Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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『ミレニアム』の魅力 

8月のスピンオフ読書会は『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』なのである。

読書会直前は旅行にいくので、「今のうちに再読しとくか」と読み始めたら、やめられないとまらない。かっぱえびせん。
一気に『眠れる女と狂卓の騎士』まで読んでしまった。
  girl with the dragon tatoo

もうこの小説は"今世紀最強のエンタメ"だと言っていいのではないだろうか?

日本版がで上梓された時点で、三部作あわせた全世界での売り上げは6,000万部以上、本国スウェーデンでの映画化はもちろん、ハリウッドでもリメイクされ話題となった。個人的にはハリウッド版はデヴィッド・フィンチャーならではの色調を抑えたスタイリッシュな画と、ルーニー・マーラのリスベットが良かったと思う。マーラちゃん、ウィキみるとすんごいお嬢様で、それ以前の作品も上品な役が多かったので意外だっが、これ以上ないほどのハマリ役。
若手女優にとってもリスベット役というのは、誰もがやりたい役だったらしく、あのスカーレット・ヨハンソンも監督に猛アピールしたらしい。だが、スカーレットは色っぽすぎるという理由で実現しなかったのだとか。確かに色っぽすぎる…胸も大きいし、豊胸する必要もないもの…。

フィンチャーは今、ギリアン・フリン『ゴーン・ガール』 に取りかかっているというから、続編の『火と戯れる女』はまだ先になるだろうが、
公開されればミレニアム熱が再燃するのは間違いない。

日本でも先ごろ「ミレニアム」のコミックが発売された。
個人的には小説を漫画にして一体全体どうするっていうのか?という気はするが、売れるからなのだろう。(すんごい値段だけど…)
この小説がここまで人を惹付けるのはなぜなのだろう?


北欧ミステリに限らず、得てしてシリーズものはワンパターンに成りがちで、味付けの違いは「事件の特殊性のみ」にゆだねられることが多い。いうなれば「着せ替えリカちゃん」方式。
ところが、『ミレニアム』は三部作全て、異なったアプローチで描かれているのだ。
ラッセ・ベリンストレムをはじめとして、多くの書評家が指摘しているように、『ドラゴンタトゥーの女』はオーソドックスな密室ミステリの形式をとっているが、続く二部の『火と戯れる女』は警察小説風、そして三部の『眠れる女と狂卓の騎士』はリーガルスリラーの様相を濃くしている。すなわち三部作で三通り楽しめるのだ。

ただ『ドラゴンタトゥー』の、島を密室にみたてたトリック自体は、とりたてて見新しいものでも何でもない。「ミレニアム」なんてどこが面白いの?派は、きっとこの類いのことを言い出すのだろう。その通りだ。トリックは取るに足るものではない。
しかも事件の動機も割とありがち。プロローグを読み、「その花を送ってくるのがハリエットだろ。以上終了じゃないか」と思った人もいるやもしれない。
でもそれが「ミレニアム」の本懐なのではないのだ。

このプロローグは「ミレニアム」以前にラーソンが書こうとしていた「花を贈られる老人」という物語をヒントにしたと聞くが、テクニックひとつとっても、例えばT・R・スミスの『チャイルド44 』の息をのむようなものとは比べるべくもない。

重箱の隅をつつくのなら、「ミレニアム」は完璧とは言い難い。だけど、たとえ欠点があろうとも、それも含めて私は最強のエンタメだと言い切ることができる。
それはアルマンスキーがリスベットに対して「毒々しい口紅を塗ってくることもあるが、その化粧やタトゥー、鼻と眉のピアスも含めて彼女は魅力的」というのに少し似ている。
そして、それは取りも直さずラーソン自身が「ミレニアム」を楽しんで書いていたからではないだろうかと思うのだ。筆が乗っている小説というのは、知らず読み手にも伝わってくるものだ。筆の勢いとともに、この本にかける情熱が伝わってくるのだ。ミレニアムにはそれがあると思う。逆に、苦し紛れに過去のネタを使い回し、小手先で書いた本というのもなんとなくわかる。

ラーソンの内縁の女性(彼らは非婚姻カップルだった)エヴァ・ガブリエルソン『ミレニアムと私』のなかで、彼女は実は「ミレニアム」三部作は、一度はさる出版社に送ったものの郵便局での取り置き期限を過ぎてしまったため(私書箱みたいなものだろうか)郵便局からラーソンの手元に戻され、二度目は手渡しで編集者に渡したが、手をつけられることなく返却されたという。人が少な過ぎて手が回らなかったことが原因だというが、もしかしたら「ミレニアム」は世に出ることはなかったかもしれない。今ではスウェーデンの主要輸出産業といっても過言ではないくらいなのに。
運悪く、誰にも発掘されることなく埋もれている第二も「ミレニアム」も存在するかもしれない。

<ミステリ史上最も魅力あるヒロイン>
◆特異なルックス
『ミレニアム』を語る上で欠かせないのはなんといっても、主人公リスベット・サランデルの魅力だ。本書を楽しめるか否かは、リスベットに魅力を感じるかどうかにかかってもいるのだ。そして、『ドラゴンタトゥーの女』で用意された似非クリスティ風の事件は、見方を変えれば、単にリスベットをミカエルに引き合わせるための舞台に過ぎない。

彼女の特異なルックスは一度みたら忘れられない。『ドラゴンタトゥーの女』登場時の彼女は24歳。しかし14歳くらいにしかみえない。身長154cm 体重42Kgと小柄で拒食症かと見まごうほどに華奢で痩せており、全身タトゥーとピアスだらけ。特にタトゥーは全身に9個もある。

◆長くつ下のピッピ
ところで、ラーソンはリスベットを創造するにあたって、スウェーデンの人気童話『長くつ下のピッピ』からインスピレーションを得て、ピッピが大人になったら…という想像から「型破りの天才ハッカー」を生み出したと言われている。ピッピは「世界一強い女の子」で、その物語は、その自由さと天真らんまんぶりに、最初は村人たちは眉をひそめるが、やがて皆が彼女の無邪気な明るさを愛しはじめる…といったものだが、どうだろうか?
あの全身タトゥーとピアスだらけでゴスメイクのリスベットと、牧歌的なピッピの物語は一見結びつかないのではないだろうか。しかし、リスベットも「世界一強い女の子」ということを忘れてはいけない。彼女はコンピューターの知識に優れ、そのハッキング能力はハッカー仲間から畏敬の念を抱かれているほど。加えて"映像記憶能力"を持っている。情報が力を握る現代においては「最強」だ。
そして、もう一つピッピとの共通点は、「やがて周囲の皆が彼女を理解し、愛し始める」という点である。
第二部と三部では、ミカエルはもちろんのこと、その妹で弁護士のアニタ、ハッカー仲間のプレイグからミルトンセキュリティーの社長アルマンスキーまで皆が一丸となってリスベットを助けるべく動いている。

◆能力
リスベットの能力を語る上で、ハッカーとしての能力と並んで忘れてはいけないのが映像記憶能力だろう。見たもの全てを一瞬にして鮮明に記憶できるという、凡人からすると羨ましい限りの能力だ。しかし、ハッキング同様彼女にとっては他人に明かしてはいけない「秘密」でもある。
うろ覚えだが確かジム・ケリーの小説にもこの映像記憶の持ち主の刑事が登場し、彼が記憶に焼き付ける際「カシャ」というシャッター音が用いられていた。が、リスベットはそこはハッカーで、「クリック」である。
第三部では、この能力をフルに活かし、裁判シーンで幼少期に精神病棟において個室に監禁されていた日数を具体的あげ、テレボリアンを打ち負かしてもいる。

ただ、『ドラゴンタトゥーの女』の中で、ミカエルは心の中で「アスペルガー症候群かな」とも言っている。彼女には「ふつうの人には無秩序としか見えないものを前にして、その中にあるパターンを発見し、抽象的な論理をも把握する能力」と分析しているのだ。
それを裏付けるかのように、続く『火と戯れる女』では数学に凝り、"フェルマーの最終定理”を解き明かすほどの才を読者に見せつける。
そういえば、『完全なる証明―100万ドルを拒否した天才数学者』「ポアンカレ予想」の証明を成し遂げたペレルマンも少々リスベットと似たところがあるかもしれない。
リスベットは精神的に問題を抱えている一方で、特別な才能を授けられてる。「物語的」には、マイナスのスペックと釣り合いをとるかのような強いスペックのバランスはとてもいい。ドラマを引き立てるし、到底あり得ないことを可能にできる。物語を崩壊させることなく、よりエンタメ色を濃くできるからだ。

◆SFの影響
ラーソンはまたSFファンだったともいう。特に『スノウ・クラッシュ』の世界観は、『ミレニアム』にかぶる部分も見受けられる。
またいわれてみれば、感情に乏しく天才的なハッキング能力と映像記憶力を持っているというのは、SFによく登場する、半分人間で半分機械のサイボーグをも連想させる。
『ミレニアム』以降、ミステリ界では、リスベットを彷彿とさせるキャラクターも少なからず見かけるようになった。例えば、『カルニヴィア 1 禁忌 』ダニエーレはまさにリスベットの男性版だと言っていいだろう。
ちなみに、リスベットはタトゥーとピアスだからけだが、ダニエーレは幼少期の誘拐事件で両耳と鼻を失っている。彼も天才ハッカーであり、リスベットの「ハッカー共和国」には所属していないが、自分のバーチャル王国「カルニヴィア」を持っている。

<善悪の明確さ>
『ミレニアム』三部作の当初の原題が「女を憎む男たち」であったことは広く知られている。三部作ともに明らかに「女性の人権」をテーマにしており、今更でもないが「女を憎む男たち」イコール「悪」の構図が明確だ。
そして、「ミレニアム」は非常に善人と悪人の区別がはっきりしている物語でもある。様々なエッセンスをふんだんに盛り込みつつも、それが読者に分かりやすく伝わるのはこのためかもしれない。
その分かりやすさゆえ、いわゆる"すれっからしのミステリ通"にも、海外ミステリなど普段手にとることのない層にも受け入れられたのだろう。
そして、悪は悪を為した報いを受けるという「勧善懲悪」であるのも特徴だ。マルティン然り、ビュルマン然り、ザラチェンコやニーダーマン然り。自分を苦しめた敵にはやり返す。ヴェンネルストレムは、直截的にはリスベットの敵ではなかったが、過去、22歳のウェイトレスを妊娠中絶させたという事実を掴み、「女を憎む男がここにも一人」とつぶやいている。
この件がもしもなかったら、ヴェンネルストムの財産を盗んでやろうと思わなかったに違いない。


<ミカエル>
そんなサイボーグばりに感情を表にださないリスベットだが、ミカエルに対してはなんと恋をしてしまう。初対面のシーンで、二人はなんとこんな会話を交わしているのだ。
「きみはきれいな目をしている」
「あなたはやさしい目をしている」

まぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜なんということでせうねぇ…。
アルマンスキーは何年にもわたりリスベットの信頼を得ようと努力し、未だ彼女の笑い声を耳にしたことがないのに対し、ミカエルは5分で彼女を笑わせることができた。アルマンスキーはそのことに激しい嫉妬を覚えるのだが、これこそがミカエルの最大の特徴だろう。そして女性関係に関しては実に節操のなく、彼は物語に登場する女性キャラの殆ど全てと関係している。しかも、それらの関係は皆、女性から言い寄っているときた。全くなんちゅうキャラや。これをどう感じるのかは人それぞれで、お国柄の違いなども関係するかも。
Simon Bakerというわけで、映画に関しては断然ハリウッド版派の私であるが、ミカエルだけはD.クレイグじゃなかったんじゃないかなぁと思っている。D.クレイグも悪くないのだが、彼は007であり、トム・フォードを着て列車の上なんかでもスタントなしでアクションなどしなければならないのでトシ不相応に鍛えまくっている。その分イメージがストイックすぎるのだ。ジェームズ・ボンドにしたって本来はもっと軟派だし。ドラマ「メンタリスト」のサイモン・ベイカーくらいやわくてもよかったのじゃないかと思う。

モテまくるのは別として、ジャーナリストとしてのミカエルは、もしかしたらラーソンの究極の理想だったのかもしれない。マスコミから「名探偵カッレくん」というニックネームで呼ばれている有名人で、ジャーナリストとしても成功している。加えて自らの理想を追求する雑誌「ミレニアム」の経営者だ。ラーソン自身も亡くなる前は「エキスポ」という雑誌に携わっていたというが、それ以前は文章力に問題ありとされ、長く勤務したスウェーデン通信でもついぞ常勤記者になれなかったともいう。
『ドラゴンタトゥーの女』にジャーナリストとしてのラーソンの道徳観が垣間みられる興味深いシーンがある。
リスベットとのやり取りだが、「例えばぼくは銀行界の悪党について書くとしても、そいつの性生活に触れることはない。(中略)悪党にもプライバシーを守る権利はある。」
これに対し、リスベットは"サランデルの原則”を持ち出し、「ろくでなしは骨の髄までろくでなし。そいつが被害をこうむったとしても、身からでた錆にすぎない」とやり返す。
そして、ハリエット事件の真実を公表するか否かにあたっては、リスベットはこうミカエルに問うのだ。
「ひとつ聞かせてくれる?マルティン・ヴェンゲルがあの別荘で彼女をレイプしたのと、あなたが新聞の見出しを使って彼女をレイプするのをどっちのほうが悪いこと?」
こういう正義感の気持良さも人気の理由にあげていいだろう。

<著者の急逝によるレジェンド化>
著者が急逝してしまった事実は、皮肉にも『ミレニアム』をレジェンド化した。
リスベットの物語はまだ道半ばだった。そこにきてのラーソン急逝の事実は、『ミレニアム』を神格化したといっていい。
『ミレニアム』三部作がスウェーデンで出版されたのは2005年に入ってからだが、ラーソンはその7ヶ月前の2004年11月に心筋梗塞によって亡くなっている。ラーソンは成功を目にすることなく亡くなってしまったのだ。もし生きていたとしたら、これほどの大成功をどう思ったのだろう?

当初彼は『ミレニアム』を10部構成として考えていたとも言われている。ラーソンのパートナーだったエヴァ・ガブリエルソンによれば、少なくとも5部までの構想は出来上がっていたようだ。亡くなった時、彼のPCの中には第4部の原稿が200ページほど残されており、それには『神の復讐』と名付けられていたという。

<続編>
伏線はこのトリロジーの中でほぼ昇華したとはいえ、リスベットの双子の妹のカミラなど残されたものもある。未完でもかまわないからPCの中の原稿を出版してほしいところだが、遺産相続などの関係で現状は難しいという。
davidlagerqrantz.jpgだが、別の作家が『ミレニアム』の続編を書くことが決定している。大役を担うのは、ダビド・ラーゲルクランツ、スウェーデン屈指の人気作家と聞く。トッププロサッカー選手ズラタン・イブラヒモビッチの自伝「俺はズラタン」は日本でも刊行されている。

ガブリエルソンによるとPCに残されていた第4部は、「リスベットが過去の辛い思い出や自分を苦しめた敵から少しづつ開放されていく」物語だという。そして自分を酷い目にあわせた相手への復讐を果たす度、その相手を象徴するタトゥーを消していくのだという。そういえば、『ドラゴンタトゥーの女』でリスベットはパルムグレンの後任弁護士ビュルマンから激しい暴行を受けた時、それを決して忘れないよう足首に帯状のタトゥーを入れている。首筋のスズメバチのタトゥーは、目立つからという理由で消したと記憶しているが、あの"肩甲骨から臀部にかけての大きなドラゴン"には一体どんな事情があったのだろうか?

ただし、ラーゲルクランツによる続編は、ラーソンが執筆途中だった物語とは全く無関係の新しいものになるという話だ。
優れた作品の続編を別の作家が書くというのは、割とよくあるが非常に難しいと思う。なぜならオリジナルの作品はそれ単独でたとえ未完であろうとも完成されているものだからだ。最近では、トレヴェニアンの『シブミ』の前日譚をD.ウィンズロウが書き、J.オースティンの高慢と偏見
のその後をP.D.ジェイムズが殺人事件に仕立てて書いた。
個人的に特に後者に関しては、オースティン色を全て打ち消してしまっていることに失望してしまった。

でも、出版されたら懲りずに手を出すんだろうなぁ…。
さて、さて、8日はどんな読書会になるだろう?



ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女 (下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


Kindle版はこちら
ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女(上・下合本版)800円






ミレニアム2 火と戯れる女 (上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)</a>
ミレニアム2 火と戯れる女(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


Kindle 版はこちら
ミレニアム2 火と戯れる女(上・下合本版)800円








ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上) (ハヤカワ・ミステリ文庫)
ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(下) (ハヤカワ・ミステリ文庫)


Kindle版はこちら
ミレニアム3 眠れる女と狂卓の騎士(上・下合本版) 800円




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category: 読書会

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tag: 海外ミステリ  早川書房  読書会  このミス  映画化 
2014/07/28 Mon. 18:46 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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特捜部Q 知りすぎたマルコ / ユッシ・エーズラ・オールスン 

あ〜〜〜つ〜〜〜い〜〜〜〜〜〜〜!!!

昨年は「酷暑」という言葉をよくニュースで聞いたが、既に「酷」を通り過ぎた暑さ。
ちょっとそこまで買い物にいくにも、汗だくだくだし、地球は完全に壊れたな…
暑さに弱いので、ツライ…

こうも暑いと、小説も重いものより口あたりのいいエンタメがいい。
ちょうどタイミングよく『特捜部Q』シリーズの最新刊が出ているではないの。このシリーズもはや第5弾になるが、『ミレニアム』を除けば、北欧ミステリのなかで最も面白いシリーズなのではないかと思う。
好みもあるだろうが、ヴァランダーよりも私は断然『特捜部Q』派!
北欧ミステリといえば「陰惨さ」が売りであるが、「陰惨」一辺倒だとこれがまた何かと疲れる。それが、このシリーズにはよいバランスでユーモアが加えられているのだ。

第5作ともなれば、そろそろ中ダレするかなと思いきや、これもなかなか。
これまでとは少々毛色が異なる仕上がりといえるかも。難を言えば、オールスンは”読者は連続して読んでいるもの”という前提にたって執筆しているので、この本だけ読んでももしかしてわからないところもあるかもしれない。これだけでも面白いとは思うが、できれば全部読んだほうがいいと思う。




christiania.jpgさて、カール・マーク警部補が率いる"特捜部Q"はコールドケースを扱う部署だ。政治家の発案により鳴り物入りで発足したものの、オフィスは地下室の一角で、メンバーは、自称シリア人の雑用係アサドと、変人のローセという女の子のみ。アサドについては住んでいるところからして謎だらけだし、ローセに至っては他の部署から押し付けられたも同然だった。だが、意外にもこの三人はいいチームワークを発揮し、これまで数々の難事件を解決に導いてきたのだ。

今回の物語は2008年のカメルーンから始まる。
デンマーク政府はカメルーンのバカ・ピグミー族が暮す地区で開発支援プロジェクトを進めていたが、そのプロジェクトには裏があった。その資金は先の金融危機で経営難に陥った銀行に横流しされていたのだ。忠実な現地スタッフが謎のメールを最後に消息をたったことを不審に思った外務省の上級参事官ヴィルヤム・スタークは、カメルーンに派遣されるが、身の危険を感じ急遽帰国した直後に行方不明になってしまうのだった。

それから二年後の2010年の秋、15歳の少年、マルコは自分たちの生き方に疑問を抱いていた。彼の一族 (クラン)はイタリアで"ロマ"のような暮らしをしていたが、5年前にここデンマークに流れてきた。クランを取り仕切っているのはマルコの父親の弟のゾーラだ。クランは犯罪集団で、子供たちは皆学校にもいかず街中でスリや物乞いをさせられている。
マルコには、なぜ皆が暴力で皆を服従させ、金品を取り上げるゾーラに我慢しているのかが理解できなかったし、そんな状況に甘んじている自分の父親を恥じていた。父親は二年前から急に腑抜けのようになり、ゾーラの言いなりになってしまっているのだ。ある夜、マルコはゾーラが反抗的なマルコを障害者にするばきだという話を耳にしてしまう。ゾーラがいうには、今のうちにマルコの反骨心は砕いておくべきだし、障害者になれば物乞いとしてより稼げるようになるというのだった。
cap.jpgマルコはパジャマのまま裸足で逃げ出すが、追っ手をかわすため身を潜めていた森で死体を発見してしまう。すぐそばで交わされたゾーラと父親の会話から、その遺体を埋めたのは彼ららしかった。このことを警察に言えば、ゾーラは破滅だ。それはマルコが自由を手にできるチャンスだった。だが、同時に父親も窮地に追い込んでしまう。頼りない父親ではあったが、それでもマルコは父親を愛してたのだ。
ひどい腐敗臭を放っているその遺体は、アフリカ風のネックレスをしていた。

そして、物語は2011年の春、現在に移る。
前回の事件で、頭部に大怪我をしたアサドは、まだ顔の表情に麻痺が残っているものの、カールに向かって"ラクダにひっかけた冗談”を言えるようになるまで回復しつつあった。
そんな特捜部Qにローセが一枚のビラを持込む。それは失踪した外務省の上級役員スタークの義理の娘がつくったビラだった。スタークの恋人とその娘は彼の行方を探し続けていたのだ。
一方、クランから逃れたマルコは、次第に過去と距離を置くことができるようになっていた。この国の皆と同じように教育を受け、仕事に就き、家庭を持ちたい。それには新しいパスポートが必要だった。そのためクランに警戒を払いつつも必死に働いていた。そんな時、マルコはビラ貼りの仕事で一枚のビラを目にする。その写真はまぎれもないあの時の遺体の男だったのだ。そしてあのアフリカ風のネックレスは今、マルコの首にかかっていた…



カールのとほほ感とアサドのとぼけ具合が織り成すユーモアも健在。
『Pからのメッセージ』以降、特捜部Qに難事件を持込む役割を担うようになったローセも、相変わらずいい味を出している。そして、また新メンバーが加わることに…。

だが、今回の主役はなんといってもマルコ少年だろう。このマルコが実に魅力的なのだ。"クラン"の生まれという足枷がありながらも、賢く、けなげで向上心に溢れているこの少年に魅せられない人がいるのだろうか?

『特捜部Q』といえば、社会問題を扱うのが定番となっている。今回の主たるテーマはODA問題だが、同時にマルコのような"ロマ”の問題ももう一つの柱になっており、読み応え充分。

読後感もいつになく爽やかで、やっぱり『特捜部Q』はいいなぁと思う。少々出来過ぎな気もしなくもないが、いいじゃないの、それでこそエンタメなのだ。


特捜部Q ―知りすぎたマルコ― ((ハヤカワ・ポケット・ミステリ))

ユッシ・エーズラ・オールスン (著), 吉田薫 (翻訳)
早川書房 (2014/7/10)








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category: クライム・警察・探偵・リーガル

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  早川書房 
2014/07/26 Sat. 04:12 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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破門 / 黒川博行 

Kurokawa.jpg最近はとんと国内作家のものを読んでいない。
今年に入ってからは橘玲タックスヘイヴン TAX HAVEN
くらいのもの…(汗)。
なので、直木賞候補作にもなっている本書を読んでみた。『タックスヘイヴン』同様Kindleで読めるのだ。

黒川さんは、ここ何年かずっと候補にあがっているし、大衆小説家としての実力も実績も他の候補者とは比べ物にならない。6度目の正直となるか…。


本書『破門 』は、へたれのカタギ二宮と極道の桑原の”疫病神シリーズ”といわれるものの第五弾だ。
とはいえ、私も読んでいるのは第一作目の『疫病神』 と本書のみ。作中に読むに必要な事柄は織り込んであるので、前作を読んでいなければ物語についていけないということはないし、特段気にする必要もない。
しかし、このシリーズはとにかく面白いので、折をみて他の作品も読みたいなぁ。なぜか色んな版元からバラバラと出ているのだが、いっそ全部Kindle化してくれればいいのに…!!!

ところで、彼はかつて グリコ・森永事件の犯人(の似顔絵)に似ているとか言われて騒ぎになったそうなのだが、こうしてみると似てないと思うけどなぁ…?



Macau.jpgさて、主人公の二宮啓介は、建築工事や解体工事の仲介をする建設コンサルタントだ。
コンサルタントといえば聞こえはいいが、しょぼい事務所で、オカメインコのマキと極めて質素につつましく暮らしている。審査が通らないため、クレジットカードすら持てない始末なのだ。
ビルやマンション、自治体による再開発の現場には何かとヤクザがつきまとうことが多い。そのためヤクザをつかってヤクザを制することを”サバキ”という。そのサバキが二宮の主な収入源だったが、大阪府の暴力団廃除条例で仕事は激減。母親から借金をして食いつないでいる。

そのサバキで知り合ったのが二蝶会の若頭、嶋田の配下の桑原だった。二宮の亡き父親は”二蝶会”という組織の幹部だったため、若頭の嶋田は、今でも二宮を啓坊”と呼んで可愛がり気にかけてくれている。方や、桑原はイケイケの極道で、関わるとロクなことにならない"疫病神”だった。
そんな二宮のところにまたもや疫病神がやってくる。嶋田がある映画に出資するため、シナリオをチェックしろというのだ。その映画は北朝鮮を舞台にしたハードボイルドもので、二宮は二度ほど桑原とともに北朝鮮に行ったことがあるのだから、アドバイスできるだろうというのだった。
だが、桑原と組むと大抵ロクなことにならない。
プロデューサーの小清水が出資金を持ち逃げしてしまうのだ。嶋田は映画の制作委員会にシマダカンパニーという名義で3千万の出資し、半金を支払済みだった。
失踪した小清水を追う二人だったが、桑原はヤクザものと諍いを起こしてしまう。だが、それは本家筋のヤクザだった。
本家筋の組は、嶋田のところに乗り込んでくるが、彼らは映画の制作委員会が振り出しの手形を持っていた。そして、その手形を決済してくれれば、桑原のことは不問にしてもいいという。手形の振り出しは制作委員会で、そのメンバーにはシマダカンパニーが明記されている。しかもその額面は1億5000万円なのだ。
とにかく小清水の身柄を押さえる必要があった。
追いつめられる桑原だったが、小清水を追う先でさらなる危機にみまわれ…



bird2.jpgとにかく、二宮と桑原の掛け合い漫才のような会話が笑える。このシリーズにファンが多いのも納得だ。
あの強面の桑原に苺柄のパジャマを着せてしまうなどサービス精神も富んでおり、読んでいて吹き出してしまうシーンも多い。電車の中など人前で読む時は注意したほうがいいかも。

しかし、単に笑えるヤクザ小説というわけでもない。大衆文学はかくあれというお手本じゃないだろうか。もしも本作ではなく、わけのわからんカッコつけ小説が直木賞を受賞してしまったとしたら、そりゃ買収でもあったのだろうとしかいいようがない。
ま、それは冗談として…。

関西弁もいいが、キャラの立ち方がまたいい。"疫病神"の桑原もさることながら、二宮だって相当なものなのだ。ちょっとお金が入ってくるとすぐ従姉妹の悠紀を誘って豪勢に繰り出すし、へたれなくせにちゃっかりしていて、ことあるごとに桑原の見栄につけ込み金の無心をする。読んでいるとどちらが本当に疫病神なんだか…

おそらく桑原はこのままじゃ終わらないんだろうなぁ。次作につい期待してしまう。
二宮のペットのインコのマキが口にする「ぽっぽちゃん」も気になることろである。


追記
このブログを書いた後のニュースで無事直木賞受賞が決まったとか。
おめでとうございます!!!



破門 (単行本)

黒川 博行 (著)
KADOKAWA/角川書店 (2014/2/1)
469ページ

破門 (Kindleストア)




疫病神 (新潮文庫)

黒川 博行 (著)
新潮社 (2000/1/28)
524ページ






国境 (講談社文庫)

黒川 博行 (著)
講談社 (2003/10/15)
848ページ





暗礁〈上〉 (幻冬舎文庫)
黒川 博行 (著)
幻冬舎 (2007/10)
406ページ
暗礁〈下〉 (幻冬舎文庫)
黒川 博行 (著)
幻冬舎 (2007/10)
446ページ



螻蛄: シリーズ疫病神 (新潮文庫)

黒川 博行 (著)
新潮社 (2012/1/28)
756ページ







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category: ミステリ/エンタメ(国内)

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 直木賞  ヤクザ  グリコ・森永事件 
2014/07/17 Thu. 17:52 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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ネルーダ事件 / ロベルト・アンプエロ 

接戦となったW杯決勝はドイツが制した。
アルゼンチンは惜しくも破れてしまったが、なんと暴動が起きたのだとか。ブラジルも然りだが、殊、サッカーに関して南米は異様に熱くなる。
しかし、優勝していたとしても、それはそれで、どさくさにまぎれて暴動やら略奪が起きてそうな気もしなくもない…
南米って、何だってあり?



Neruda.jpg本書はそんな南米はチリを舞台にした小説である。
訳者曰く、”ラテンアメリカ的混沌”である。バブロ・ネルーダという偉大な詩人の生身の人物像に迫った力作とのことで、背景にはチリのクーデターも描かれている。

ところで、チリといえば、記憶に新しいのはロベルト・ボラーニョ『2666』。去年もっとも注目された本の一冊といっていいだろう。
ちなみに、本書のタイトルにもなっているバブロ・ネルーダとロベルト・ボラーニョの二人はアジェンデ大統領を支持していたという共通点もある。

私も「2666」をブームに乗って読んではみたけれど、正直よく分からなかった。そこらのスリラーなどより面白かったのは確かだし、「これは凄いぞ」とも思いはしたが、タイトルの意味ですら未だ分からない始末なのだ。読むポイントでもずれているのかもと、著名な書評家や文学者のトークセッションも聞きにいったりもした。しかし、失礼ながら、文学のプロである彼らさえもわかっていないのじゃないのかという気がしたのだった…。ただ、それこそが”ボラーニョ”なのかもしれない。

それに比べると、本書はもう少し敷居が低いように思う。少なくともボリュームは比べ物にならない。
私はKindle版で読んだのだが、左下にはなんと「本を読み終えるまで1時間34分」と出ていた!Kindleはどういう計算をしているんだか…。紙の本は、ポケミスだが、そこまで薄くはないだろう。



La Sebastiana
さて、さて、主人公は、首都サンティアゴに近い港町バルパライソで私立探偵をしているカジェタノ・ブルレ。
彼はクライアントとのアポイントに向かう途中、空腹だったことを思い出す。多少遅れても問題ないだろうし、カジェタノが素晴らしいコーヒーの香りを漂わせているとなれば、ギリギリまでよそのクライアントに捕まっていたと思ってくれるに違いない。(こういうところが南米的!!!)
かくして、カジェタノはお気に入りのカフェに陣取る。だが、メニューの裏のパブロ・ネルーダの写真をみたと途端に、昔に引き戻され回想にふけるのだった。

ここから、カジェタノの「探偵としての初めての事件」にかかる物語は始まる。
それは今から30年以上も昔のこと。チリはアジェンデ大統領が打ち立てた社会主義政権が崩壊を迎えようとしていた。当時キューバからチリにやってきたばかりのカジェタノは、あるパーティでパブロ・ネルーダと出会う。スペイン語圏で最も偉大な詩人にして、ノーベル賞受賞者であり、アジェンデ大統領の元で駐仏大使を勤めた偉大な男、パブロ・ネルーダその人だ。
ネルーダはカジェタノに「人を探してほしい」と依頼する。それもごく内密に。彼が探しているというのはキューバ人医師だった。専門は腫瘍だ。キューバにいた時から、ずっと会っていないとのことだった。
同じキューバ人のカジェタノであれば、帰郷しても怪しまれることはないし、そもそも彼は失業中の身だ。ネルーダにとって、彼はうってつけの人物だったのだ。

しかし、カジェタノには探偵の経験などなかった。尻込みするカジェタノに、ネルーダは”ジョルジュ・シムノン”を読むようすすめるすなわちメグレ警部から探偵の何かを学ぶべしというわけだ。
戸惑ったものの、ネルーダのような大物の依頼を反故にするなど、彼にはできなかった。そして、"ネルーダのためのメグレ警部"になろうと決心するのだ。
カジェタノはシムノンを読みあさりった。そして"熱意あふれるメグレ警部のやり方を踏襲し”まずはネルーダのことを客観的に知ろうとする。
医師を探すためわざわざメキシコにまで赴くのだから、まずはネルーダその人について徹底的に知ることが肝要だ。実際、彼は謎多き人物だった。

かつてネルーダの伝記を書いた女性作家から、彼はネルーダの多過ぎるほどの過去の女性遍歴を知らされる。ネルーダは世界的に著名な素晴らしい詩人であり、ノーベル賞も受賞しているが、決して聖人君子ではないらしい。
さらには、調査をすすめてまもなく、ネルーダの依頼の裏に意外な動機が隠されていたことが判明する。
手がかりをもとめ、カジェタノの調査の旅は、メキシコ、キューバ、東ドイツ、ボリビアにまで及ぶ。
それはまさしく、ネルーダの女性遍歴と同じ道程を辿るものだったのだ。詩人が詩人であり続けるために捨ててきた女性たちの…である。
そして、南米的混沌の中で調査は行き詰まってしまい、核心に近づけないでいた。
そもそもメグレ警部がその手腕を発揮できるのは、北半球の整然とした世界だからなのだ。南米の甚だしく過剰で奔放な世界を懐柔するのは容易ではないのだ…



Pablo Neruda Museum - 1野口英世のWikiをみても明らかなように、「偉人はイコール聖人君子はない」私たちはそれを分かっているはずだが、つい幻想を求めがちだ。
都合の悪いことには弁解を探し、かくして伝記上では"彼”は"全てにおいて高潔な人物"になってしまう
著者は、それを一旦破壊し、よりリアルな血肉の通ったネルーダを描いている。
その簡潔な記録だけを読んでも、ネルーダはいい人ではない。女性にだらしなく、自己利益のために女を捨てることをいとわない。そして自分の幸福と詩人としての成功が、女の不幸の上に成り立っていることも自覚しているのだ。
捨てられた女たちにとってはネルーダという男はとんでもない奴だが、なぜだかネルーダを憎むことはできない。
確かに明らかな欠点を持ってはいるものの、同時に魅力ある人物であり、偉大なる詩人であることに変わりはないのだ。同じパブロという名のピカソが女たらしだったように。

人というものは往々にして矛盾に満ちている生き物で、単純にこれだと分類できるものではないのかもしれない。
そういう混沌としていて、曖昧で、鷹揚なものが本書には流れている。それこそが南米的なるものなのかもしれない。

この事件を通じて、カジェタノは”南米のメグレ”になるのだ。
理路整然とした北半球の探偵たちとは別の考え方ができる探偵に。

読み終えた時、どことなく哲学的な不思議な気分にさせてくれる本である。


ネルーダ事件 (ハヤカワ・ポケット・ミステリ)

ロベルト アンプエロ (著), 宮崎 真紀 (翻訳)
早川書房 (2014/05)


Kindle版はこちらネルーダ事件



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category: 歴史・大河・ドラマ

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tag: 早川書房  チリ  詩人  ネルーダ 
2014/07/16 Wed. 16:45 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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『招かれざる客たちのビッフェ』”毒”にやられた読書会 

台風はそれてくれたが、土曜日の横浜は、まさにうだるような暑さ。死にそう…
読書会の会場が駅から近くてよかった!!!


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横浜読書会も、なんだかんだで第8回目だそうである。(ちなみに毎月やっているのはスピンオフ)

今回の課題本はクリスチアナ・ブランドの『招かれざる客たちのビュッフェ 』だ。
これが告知とともに瞬く間に満席になったそうで、この暑いなか、参加者21人という盛況ぶりだった。

大人数なので、ちょうど7名づつで3つのグループに分けて読書会を行う。
ゲストは、本書の担当編集者で、現在は書評家の松浦正人氏と東京創元社の元社長の戸川安宣氏。
お二人には順次三つのグループを回っていただいた。

下記の写真は原書版と、『招かれざる客たちのブッフェ』の初版本。本書は現在第19刷を数えるロングセラー本である。装丁は原書よりも創元文庫のほうが内容にふさわしいように思う。
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戸川さんは、初版本を成蹊大学に寄贈しているのだそうだが、その寄贈の条件として帯や差し挟まれている新刊本の広告も全てセットにして保管してくれることなのだそうだ。


さて、前のエントリでも書いたが、私はこの本を読むのが、もうしんどくてしんどくて…
「もしかして、最も招かれざる客は私かも!」などと思っていたが、実は私に限った話ではなかったらしい。

それが証拠にもっともよく聞かれた感想は、
「悪意が凝縮されていて読書が捗らなかった」だった(笑)

そうだよね!ブランのおばはん、意地悪すぎだもの!!!
正直、これに比べれば『厭な物語』など厭でも何でもない。

主催のおてもと氏は、常々「ぼく、クリスティーを読んでると女性というものがコワくなるんですヨ」とか言っていたが、そういいつつも、本格的な女性恐怖に陥る前に、幸せを掴んだみたいである。

しかし、ブランドの毒気はクリスティーのそれの比ではない。ブランドはクリスティーよりも出自こそ上だが、17歳の時に父親が破産したことで人生は一転し苦労もしている。
解説の北村薫氏も、そのことで「星よりも高い自負の心を踏みにじられることで、磨き抜かれたのかもしれない」と言っている。善かれ悪しかれ、苦労が彼女に及ぼした影響は大きいのだろう。



また、この短編集の中でのベスト作品のアンケートをとったのだが、
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なんと『スコットランドの姪』がダントツだった!

『スコットランドの姪』が選ばれた理由としては、
・毒が少なめで良かった
・口直しの一品はこれだけだった
・他の作品に比べると爽やかでユーモアも感じられたので


この作品自体の良さもさることながら、他の作品に毒気がありすぎてゲンナリしてしまったのかも。
私は『ジェミニー・クリケット事件』に入れたのだが、意外にも『ジェミニー』や『婚姻飛翔』は票が伸びなかった。



そのほか個々の作品の感想としては
『婚姻飛翔』
・キャクストン氏は、牡蠣が嫌いといいつつなぜ食べたのか?日本人だと「牡蠣が嫌い」イコール「気持悪くて食べられない」もしくは、「あたったことがあるので食べられない」ということが多いので、丸呑みしてしまったことに違和感を感じてしまった。

『ジェミニー・クリケット事件』


・密室トリックがちょっとダサい。さすがにドアの背後に隠れていたら、突入時にわかってしまうのではないか?
・警官殺害の理由がまるでサイコパステスト。
(この作品に限ったことではないが)
・『ジェイコブを守るため』にでてくる殺人遺伝子を思い出させた。



他にもあったが、ほぼ全てに共通して言えるのは
・全登場人物に少しも共感できない。
・登場人物と同時に読者をいたぶっている。


といった感じだろうか。


この「いたぶる」で思い出したが、二次会の席でKameさんが
「ブランドっていうのは猫なんだよ」
とボソっと言ったのが印象に残った。
横浜読書会には猫好きが多いので反感を買う恐れもあるが、あえて言わせていただくと、猫という生き物は我々が思っている以上に残酷な生き物なのだ。鼠を一発でしとめたりはせず、少しずつ少しずついたぶって殺す。なるほど言い得て妙だと思う。

それから、『ジェミニー・クリケット事件』のアメリカ版を読まれている方も、少数ながらいらっしゃった。
なぜこの二つのヴァージョンが存在するのかについてを松浦氏に伺ったところ、残念ながらその種の逸話は残されていないそうである。
しかし推測するに、当初出版の運びとなったのがアメリカであったために、アメリカ人読者の傾向を踏まえ出版社の意向を踏まえ書き上げたのだが、「やっぱり…」というので書き直したのがイギリス版なのではないかということだった。
ちなみに、本書『招かれざる客たちのビュッフェ 』に収録されているのは最終稿であるイギリス版で、アメリカ版は、『北村薫の本格ミステリ・ライブラリー』 に収録されている。

どちらが好みかについてはほとんど差はなかったものの、読み手に余地を与えるという意味で、英国派が若干上回った。
ご興味があれば是非読み比べてみてください。



最後に松浦氏おすすめのブランド長編について。
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全部読んでいるわけではないので…と前置きをされた上で、世代的にメルクマールとなったのは、やはり『ジェゼベルの死』 なのだそうだ。
山口雅也氏が「パズラーの限界に挑んだ作品」と絶賛し煽った鳴り物入りの本で、大抵こういう本は読んでみるとそれほどでもないということが多いのだが、これは面白かったという。
後は、予測不能などんでん返しの「はなれわざ」と「猫とねずみ」を挙げられていた。

「ジュゼベルの死」も「はなれわざ」も「猫と鼠」ももはや中古でしか入手できないが、「猫とねずみ」はAmazonで3万円を超える値がついていたりもする…(汗)



新しいところでは年初に『領主館の花嫁たち』が刊行されている。
ブランドとは無関係だが、カーの作品中最も改訳を出す必要のあった『三つの棺』も新訳版がでた。コンベンションでさる翻訳者の方が言っていたが、今年はクラシックの年になるのかも。





招かれざる客たちのビュッフェ (創元推理文庫)

クリスチアナ・ブランド (著), 深町 真理子 (翻訳)
東京創元社 (1990/03)








領主館の花嫁たち

クリスチアナ・ブランド (著), 猪俣 美江子 (翻訳)
東京創元社 (2014/1/29)




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2014/07/14 Mon. 19:12 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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