの仕事を探し始めるが、大昔の最優等の学位は、経験のなさと不況の前には無力だ。そんな折、求人欄の小さな広告から、運良く職を得ることに成功する。が、それはPIA直轄の調査報告の仕事だった。そして、彼女は偶然知りあった男性ルーカスと恋に落ちる。

Diceros bicornis
二つ目の物語の主人公は、『流血のサファリ』に登場した腕利きのプロのボディガードの、あのレマーである。
彼はその後、エマ・ル・ルーと愛し合うようになり夢のような時間を過ごしていた。が、反面で、関係の終焉を恐れるあまり、彼女に過去を打ち明けることができず苦悩してもいた。そんな時、地元の農場主ディードリックからクロサイの輸送の護衛の仕事を依頼される。ジンバブエ最後クロサイの保護のために、国境から1500キロの道のりを運ぶというのだ。だが、クロサイの角は高値で取引されるため危険を伴う。エマと会社に後押しされるように、この仕事を引き受けたレマーだったが、ディードリックに疑念を抱く。そして彼の予感は的中するのだった。輸送車は尾行られていたのだ...

三つ目は、警察を退職し、民間の調査会社で働きはじめたばかりのマット・ジュベールの物語だ。
彼の民間での初仕事はバス会社の管理職員フリントの失踪事件だった。依頼人は妻ターニャ。フリントはジムの駐車場に車を荷物を残したまま、突如姿を消してしまったという。誰もが彼は失踪などするようなタイプではないとい、手がかりは乏しい。ターニャの懐具合を気にしながらも、マットは地道な調査によって、フリントの秘密を発見するのだが…

この三つの物語のなかで、あなたはどれを一番面白く読むだろうか?「ボニーとクライド」のようなミラの物語だろうか?深い人間洞察が読み応えがあるレマーの物語か、それとも単なる私立探偵の物語に終始することなく、"警察にできることの贅沢"をも描いたマットの物語だろうか?
デオン・マイヤーのキャラクターの造形や洞察力には目を見張るものがある。
彼らはそれぞれが皆何かを追い求めている。それはこれまでとは違う新しい世界の自分であるかもしれない。
誰しもが自分のセールスポイントを目立たせたいという願望を持っているし、不利な条件に縛られている場合は細心のの注意を払って自分を取り繕おうともする。けれども、絶対に過去の己の足跡を消すことはできない。

この三つのバラバラのピースがどう交わっていくのかを「追跡」するのだ。これが本書の第二の楽しみである。
またこれが憎らしいことに、下巻の半分を過ぎてもどう収斂していくのか見えてこない。そして残りのページはどんどん少なくなっていく。
「大風呂敷の割にラストはあっさり」訳者の方はこう言っているが、そうだろうか?
賛否あるだろうが、とても巧い締め方だと私は思う。



追跡者たち(上) 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
追跡者たち(下) 〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

デオン・メイヤー (著),
真崎 義博 (翻訳), 友廣 純 (翻訳)
出版社: 早川書房 (2013/6/21)




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category: クライム・警察・探偵・リーガル

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  早川書房    南アフリカ  流血のサファリ 
2013/10/27 Sun. 22:00 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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甦ったスパイ / チャールズ・カミング 

Snowden.jpgスノーデン情報によると、米国家安全安全保障局(NSA)が盗聴してる国家元首は世界に35人もいるらしい。
ドイツのメルケル首相は、オバマに直接抗議したという。全くNSAは...

今や、諜報機関の監視の対象は敵とは限らない。良好な関係を築いていても、国が違う以上利害は異なる。
冷戦が終わってもスパイ小説の題材に事欠くことはない。諜報機関は仕事がなければ自分たちで作るし、技術の進歩も相まって、逆にますます国家間の関係は複雑になっている。本書はその象徴のような本かもしれない。

さて、主人公はイギリス情報局秘密情報部(SIS 通称MI6)をクビになったトーマス・ケル。42歳で、妻とは別居している。単身用のアパートに暮らし、総菜を買って食べ、昼は映画専門チャンネルをみて、毎夜飲んだくれる、そんな生活を送っていた。
そんな彼は、二日酔いで目覚めたある朝、SISのかつての同僚、マークワンドからの電話を受ける。まもなくSIS長官に就任する予定のアメリア・リーヴェンが行方不明になってしてしまったというのだ。女性初のSIS長官とあって、就任には組織内部に様々な思惑が渦巻いていた。就任前に予告もなく休暇をとった彼女を怪しみ、ライバルだった高官トラスコットはマークワンドとともに彼女を監視させていたのだ。だが、アメリアがそのレーダーから消えてしまった。携帯も通じず、クレジットカードも使われていない。ロンドンは不安を募らせる。もしこの事実が外部に漏れれば、由々しき事態だ。そこで、彼女と親しかったケルなら、行動パターンが読めるかもしれないとお呼びがかかったのだった。
アメリアを追いニースに飛んだケルは、彼女が"フランソワ・マロ"というフランス人と連絡をとっていたことを突き止める。フランソワの両親はごく最近、カイロで殺害されてた。フランソワは何者なのか?ロンドンが考えているように、恋多き女アメリアの情夫なのか?
やがて、ケルはアメリアがその昔封印した秘密を知ることになるが、そこにはフランスの対外治安総局の策謀がめぐらされていて…

Nice.jpg今や、英国の正統派スパイ小説の後継というキャッチが定着したチャールズ・カミング(以下CC)は、この作品によって、前作ではノミネートに留まった「英国推理作家協会賞(CWA)のイアン・フレミング・スティール・ダガー」を受賞した。
『ケンブリッジ・シックス』を読んだ限りでは、"英国の正統派スパイ小説の後継"というよりも、もっと「エンタメな作家」だと思っていた。
実際、『ケンブリッジ・シックス』はその華やかなロケーションといい、アクションといい、美女にクラっとくるところといい、ハリウッド的なのだ。
だが、本書は前作とは印象が全然違う。これは、アイデンティティについての物語なのだ。「スパイであることと素の個人の間に横たわる矛盾」といった内面的なものに踏み込んでいる。
作品自体が持つ体温も『ケンブリッジ・シックス』よりもかなり冷めており、ル・カレの、特に初期の作品を思い出させる。

訳者「あとがき」にもあるように、タイトルの「甦ったスパイ」というのはケル自身のことだ。アメリアを、フランソワを探し出す任務は、同時にケル自身のアイデンティティを探求することでもある。

スパイでいることは、隠しごとの世界に身を置くことだ。人と一定の距離をおいて付き合い、妻にも嘘をつく。人を出し抜き、矛盾した考えを受け入れる。ケルがSISを去ることになったのは、いうなれば、ただイギリス情報部という組織の一員でスパイであったからだ。しかし反面で、スパイとしてしか自分を活かすことはできないとも思い、苦悩する。ケルの抱える問題は、我々一般人も無関係ではない。程度の問題はあるだろうが、組織に、仲間に従ったがために、自分のモラルを犠牲にしたと後に後悔することは誰だってあるだろう。
まさに「それ」を取り戻すシーンにはカタルシスが感じられる。

小技が効いているなぁと思ったのは、登場人物たちに読ませている本のチョイスだ。特に、ケルが読んでいた「アフリカを奪え(日本未訳)The Scramble for Africa」は、事態の収斂ともマッチしており上手いなぁと思う。

ナダルのことを馬鹿にさえしなければ、もっと良かったのに!!!


甦ったスパイ (ハヤカワ文庫NV)
チャールズ・カミング (著), 横山 啓明 (翻訳)
早川書房 (2013/8/23)



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category: スパイ・冒険・ハードボイルド

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  早川書房  スパイ   
2013/10/25 Fri. 23:31 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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