Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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フランケンシュタイン支配 / D.クーンツ 

クーンツのフランケンシュタインは全部で5連作(今のとこ)
書き始めた当初は3部作にするつもりだったらしい。

本書『フランケンシュタイン支配 』フランケンシュタイン支配」は『~野望 』の完全な続編である。
なので、独立して本書だけを楽しむことはできない。
解説でも言及しているが、クーンツの他の連作ものは、例えばオッド・トーマスのシリーズなんかはそれぞれ独立しても楽しめるようになっているのだけど、このフランケンシュタインはまるで連続ドラマみたいなもの。だから続けて読まなきゃ楽しめないのだ。
次回作が翻訳され出版されるのはまた何ヶ月か後のことだろう。そしてその次の作品が読めるのはもっともっと後。
まとめて読みたければ全部出版されるまで待てばよいのだが、待てないんだな、これが。

物語は道半ば。
なので、第二作である本書だけ取り上げて、面白いかどうかを語るのはナンセンスなのだろうが、本作も私は評判ほど悪くないのではないかと思った。まぁ確かに『~野望 』ほどセンセーショナルじゃないのは確かだけど。

第一作で起こったニューオリンズの連続殺人事件はひとまずの決着をみるが、女性刑事カースンと相棒のマイクルは、人間ではないもの、すなわちヴィクターの創りだした新人類の存在を知る。
ヴォクターは新人種の殺し屋夫婦にカースンとマイクルの殺害を命じる。

ヴィクターの世界征服計画は着々と進みニューオリンズのいたるところで、旧人種(人間)が元の人物そっくりの外見をした新人種=人造人間にとって変わられていた。
街の有力者、聖職者、警官が殺害され、今や本物とうり二つの新人類のレプリカは増え続けている。
ヴィクターが創りだした人造人間は、彼らの創造主たるヴェクターに完全服従決するようプログラムされている。
主人を殺すことは勿論、自殺することも禁じられている。
生きる目的も、何もかもがヴィクターによって決められているのだ。
そしてそのことに不満を抱くこともない、はずだった...。

だが、人造人間たちの中に、プログラムに歪みが出る者が現れ始める。
生物的には1000年以上もの寿命を持つはず彼らは、神の子たる人間=旧人種のような幸福を感じられない。
全てをプログラムされているので自由も希望もないのだ。そのことに絶望する者も出始める。

聖職者のレプリカントとして入れ替わった新人種の牧師は、自らの命を終わらせたいと願うようになる。
また、カースン刑事殺害を命じられた新人種の殺し屋夫婦の妻は、生殖機能がないにもかかわらず、子供を持つということに異様に執着するようになる。
新人種は培養水槽の中で育ち、必要な知識をダウンロードされて大人としてこの世界に現れるために、新人種の女性には子宮は存在しないのだ。

複雑なプログラムの集合体であるヴィクターの3Dの秘書にさえも、狂いが生じはじめていた。

研究のために生かされていた自閉症の新人種ランドル6は、なぜカースンの息子アーニーが自分と同じく自閉症であるのにもかかわらず幸福に笑えるのか、その理由をつきとめようと研究所から脱走を図る。

ヴィクターが築こうとしている帝国には、綻びが生じ始めていたのだった。
そんな時、ヴィクターは遥か昔に創造した最初の人造人間であるデュカリオンが生きていることを知る。

デュカリオンはヴィクターの創造した人造人間第一号だが、その命を吹き込んだのは実はヴォクターではない。
稲妻すなわち天の力だ。それゆえにデュカリオンにはヴィクターも及ばない量子重力理論を応用した力がある。
だが、同時に人造人間の宿命としてヴィクターに歯向かうことはできないのだった。

物語は終末論的な展開をみせる。
救世主は、ヴィクターの手による人造人間第1号であり、神に命を吹き込まれたデュカリオン。

biまた、ヴィクターの妻エリカ5は、あたかも創世記におけるイヴのようだ。
禁断の果実を手にしてしまったイヴ...。

エリカ5はヴィクターの5代目の妻。
前妻エリカ4は、読書を好んだために次第に自我にめざめてしまいヴィクターに”処分”されている。
この新妻エリカ5は、まだ世の中にでたばかりだ。

歴代のエリカもまたヴィクターの創造した新人種だが、ヴォクターの性的興奮のために、妻たるエリカにだけ他の新人種にはない羞恥心が与えられている。

新人種の感情は4つしかない。羨望と怒りと恐怖と憎しみ。
その四つの感情は自らの尾を喰らわんとする蛇のようにただぐるぐると循環し、希望を遠ざける。
この新人種の悲劇の環は、現代の極めて階層化された社会の底辺にいる人々を連想させた。
思い出したのは、『アマゾンドットコムの光と陰』
倉庫でひたすら品物をピックアップする彼らも、希望を持ち得ない。
本書の冒頭にはC・S・ルイスの『人間の廃絶』の中の一文が捧げられている。
人間による自然支配の暴走と良心。
クーンツが意識しているのは、明らかに科学史上主義の暴走なのだろうが、"終わりの始まっている"かのような現代の強欲資本主義社会の歪みをも、ここに重ねることができる。

新人種の中でただ一人、羞恥心を与えられたエリカには、新人種には芽生え得ない感情を生む余地がある。
自分に対する哀れみと他人に対する哀れみ。
そして他人に対する哀れみはやがて希望をも生み出すだろう、ヴィクターのメイドはエリカ5にいう。
希望を抱くことができるのに、それが決して適わないことが分かっているエリカ5...。

彼女の今後も気になるところ。
彼女の原罪は、終末を迎えようとしている世界に何をもたらすのだろうか。それともあっさり??

他にも、本書では新たに得体の知れない"もの"が登場する。
ニューオリンズ連続殺人の犯人である新人類から生まれた”それ”が何なのか、まだわからない。
手足をもち、顔ももった"それ”はエリカ5の前に姿を現すのだ。
この不気味な生き物の正体は何なのか、今後どのような役割を担っていくのかがも楽しみである。


フランケンシュタイン支配 (ハヤカワ文庫 NV ク 6-13)フランケンシュタイン支配 (ハヤカワ文庫 NV ク 6-13)
(2011/06/05)
ディーン・クーンツ

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フランケンシュタイン野望 (ハヤカワ文庫 NV ク 6-12)フランケンシュタイン野望 (ハヤカワ文庫 NV ク 6-12)
(2011/02/18)
ディーン・クーンツ

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category: SF ファンタジー

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tag:   SF  ゴシック  早川書房  クーンツ 
2011/07/12 Tue. 16:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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