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読書日記、ときどき食日記

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遅い男 /J.M.クッツェー 

文学界の生けるレジェンド、クッツェー。

本書は、クッツェーが、ノーベル文学賞を受賞後移り住んだオーストラリアを舞台に描かれたという。そっけない文章で書かれた長くない物語は、多すぎるほどのテーマを孕んでいるが、自らを投影したかのような主人公の物語はもの哀しく残酷で、どこか滑稽だ。しかしこれがイイのだわ。

主人公のポール・レマンは、フランス系の60歳の引退した写真家だ。彼は物語の幕開け第一行目にして「右側からガツン」と車にぶつけられて吹っ飛ばされ、片足を失うはめになる。
気ままに悠々自適に暮らしてきた生活とも、これでおさらばだ。医者もソーシャルワーカーも義足を勧めるが、彼は頑にそれを拒む。かくして自分のフラットに閉じこもり、介護士に世話をしてもらう生活が始まった。
ポコちゃんを洗ってほしいなら、お願いしないと駄目でちゅよ。」赤ちゃんか、はたまた耄碌じいさんか…。この扱いに我慢ならず、最初の介護士にはお引き取りいただき、ようやく決まった常勤の介護士がミセス・マリアナ・ヨキッチだった。彼女はクロアチア移民で、その英語は拙い。第一印象は、土気色の肌に、腰周りの贅肉の目立つおばさん臭い女だったが、その仕事ぶりにポールはやがて惹かれてゆく。
彼女の評価は激変し、今や土気色の肌はオリーブ色の肌となる。折にふれ、キリっとした美しさをも感じるほどだ。「魅力がないわけではない」どころか、あわよくば彼女と懇ろになりたいと願うのだった。だが、彼女には同じクロアチア人の夫と三人の子供がいた。
ポールはこうなって初めて自分が子供を、とりわけ息子を持たなかったことを悔やみはじめる。歩くに「遅い男」は、人生の「遅さ」を後悔しはじめるのだ。そして、もう自分が子供を持つことはかなわないのならば、あのマリアナの美しい子供たちの父親に、彼女の夫になれたらどんなにいいかと夢想する。共同の父親でも、共同の夫でもいい。なんならプラトニックでも何でもいいのにと。
思いあまって、ポールはマリアナに気持ちを打ち明ける。そして、マリアナの息子が行きたがっている寄宿学校の費用を用立ててやってもよいと持ちかけるが、とたんに彼女に距離を置かれてしまう。そこに、エリザベス・コステロという謎の人物が闖入してくるのだが…

物語一行目、マギルロードで「ガツン」と吹き飛ばされた瞬間から、ポールはこれまでの人生からも吹き飛ばされてしまう。そして新しい全く不如意な世界に身を置くはめになるのだが、ある意味、別世界の別次元に飛ばされてしまったも同然だ。
よく、藁をも掴む気持ちというが、彼はそこで最初に掴んだ”藁”に執着するのだ。痛々しいことこの上ないが、同時にどこか喜劇的でもある。
ある年齢以上の孤独な人にとっては、見につまされるテーマかもしれない。
訳者は疑っているようだが、ヨキッチ家は今のところは善良に見える。だが、その後はどうなることやら。
当初の「見返りを求めない自発的な申し出」が、結果として財産を奪い取られた!騙された!という顛末になるのは、現実に掃いて捨てるほどある。与えるばかりで見返りがなければ、老人は必ず最後にはそう思うようになるだろう。けれども、ポールの気持ちは止まらない。

エリザベス・コステロというのは、かの『エリザベス・コステロ』だ。そばかすだらけの背中をみっともなくさらしたワンピース姿の老婆は、突然ポールの玄関先にやってきて、物語を引っ掻き回しはじめる。その介入ぶりときたら、村上春樹の「鼠」や「羊男」の比ではない。
彼女はいうまでもなくクッツェーその人の分身であり、このポールの物語の筆者である。この物語は、リアリズムの手法で描かれたメタフィクションなのだ。
ポールの抱えている「どこにいても常に外国人であり、どこにいてもat hme な気分になることはない」という疎外感は、アフリカーナーであるクッツェーその人にもそのまま当てはまる。ポールもまたクッツェーその人の投影だと言えよう。
コステロの突然の出現から以降、何やら不思議な気分になってくる。ふと、今こうしてソファに座っているこの私も誰かの物語の一部であり、私の物語の筆者であり....?? けれどもこれと同じような混沌は、常に心の内で行われていることかもしれない。

ポールは、身体の自由を失ってはじめて、家族的な繋がりを強く求めるようになる。コステロも、一般には「愛」と呼ばれるそれを求めている。けれども、コステロの願いとポールの願いは、最初から大きくすれ違っている。それはポールがなおも男であるからだろう。
このリアリティには、まさにグっときた。


遅い男遅い男
(2011/12/20)
J・M・クッツェー

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エリザベス・コステロエリザベス・コステロ
(2005/02)
J.M. クッツェー

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category: 文芸

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tag: 早川書房    クッツェー 
2012/08/03 Fri. 18:52 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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