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読書日記、ときどき食日記

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偽りの来歴~20世紀最大の絵画詐欺事件 / L.ソーズベリー&A.スジョ 

本書は贋作詐欺事件の顛末を描いたノンフィクションである。
2009年だったか、NHKでこの事件のドキュメンタリーが放映されたので、ご記憶の方も多いかもしれない。

この事件が衝撃的だったのは、作品だけではなくモダンアートの歴史をも書き替えてしまったことにある。詐欺師ジョン・ドゥリューは作品だけでなくその「来歴」を捏造したのだ。

「来歴」Provenanceとは、美術品が作者の手元を離れてからたどった経歴のことをさす。具体的には画家のアトリエから美術館へ、オークション会社からコレクターへ、絵画がどのように動いたのかという軌跡を明らかにする証憑ー受領書や送り状、手紙、展覧会図録のことだ。
美術界での作品の名声と価格は、その作品の質のみによるものではないという。場合によっては、作品そのものの善し悪しよりも来歴がものをいう場合もあるそうだ。つまり、以前の持ち主の名声が高ければ高いほど、その歴史が興味をそそるほどに価値は上がる。

本書の主役は、自称、原子物理学教授にして実業家のジョン・ドゥリューと、パートタイムの絵画教師ジョン・マイアットである。著者はこの二人を対照的に描いている。ドリューは、一見、完璧な肩書きを多数もつ上流紳士の詐欺師で、マイアットは素朴な風貌のお人好し。
マイアットは妻に逃げられ経済的にも苦境にあった頃、ドゥリューに出会う。そして、後ろめたさを感じつつも「子供たちに必要なものを買ってやりたい」という思いから、ドゥリューお抱えの”美術コンサルタント”ー贋作家となったのだった。

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しかし、あるときドゥリューは続けざまにトラブルに見舞われてしまう。買い手である画廊主たちが「来歴」がないことを理由に買い取りを拒んだのだ。ドゥリューはマイアットの絵に完璧な「来歴」をつくり出す必要に迫られた。絵の過去に有名なコレクターやギャラリーが介入していた記録があればより望ましい。
そこで、ドゥリューは、寄贈や寄付の約束を餌に、テート・ギャラリーの責任者を巧みに欺いて、アーカイヴに出入りするようになる。そこに、自分が偽造した展覧会目録や売買記録を挟み込んだのだ。
心配するマイアットに、ドゥリューは自信たっぷりにこう言う。「心配するな。アーカイヴが見張ってるのは、資料を持ち出す人間であって持ち込む人間ではない。」その言葉の通りだった。
かくして、マイアットの贋作には「ほんもの」のお墨付きが与えられたのだ。
ドゥリューは、「来歴」さえあれば売買は成立する"という美術界のレトリックをついたのだった。

贋作が発覚する度、"一体美術品の価値というのは何なのか"ということは問題になる。例えば、エリック・ヘボーンという贋作家は、千点にもわたる過去の巨匠たちの贋作を描き、その多くがナショナル・ギャラリーや大英博物館の名高いコレクションに収まっていることを明らかにしている。
たとえ「ほんもの」でなくても、それが優れた絵であるならば、それ自体固有の価値は認められるのだろうか?
昨日まで何億、何十億とされていた名画でも、それが贋作であるとわかれば一瞬にして無価値になってしまう。その瞬間に絵画の命は終わるのだ。一方で、発覚を逃れた贋作はその後の売買で「来歴」を確かなものにし、「ほんもの」となって生き続ける。
マイアットの贋作の”出来のよい作品”の多くも、まだ「ほんもの」と信じられ、美術館や個人のコレクションとして飾られているという。
美術品とは実際何であるのか?この究極ともいえる問いに、かのピカソはこう答えている。「その偽物がいいものなら嬉しいさ。喜んでサインするよ」と。
実際、無署名の贋作にサインをしたことがあるのだそうだ。


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 © Stuart Wood & Sky Arts  マイアットは自分の会社を立ち上げ現在は画家として活躍しているという


アートを投資対象とみなす社会と美術業界の問題を提起する一方で、本書はまた詐欺師というものの本質を描いている。
社会心理学者によれば、彼らは高度に知的であるが、道徳に欠け、自分を抑制できず、自分が評価されることを切望しているという。一旦捕まると、被害者たちは騙されて当然で、彼らにも責任があると開き直るのだ。

ちょうど、木村なんとかという被告の裁判が話題になっていたので、彼女のことをつい連想してしまった。彼女は、結婚詐欺と殺人で裁判にかけられているのだが、臆面もなく自らのセックスを自慢するのだ。
思えば、詐欺師の典型ではないか。その種の自慢は、公の場での自分が評価を望んでいるからなのだろう。

ドゥリューが裁判にかけられるシーンはまさに見物で、本書のクライマックスと言ってよい。あの手この手で公判を延期させ、ホロコーストや武器取引、秘密裏の軍事行動など奇想天外な物語を合体させて、目もくらむリアルな物語をつくり、嫌疑を払拭させようとするのだ。この様子はリアルで滑稽だったが、同寺に恐れ入った。


偽りの来歴 ─ 20世紀最大の絵画詐欺事件偽りの来歴 ─ 20世紀最大の絵画詐欺事件
(2011/08/20)
レニー ソールズベリー、アリー スジョ 他

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category: ノンフィクション・新書

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 絵画詐欺  贋作  ノンフィクション  NHK   
2012/03/01 Thu. 08:42 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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