Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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ラバーネッカー / ベリンダ・バウアー 


先の翻訳ミステリー大賞コンベンションでいただいた本。
版元の小学館さんが、翻訳家ではない参加者のほぼ全員分用意してくれていたので、クジ運もジャンケンも弱い私でも恩恵に与れたのだった。

さすが小学館!
太っ腹!!


ただし本書の刊行予定は6月で、いただいたのは正規の発行に先駆け制作されたパウンド・プルーフ(仮綴本)なのである。

アマゾンにもまだ装丁の画像がない(笑)→



ベリンダ・バウアーは、日本ではなぜか思ったより話題にならなかったが、『ブラックランズ』でデビューし、CWAゴールドダガーも受賞した実力派作家だ。
パウンド・プルーフを貰えなくても、自分で購入していたと思うが、これは自信をもってオススメできる。
ジョー・ヒルの『NOS4A2-ノスフェラトゥ- 』といい、本書といいなんか小学館は飛ばしてるなぁ!
本書はなんでも二度目のCWAにノミネートされたそうだが、一体全体どうして獲れなかったの?!
『ブラックランズ』もゴールドダガーに相応しい作品だったが、軽くそれを凌駕してると思うんだけど。この先話題作が続々と刊行されるのも分かっているが、これは今年の「トップ5」に入るのじゃないだろうか?
この主人公にこのプロットとか…もう誰にも真似できないと思う。



Brecon Beaconsさて、主人公は南ウェールズのブレコンの町に母親のサラと暮らしている、18歳のパトリック・フォート。
彼はアスペルガー症候群なのである。
子供の頃から何かがおかしかったが、はっきりしたのは学校に通いだしてからだった。パトリックにとって勉強は難しくなかったが、細部や日常の日課に異常な拘りを持ち、人と目を合わすことができず、周囲からは孤立していた。
母親のサラは"普通”であることだけを望んでいたが、彼の"奇抜さ”は、父親が死んでから一層強まった。動物の死骸を家に持ち帰り、解剖の真似事を始めるようになったのだ。その段階が過ぎると機械いじりに熱中するようになったが、突然、大学で解剖学を学びたいと言い出した。
学力には問題ないパトリックは、動物学と生物学は史上最高得点をとったが、医学部に入学を許可されたのは、障害者受け入れ枠のおかげだった。彼がアスペルガー症候群だからだ。

一方、カーディフ大学の脳神経科病棟では一人の患者が"覚醒”しようとしていた。そこは機械に囲まれた昏睡患者ばかりの病棟だ。声をあげようとしてもできない。新生児でもできることが今の自分にはできなかった。そんなもどかしさの中で、その男サムは、隣に寝ている男が殺害されるシーンを目撃してしまうのだった。
晴れて医学生となったパトリックは初めて解剖実習にのぞむ。パトリックの班に与えられた献体は19番だった。献体の個人情報は秘密情報であり、医学生は献体を番号で呼ぶのだ。班の指導役の医師は、医学生の彼らに解剖を通じて19番の死因を突き止めることを課す。がしかし、殆どの部分の解剖を終えても死因は特定できなかった。どの臓器にも筋膜にも、脳にさえ問題は見られなかったのだ。
パトリックはスプーンで脳を搔き出し、その19番を19番たらしてめていたものの手がかりを手と目で追ったが、彼がどうやって消えてしまったのかは結局わからないままだ。だが、諦めるパトリックではない。思い詰めた彼は、解剖学実習室の鍵のかかったキャビネから19番のファイルを盗み見るのに成功する。
だが、そこに書かれていた19番の死因は、到底納得できるものではなかった。なぜなら、彼は19番の全臓器を手にとって確認したのだから…
パトリックは19番の本当の死因を見つけ出すため行動を開始するのだが…



belinda bauer 2…とまあ、あらすじを書いてみると主人公が特異なだけで、あとは平凡なスリラーに映るかもしれないが、全然そうじゃないのだ。
詰まらない言い方だが息をつく暇もなく読ませる。そしてこの手のスリラーには珍しく読後感も良い。

なんといっても登場人物の心理描写がいいのだ。人が物語にスリルを感じるのは、実際どういう状況にあるかではなく、その人物がその時どう感じているのかに共鳴するからではないだろうか。『ブラックランズ』のスティーブンの時も巧いなぁと思ったが、決して平凡な人物ではないパトリックで体験させるというのはすごいと思う。

パトリックは、独自の、しかし彼にとってはごく合理的といえる見地で物事を見ている。だが周囲の人間にはそれが通じない。普通の人間は合理性より感情で動くものなのだ。そして普通の人間なら読み取ったり感じたりすることを、パトリックは解さない。母親のサラに対しても例外ではない。
パトリックにも共鳴させられたが、こういう息子を持つ母親サラの描写は読んでいてこちらも辛くなった。

脳神経病棟のサムも、自分の意思疎通を言うことをきかない肉体に阻まれている。自分と自分以外の世界に壁というか、隔たりがあるのだ。ある意味でサムとパトリック両者の状況は似ている。

ところで、タイトルの『ラバーネッカー 』は、それこそゴムのように首を伸ばし見ようとする野次馬という意味だが、どうしてこんなタイトルをつけたのだろうかとずっと不思議に思っていた。が、その答えは意外にも物語の幕開け部分にあった。
サムが自動車事故を起こすシーンとパトリックが母親の運転で大学の面接に向かう途中でサムの事故現場に出くわすシーンだ。パウンド・プルーフには解説がないので訳者の見解はわからないが、ある種似て非なる状況の二人の人生が交差するこの物語を表して、こんな意味深なタイトルをつけたのかもしれないなと思う。
ただし、パトリックは単なるラバーネッカーに留まることなく、謎そのものに踏み込んでいくことになるのだが。



ブラックランズ (小学館文庫)

ベリンダ・バウアー (著), 杉本 葉子 (翻訳)
小学館 (2010/10/6)








ダークサイド (小学館文庫)

ベリンダ・バウアー (著), 杉本 葉子 (翻訳)
小学館 (2012/7/6)









ハンティング (小学館文庫)

ベリンダ・バウアー (著), 杉本 葉子 (翻訳)
小学館 (2013/9/6)






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category: ノワール・ホラー・サスペンス

thread: 推理小説・ミステリー - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  英国  サイコロジカルスリラー  アスペルガー 
2014/04/30 Wed. 21:49 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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地上最後の刑事 / ベン・H・ウィンタース 

同じSF系ミステリでも『パインズ』 が刺激物系な派手目の小説ならば、こちらはぐっと地味目。

一冊かけて時間は一月程度しか進まないし、派手派手しい事件も起こらない。一人の刑事が地道に捜査をする様子を描いているに過ぎない。しかし味わい深く印象に残るのだ。
ただの警察小説と大きく違うのは、そのシチュエーションが特異であることだろう。特異ではあるがしかし現実味もある。最も強欲に地球の恩恵を無駄遣いしているアメリカ人は、実は意識下で最もアポカリプスを恐れている国民なのではないだろうかとも思ってしまう。



impact.pngさて、この物語の世界では、6ヶ月後に地球に小惑星2011GV1、通称マイアが衝突することが確定している。マイアの直径は推定6.5キロメートル。それで地球が砕け散ってしまうことはないにしても、白亜紀に恐竜を滅ぼしてしまった時のようなことは容易に予測できる。
人々は怯え絶望し全世界的に自殺率は跳ね上がった。自殺を選ばない人間は、今の仕事をやめ思い残すことのないよう「人生のやりたことリスト」にチャレンジする人と、日々を変わらず粛々と営んでいく人に分かれる。

主人公のヘンリー・パレスは後者である。彼はほんの数ヶ月前に刑事に昇進したばかりだ。
マイア衝突がわかってからというもの早期退職が続いたので、異例ながら若いパレスが刑事に昇格したのだった。パレスにとって刑事は憧れの仕事だった。

そんな時、ファストフードの店のトイレでピーター・ゼルという男の首吊り遺体が発見される。パレスの住むニューハンプシャー州のコンコードもマイアの件で自殺が増加した。誰もがゼルの死もそんな絶望の結果だろうと考えたが、一人パレスだけが他殺の疑いを持つ。
経理士だったゼルが身につけていたのは全て安物だったが、首吊りに使われていたベルトだけが高級品だったのだ。パレスはそのことに疑いを抱いたのだった。
上司も同僚も、監察医ですら自殺と断定しているにもかからわず、パレスは一人地道な捜査を続ける。自殺でも他殺でも、世界はもうすぐ終わってしまうのだから、どうでもいいじゃないかという視線を浴びながら…




ben winters実は本作は地味ながらも意外な真相を持つフーダニットでもある。でも、そんなミステリの本筋よりも、終始読み手に考えさせる「もし世界が終わろうとしている時、あなただったら何をする?」という強い問いだろう。

あなたがもし、世界があと半年で終わろうとしている状況で、憧れだった職業に就くことができたら?
どうせ世界は終わってしまうのだし…といって別の楽しみを探すのか、それともパレスのように世界がどうであれ自分の目の前のことに集中するのか?
孤軍奮闘するパレス刑事に訳者はノワールの趣を感じると表していたが、私は「仕事というものの喜び」を感じてしまった。パレスは文字通り刑事という仕事が楽しくて仕方なかったのではないだろうかと思うのだ。そこに暗さや闇は感じられなかった。
刑事にはなれたものの、彼はゼルの事件までは、これといった捜査はできなかった。じれったい気持を持て余しており、そこに降ってわいたのがゼルの事件なのだ。
勿論誰しもがそういう生き甲斐的な仕事に就けるわけではないし、どちらかといえば生活のためだけに会社に行っているという人多いかもしれない。それでも、そこにささやかなりともやりがいを見出すこともあるだろう。
仕事であれ、ボランティアであれ、家事であれ、何にしろ自分には役目があるということは、思うに人間に生き甲斐を与えてくれる。こういうのは人間ならではの感覚だ。まぁ、犬も多分に自分の仕事(朝起こすなど)に誇りを持っているフシは身受けられるが…

半年で地球が滅びるという状況であっても、そういう人間の本質というものは変わらないのかもしれないなと思う。
昔はよく「宝くじが10億くらい当たったら絶対毎日遊んで暮らすのだ!」などと夢想したものが、今では、たとえ私に10億の資産ができたとしても、今とそう変わらない生活を送っているのではないかと思う。お手伝いさんだって雇えるだろうがたぶんそうしない。自分で掃除機をかけて洗濯をし、スーパーで買い物をし、ジムに行って本を読んでいるに違いない。
そして、相変わらず株で損したりしてそう…
地球があと半年の命でも、自分の余命があと半年でも、状況が許す限りそうしているだろうと思う。
まぁ、そんなこんなで私はこの小説を、自分らしく生きるとはどういうことなのかを考えさせる小説として読んだわけだった。あなたはどうだろうか?



地上最後の刑事 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ベン H ウィンタース (著), 上野 元美 (翻訳)
早川書房 (2013/12/6)







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category: SF ファンタジー

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 早川書房 
2014/04/25 Fri. 17:43 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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翻訳ミステリー大賞コンベンション2014に行ってきた! 

昨年に引き続き、今年も『翻訳ミステリー大賞コンベンション』に行ってきた!

しかし、なぜかコンベンションの時って寒い。確か去年も寒かったような…
前々日は横浜は22℃もあったというのに…
会場は昨年と同じ東大近くの日本旅館の大広間なのだが、地下にあるので余計に寒かった。



2014419sugie.jpgそれはさておき、今年も『書評家七福神』が振り返る昨年のイチオシ作品からスタート!
司会は杉江松恋さん。

独特のファッションの杉江さん、書評家に見えない…(失礼!)
この『七福神』のイチオシ作品のコーナーで面白いのは、なんといっても北上次郎氏の"言い切り”
昨年は声を裏返らせて『暗殺者グレイマン』最高最強!と元気に絶叫していたのだが、今年は「グレイマンはマニアのためのもの」とトーンダウンしていた…
推測するに、グレイマン最強論には異論が多かったのだろう。
しかし『グレイマン』は駄目男的見地で読めばなかなか楽しめる
こんな感じ→http://spenth.blog111.fc2.com/blog-entry-329.html


それで今年はどうだったかといえば、七福神の皆さんも結構意見の割れた一年だった模様。それだけ作品も多様化しているということだろうか。
それでも後半、2013年の10月は7人中4人が『三秒間の死角 』を押していた!
これは「これが面白くないなら、何をやっても読んでももう面白くないか、感性のピントがはずれているかのどっちか」ってくらい面白いのだ。
ただ、刊行されたのが10月25日だったばかりに、各ミステリーランキング入りを逃してしまった。
ランキングは広告効果の高いので、あれに顔を出すか否かで売り上げも大きく変わってくる。ランキングの対象になるのは、前年の11月1日〜その年の10月30日までに刊行された本なので、たぶん書評家の皆さんが読む時間がなかったのだろう。もし発売が一月早かったらキングと1位を争っただろうに…

担当編集者の染田谷氏によれば、この作品は出版にこぎ着けるまでに紆余曲折あったのだそうだ。もともと版権を持っていたのは武田ランダムハウス社だったのだが、翻訳が仕上がった矢先、倒産の憂き目にあってしまった。染田谷氏がその後移った角川マガジンズは翻訳ミステリーの発行をしていないので、角川文庫から出版してもらう運びとなったのだという。染田谷さん、本当にありがとうございます。そして角川good job !
  2014419rg.jpg


また、今年は新たに「読者賞」というのが設けられたのだが、全国の読者から栄えある1位に選ばれたのは、この『三秒間の死角』だった。
私はものすごい勘違いをしていて、10月30日までに読んだ本が対象だとばかり思っていたのでキングの『11/22/63』にも、『三秒間の死角』にも投票してないのだけど、勘違いしてなかったら絶対これだった!
この読者賞受賞に際しては、翻訳者のヘレンハルメ美穂さんと著者ルースルンド氏&ヘルストレム氏からメッセージもいただいた。




  2014419taishou.jpg

そして今年の翻訳ミステリー大賞は、S.キングの『11/22/63 』に!!!
やっぱりというかなんというかキング会心の出来だし納得の結果である。キング自身が元教師ということもあり主人公に自分を重ねることもあったのだろうか、いつにも増して読ませるものに仕上がっていた。長いけど長さを感じさせない。
北上さんも声を裏返らせて「この10年で一番面白い!」と言っていた!

昨年も受賞している文藝春秋の永嶋さんは、昨年はラフな格好で後悔したので、今年はスーツでバシっとキメてきたらしい。


意外に健闘したのが『ゴーン・ガール』 で、これは女性翻訳家の票を多く集めたようだった。
ところで、どうして私のルヘインの『夜に生きる』 が候補に入っていないので???




続いて第二部は”出版社対抗ビブリオバトル”
これは、各社の編集者にこれから発売予定のイチオシ作品のプレゼンをしてもらい、どこの社のものが一番魅力的かを競うものだ。
このコンベンションはこういう情報も得られるのがよい。
今回参加したのは、東京創元社、集英社、小学館、早川書房、文藝春秋社の5社。
 2014219b2.jpg2014419b1.jpg
  e198oIYAPCxBysP1398085344_1398085507.png2014421jpg.jpg
なんとビブリオも文藝春秋の永嶋さんの勝ち。
文春イチオシの『Ghostman』は、なんでも永嶋さんがいままで読んだ400冊(あれ、4000冊だったっけ?)のベストオブベストで、あのT.R.スミス『チャイルド44』 を読んだ時と同じくらい驚いた作品なのだそうだ。T.R.スミスも非常に若くしてあの作品を書き上げたが、この著者のロジャー・ホッブスもまだ若干24歳。米国きっての名編集者Gary Fisketjonに見出されたのだという。
ちなみにホッブスはちょっとルックス的に『暗殺者グレイマン』のマーク・グリーニーに似てる???

また、小学館から5月に発売予定のあの方のご子息ジョー・ヒルの『ノスフェラトゥ』も面白そうだった。キングはジョーの意見を取り入れて『11/22/63』のラストを変えたというが、翻訳者の白石さん曰く、ジョー・ヒルはお母さん(キングの奥さん)の意見を参考にし『ノスフェラトゥ』の結末を変更したのだという。
家族経営…???




お土産も盛りだくさん。横浜読書会のダイスケさんは、"シャーロックのパズル"に加えてフォーサイスの『コブラ 』上下巻もゲット!

じゃんけんにも負けくじに何も当たらなかった私も、小学館さんから(ほぼ全員プレゼントの)ベリンダ・バウアーの『ラバーネッカー』のパウンドプルーフを頂いた。
おー、ベリンダ・バウアーの作品は全部読んでるぞぅ!!!
ブラックランズシリーズ三部作の中でも特に『ブラックランズ』は面白かった。

『ラバーネッカー』は、『ブラックランズ』 に続いて二度目のCWAにノミネートされた作品で、6月6日発売予定とのこと。

ということで、今年も大いに盛りかがったコンベンションだった。
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category: 行ってきた&旅行その他

tag: 海外ミステリ  イベント  コンベンション  読書会 
2014/04/21 Mon. 23:28 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ウィンブルドン / ラッセル・ブラッドン 

wimbledon.jpgテニスの4大大会の中でも最も格式が高いとされるウィンブルドン・チャンピオンシップ。選手のウェアはい白と決められており、観客も他のグランドスラムのように騒ぐことなく、独特の荘厳さがある。

昨年までは優勝候補にあげられるのは、ジョコビッチ、ナダル、フェデラー、マレーの"4強”と呼ばれる選手だった。但しナダルは近年ウィンブルドンでは早期敗退しているけれども…
ATPは既にクレーシーズンに突入しているが、
ナダルは全仏さえとれればそれで充分だから
でもファンの欲目で見ても今年はかなり難しいだろうなぁ。ジョコビッチは全仏さえ穫ればキャリアグランドスラムが達成できる。相性のよい全豪を逃した悔しさも手伝い、昨年よりもさらに気合いがはいってるに違いない。
さらには男子テニス界の今は、"4強”時代の幕を閉じ、戦国時代に突入したと言われている。今年はどんなドラマが待っていることだろう。

本書はそんなウィンブルドンを舞台にした青春小説でありサスペンスである。横浜読書会のマリコさんからお借りている本なのだが、読もう読もうと思いつつもこんなに時間がたってしまった。マリコさん、ありがとう。


さて、時代はまだソヴィエトの時代。主人公はそのソヴィエト出身のヴィサリオン・ツァラプキン(ラスタス)という青年だ。ソヴィエトシステムによって二万人のなかから選ばれたテニスのエリートである。そんな彼がサウス・ウェールズの試合でオーストラリアの世界第二位の選手、ゲイリー・キングと出会うところから物語は始まる。
ゲイリーは23歳、ヴィサリオンは英語も含めてテニスの喜び以外は何も知らないに等しい18歳だった。
ヴィサリオン(ラスタス)のテニスに魅力を感じたゲイリーは、試合後海に泳ぎに誘ったことがきっかけで二人は親友になる。祖国とコーチの息苦しさから逃げ出したラプタスは、オーストラリアのゲイリーの家に居候し、二人は共にツアーを回るようになる。ただ、ゲイリーとラスタスの大きな違いは、"プロとして勝つ"ということに対するスタンスだった。ラプタスは類い稀な才能を持ちながらも、あまりにもテニスに対して初で潔癖すぎた。逆にゲイリーは情熱が過ぎて、追わなくても勝てるボールを追って負傷し、優勝を相手に譲るこもあるほどだった。それでも二人はどこに行くにも何をするにも一緒で、強い友情で結ばれていた。
しかし、二人が出会ってから二年目のウィンブルドンで、そんな彼らの関係性を大きく揺るがす事件が起こり…



tennis-federer-nadal-wimbledon-sportsespn.jpgこの小説の良いところは、サスペンスと青春物語がうまく融合していることに加えて、テニスというスポーツの厳しさと素晴らしさが存分に味わえることだ。

巻末の解説で訳者の池央耿氏が述べているように、テニスは一個のボールをネット越しに打ち合うという単純な競技ながら、非常な体力と技倆を要し、高い頭脳と精神力が求められる得意なスポーツでもある。
本書のなかでもラスタスとゲイリーは訳あって、敢えて4時間を超える長い試合を繰り広げるのだが、肉体的にもさることながら精神的にも強靭さが求められる。一旦コートに立つと選手はたった一人で闘わなくてはならない。サッカーのようにチームメイトもいなければ、コーチからアドバイスも貰えない。どんなに才能があっても、精神的に脆弱なところがあれば絶対に勝つことができない。それが非常によく描かれている。

そして、極限状態でテニスの試合をすることを通じて、ゲイリーとラスタスの二人がそれぞれに成長を遂げ、自分の道を踏み出そうとする様がまた良い。テニス好きにはたまらない一冊だろう。
ただ、現在のテニス界にこういう友情が存在し得るのだろうか。シャラポワは友人など必要ないと公言しているし、ナダルとジョコビッチは一時期目を合わせなかったこともあった。
実際、勝負の世界とはそういうものなのかもしれない。が、だからこそ小説の中くらいはこういう得難く美しいものが見たいし、より清々しさを感じるのかもしれない。

余談だが池央耿氏といえば、ピーター・メイルの『南仏プロヴァンス』のシリーズ。実は私はこのシリーズが好きで全て読んでいる。もう20年くらい昔のことになるのだろうか。メイルの愛犬、高貴な血筋の迷い犬だったボーイはさすがにもう旅立ってしまっただろうか。その邦訳にも懐かしさを感じて楽しませてもらった。



ウィンブルドン (新潮文庫)

ラッセル・ブラッドン(著)、 池 央耿 (訳)
新潮社 (1982/05)







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category: ミステリ/エンタメ(海外)

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

2014/04/17 Thu. 22:01 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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パインズ 美しい地獄 / ブレイク・クラウチ 

BLakeCrouch.jpgつい最近、横浜読書会のメンバーからも「今年は不作かもね」という言葉を聞いたばかりだった。

確かに一昨年はS.トゥローS.ハミルトン、昨年はS.キングD.ルヘインM.ウォルターズと大物作家の秀作がズラリ。いやしかし今年だって、S.ハンター『第三の銃弾 』は間違いなく「このミス」系のランキングの上位にくる出来栄えだし、P.カー『静かなる炎』 も圧巻だ。(『第三の銃弾は2013/11/30の刊行だから今年の「このミス」対象になるはず)
結局は実力派大物作家の独壇場になるのかと思っていたら、ここにきて新星登場!


とにかく、ブレイク・クラウチは凄い!
ジャンルの垣根を破壊し、斬新なコンセプトで独特な世界を構築するのを旨としているというが、その程度がちょうどいい。ぶっ飛びすぎると大衆には理解されにくくなってしまうから…
文学界の大きな流れは今こぞってスリップ・ストリームへと向かっているようだが、エンタメ界は、このクラウチの世代の作家が舵とりをしていくのかもしれない。


TwinPeaks.jpgタイトルにある「パインズ」 はアメリカはアイダホ州にある片田舎、ウェイワード・パインズという町のことだ。
パインズと名がついていることで連想されるように、高く成長した松からなる森と鋭く傾斜した山に囲まれている。
松の森、山林に囲まれ外界から隔てられた片田舎の町が舞台といえば、何か思い出しはしないだろうか。
そうなのだ。あの90年代を席巻したドラマ、『ツイン・ピークス』 である。デビッド・リンチが作り上げたあの不気味で異質ともいえる世界は、当時カルト的な人気を博し一大ブームを巻き起こした。当時著者は12歳で、このツインピークスにいたく惹かれたのだという。ただ、テレビドラマの哀しい性かな、所々の事情によりラストは皆が満足できるものとはならなかった。
それに不満を持ち、自分が満足できるツイン・ピークスを仕上げてやろうと思ったことが彼が作家になるきっかけになったのだという。本書は『ツインピークス』とはそのジャンルさえも異なるオリジナルの物語であるが、根底に敬意が感じられる。



さて、物語はそんなウェイワード・パインズの町で、一人の男が意識を取り戻すところから始まる。
交通事故にでもあったのか全身が痛み、特に頭痛はひどく雷が轟いているかのようだ。財布もマネークリップも身分証も鍵も携帯電話も持っていない。彼がいるのは閑静な住宅街で、家々はみな真新しくペンキは塗り立て。庭は狭いながら青々とした芝生に覆われ、濁りのない鮮やかさを誇っていた。自宅の電話番号はかろうじて指が覚えていたが、コレクトコールをかけようにも自分の名前すら思い出せない。だが、声でわかるのではないか。ゼロのボタンを押すが発信音はせず、電話は何の反応もしなかった。
再び意識を失って気がつくとそこは病院だった。目覚めてすぐに目に飛び込んできたのはパムという名の看護婦だった。やたら明るいが、どこか不気味な感じがする。だが、自分が遭遇した交通事故を思い出したことから記憶は繋がった。自分の名前はイーサン・バーク。シークレットサービスの特別捜査官で、行方がわからなくなった同僚を探すためにこの町にやってきたのだ。
シークレットサービスの仕事は大統領の警護だけではない。不正経理に関する捜査も担っている。イーサンの同僚はこの地に住む億万長者デイヴィッド・ピルチャーの捜査にやってきて失踪を遂げたのだった。
病院を抜け出したイーサンだったが、威丈高な保安官には彼の所持品はないといわれ、シークレットサービスの支局に電話をかけても、知らない女性が出て上司に繋いでもらえない。自宅にかけても留守番電話になるだけだった。もう5日外界と接触できていなかった。
彼は何かがおかしいと感じ始める。自分が正気を失いかけているのか、それともこの町が変なのか…。
そして、町をさまよっている最中、遭遇した住民のホームパーティでイーサンが目にしたのは、まさに探していた同僚のケイトだった。かつて深い仲になったこともあるかつての相棒だ。だが、36歳だったはずの彼女の顔には深いしわが刻まれ髪は真っ白だったのだ…
澄み切った青い空、鳥のさえずり、病院のそばの三本の松…完璧に美しい。が、町を壁のように取り囲む山々からこの時得体の知れない恐怖が伝わってくるのだった…



Wayward-Pines.jpgウェイワード・パインズの町とは何なのか?奇妙な出来事の謎は?彼はこの美しい地獄から抜け出すことができるのか?

設定は『LOST』 に似ている感じがするが、全く違う。『Lost』のラストにがっかりした人も、この結末は納得するだろうと思う。
想定外でありながら、これしかあり得ないという真相なのだ!

シャーロック・ホームズではこの謎を解くことはできないだろう。彼がいかに頭脳明晰で、神がかった名探偵であってもこの結末にたどり着くにはもう少し時代を経なければならないから。

この後イーサンはこの「美しい地獄」から抜けだそうと四苦八苦するのだが、その課程はS.キングを思い出させるかのような面白さでもある。
そもそもが『ツインピークス』にインスパイアされて描かれた物語だけあって非常に映像的だ。これを業界が放っておくはずもなくFoxがドラマとして鋭意製作中であるのだという。

そしてなんとこのウェイワード・パインズの物語はトリロジーなのだそうだ。もう、これに続編があること自体、想定外なのだ。
そして、昨年米国で刊行された第二弾の『Wayaard』は本書よりレビューの星が若干多い。まもなく第三弾目の『The Last Town』も発表される予定だというから、楽しみである。


パインズ -美しい地獄- (ハヤカワ文庫NV)

ブレイク クラウチ (著), 東野 さやか (翻訳)
早川書房 (2014/3/7)





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category: サイエンス系ジャンルミックス

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 早川書房  ドラマ化  アメリカ  SF 
2014/04/15 Tue. 23:37 [edit]   TB: 1 | CM: 0

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