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読書日記、ときどき食日記

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レーニンの墓 ソ連帝国最期の日々 / デイヴィッド・レムニック 

本書は、1988年から1991年にかけて、「ワシントン・ポスト」の特派員としてモスクワに滞在した著者が、その崩壊の様を内側から描いたノンフィクションである。証言、証拠に基づく歴史はせいぜい500年くらいのものだというが、本書はまさに生きた「歴史」である。

93年に米国で上梓されたこの本は、その翌年にピュリッツァーを受賞している。だが、日本語版が刊行されたのは、2011年になってからだ。でも、20年経った今だからこそ、見えてきたものもある。

元外務省主任分析官で作家の佐藤優氏は「エリート官僚の機能不全と少数民族の異議申し立てを中央政府が無視したがゆえに、ソ連帝国が解体する過程を赤裸々に描く。この歴史が、検察が機能不全を起こし、普天間問題で沖縄を無視する菅直人政権下の日本と重なって見える」と書いている。

印象的だったのは、今なお人々を苛む「スターリンの悪夢」と「ゴルバチョフの真実」だ。
スターリニズムの恐怖は、数々のドキュメント番組や本で、知識として知ってはいたが…。
また、膨大な数の登場人物も特徴のひとつで、巻末に実に15ページものページを割いて索引が作られているほどなのである。その殆どの人々、政権中枢に近い人物から地方の炭坑夫に至るまでーが、両親や親類、兄弟を「粛正」という巨大な”肉挽き”のなかに失った。ゴルバチョフ、エリツィンすら例外ではない。そして、自分の肉親が広大なロシアの領土の、あるいは元ソ連の領土のどこに眠っているのかさえ知らないという。
ソルジェニーツィンが数えたスターリンの犠牲者は6千万人にのぼる。なぜ、そんな出来事が驚くほど身近にあったのに、国の体制を信じることができたのか、全然わからない。

本書にはしばしばオーウェルの『一九八四年』が引用されている。二重思考者(ダブルシンカー)や「愛情省」に「愛情省」…
ゴルバチョフが政権に就くまでの殺害と抑圧の70年は、あまりにも多くの知識人を失い、かろうじて生き残ったものも壊されてしまっていた。ゴルバチョフの側近はこう語っている。「ゴルバチョフ、私、それにわれわれ全員が二重思考者だった。頭の中で常時、真実とプロパガンダのバランスをとらなければならなかった。」
どんなに不条理に思えることでも、体制に沿うことは正しいこととされた。だから、自分の内なる道義心を保持しようとすれば、このような二重性が必須だったというのだ。ソルジェニーツィンのように実際に振るまえる人は「英雄」だが、自分の命はおろか、家族や友人をも危険にさらすことを意味したのだ。
だが、後にモスクワ・ニュースの編集長になるカルピンスキーはこうも言っている。「しばらくは、あの分裂した思考で振る舞うことはできる。しかし、やがて退行し許可されたことだけを話すようになり、良心の残滓と魂は朽ちるんだ。多くの人がペレストロイカまで生き残れなかった。
それは、スターリン治下の常規を逸した恐怖のせいなのか。全てがスターリンという一人のサイコパスのせいならば、彼が死んだその後もこの状態が続いているのはなぜなのだろうか。

「レーニンに比べれば、スターリンは羊だ。」スターリンの側近だったモトロフはこう語ったという。
権威主義的支配と独裁の土壌は、社会と歴史の発展を強制することが可能だとする病的な教義と、革命的暴力の理想化にあった。スターリンの登場は「逸脱」でもなんでもなかった。
レーニンとスターリンの間には連続性がある。レーニンこそがトロツキーとともに最初に「強制収容所」という概念を持ち、それを現実化したのだという。スターリンを生んだのは、階級闘争の道具として暴力を理想化し、「革命ロマンチシズム」としてことの当然の帰結にすぎない。人々を二重思考者をした根本は、その元凶は、レーニンがつくりあげた「体制」にあった。
スターリンについては、人々はその行いを冷静視していたが、レーニンに対する盲目的な信仰は強固なものだったという。全体主義体制は「宗教」であり、レーニンは信仰の対象だったのだ。そして、ゴルバチョフは、ついぞその信仰から逃れることができなかった一人である。

ペレストロイカをはじめたゴルバチョフは、頻繁に西側諸国を訪問し、当時の日本では「ゴルビー」などと呼ばれて、人気があった。
殆ど同時期にはじまった湾岸戦争の”綺麗で近代的な”パトリオットミサイルの映像にニュースは押され、ソ連がゴタゴタしていたのに気づいてはいたが、本当のところについての知識は私にはなかった。なので、4章をまるまる費やして8月クーデターの顛末を描いた「一度目は悲劇として、二度目は茶番として」は、ヴィヴィッドで読み応えがある。

このクーデターで、ゴルバチョフは単なる登場人物の一人ではなくなった。
保守強行派のKGB議長クリュチコフにたき付けられて、対面的には副大統領のヤナーエフが起こしたとされるこのクーデターでヒーローになったのは、他ならぬエリツィンだった。エリツィンと、彼が戦車の上からかけつづけた声に応えた兵士を含む無辜の民だ。KGBと軍の兵士たちは、自分たちの人民の血を流すことを拒み、印刷工たちは、ヤナーエフら非常事態委員会の声明のみを掲載しようとすることに抵抗した。人々は協力し団結してこの事態を乗り切ったのだ。
しかしながら、そもそもこの計画はあまりにも無謀で、非常事態委員会の面々は事実「低能の薄ら馬鹿ども」だった。この強行保守派の馬鹿どもがもう少し利口で、レーニンのやり方に忠実であったなら、歴史は変わっていたかもしれない。
クリミアの別荘で監禁を解かれ、モスクワに戻ったゴルバチョフは、あなたは「別の国」に帰ってきたのだと聞かされたという。

ゴルバチョフにはペレストロイカを「始めた」という業績がある。それは確かに評価されるべきだと著者は言う。それでノーベル平和賞も受賞したのだ。だが、ロシア国内では彼は人気がない。
ペレストロイカを中だるみさせた挙げ句、党内の分裂を深め保守強硬派に「だらしなく無計画な8月クーデター」を起こさせたのは、間接的にはゴルバチョフの責任かもしれないとも思う。
あの時期、彼はあたかも愛人と本妻の間でどっち付かずの態度をとっていた優柔普段な男のようだったそうだ。そしてその両方から愛想を尽かされた。
ゴルバチョフがやりたかったのは、「改革」ではなく、スターリンからレーニンの正しい社会主義への「回帰」だったが、それがもう「無理」なことであるのは本人が一番わかっていたはずだ。
ペレストロイカが解き放った民衆のエネルギーは、結果としてソ連そのものを、レーニン信仰を葬り去ることになった。

記者が小説家に憧れるのはなぜか。それは文学の持つ魅力以上に、ノンフクション作家が背負い込む無定形なリアリティゆえだろうと著者はいう。小説家は、自らが紡ぐ物語では何でもでき、「事実」を透過するという権限をもつからだ。
ソ連の崩壊から20年が過ぎ、著者は「終わった」と思っていたことが幻想に過ぎなかったということを日本語版序章で語っている。

今、次の選挙のパフォーマンスで皮のつなぎを着て大型のバイクにまたがるプーチンは、確かにかつてのスターリンのような独裁者ではない。だが、世界の誰もがロシアの権力を握っているのは、メドベーフジェフ大統領ではなくプーチンその人だということを知っている。
プーチンに反抗的な態度を取り、勝手をすれば、石油王ホドルコフスキーのようにシベリア送りになるだけだ。
そして権力の行使の仕方は、ソ連時代よりも何倍も洗練されているだけということに過ぎないという。

ポスト共産主義世界はどこへ向かうのか。
著者が例えたヒロエニムス・ボスの幻想的な絵のように、彼の作品の多くの三連画の世界のようにただそれを繰り返すだけなのだろうか。そして、我々の資本主義社会とても、そうでないと誰が言い切れるのだろうかと思ってしまう。


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ちょっと校正ミスが目立つのが…
 
    おまけ
    putin.jpg
    「バイクは最も民主的な乗り物だ。自由の甘い感覚を与えてくれる。」
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category: ノンフィクション・新書

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tag: ソ連  レムニック    ゴルバチョフ  ピュリッツァー  ロシア 
2011/09/03 Sat. 13:36 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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