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読書日記、ときどき食日記

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TOKYO YEAR ZERO / デイヴィッド・ピース 

敗戦の絶望から抜け出し復興する日本を描いた、デイヴィッド・ピースの東京三部作の一作目である。
戦後を象徴する怪事件をモチーフに描いているが、本書では連続強姦殺人鬼、小平義雄の小平事件を、続く第二弾では帝銀事件、三作目は下山事件を題材にする予定であるという。
この第二作目が非常に評判がよいのだ。しかし、トリロジーであるからには、やはり第一作の本書から読まなければならないだろうということで読んでみた。
実は、本書もひっそり2007年の文春ミステリー10の海外篇第5位に輝いているのだが、決して万人向けではないと思う。エンタメ性は皆無だし、読むに苦しい本でもあるからだ。
ミステリーというよりは暗黒小説といったほうがふさわしいが、ジム・トンプソンにみられるような悪の爽快感はない。ここで描かれるのは、汚物にまみれ、陵辱され、卑屈で、ただ、ただ惨めな敗戦後の東京と主人公の姿である。この不快感たるや、ちょっと例えようがない…


主人公は三波という警視庁の捜査一課の警部補である。彼は、眠れないため、カルモチンにどっぷりと依存している。(カルモチンは太宰治ら文士がしばしば自殺に用いた睡眠薬で、依存性が高く現在は販売中止となっている)
物語は、1945年8月の玉音放送のあった日の三波警刑事の白昼夢からはじまる。
その日、品川の軍需工場で全裸の女性の腐乱死体が発見された。その事件の犯人とされたのは、女子従業員の入浴を覗いていた朝鮮人だった。三波刑事は、「日本が敗戦した」というラジオ放送とともに、憲兵(軍の警察)がその朝鮮人を殺害するところを目撃してしまう。
その一年後、芝公園で身元不明の若い女性の腐乱死体が発見される。女は、年齢おそらく20歳くらいとみられ、死後10日ほど経っていた。だが三波はその遺体のすぐそばで、また別の死体を発見してしまう。白いシミューズ姿のそれは既に白骨化していたのだ。
一方、物資不足の中、ヤクザの大物松田義一は新橋のマーケットを牛耳って、その勢力を伸ばそうとしていた。だが、新生マーケットのオープンを待たずして、かつての子分の野寺に殺されてしまう。松田の跡目を次いだ千住晃は、三波刑事に、自分の助けになる部署に異動しろと迫る。誰が親分の松田殺害の黒幕なのかを探し、なぜこの捜査が打ち切りになってしまったのかを探れというのだった。
警察組織にもGHQの手は伸びてきていた。県警の幹部はほぼ追放され、新たな公職追放により下の階級のものも今は追放の危機にある。最高司令部は公安課を放ち、元特高や憲兵らが偽名で警察に異動し働いているのを暴こうとしていた。自称通りの人間は誰もいなかった。刑事たちはそんな絶望と悲嘆の中、小平義雄にまでたどり着くのだが…



小平義雄の事件をモチーフにしてはいるものの、これは三波刑事の物語なのだ。三波の混乱、怯え、アイデンティティの崩壊する物語だ。
本書は、吐瀉物にまみれた墨一色の色のない物語だ。唯一ある色は、三波に取り憑いているという愛人、由紀の目の際の赤、唇の赤、三面鏡に飛び散った血の赤のみ。時に由紀は強姦され殺された女たちに成り代わり、三波の前に現れる。文字通り三波に取り憑いている由紀に、松井冬子の絵のようなおぞましさを感じてしまう。
文体は、泉鏡花と上田秋成を模しているという。それがもたらす不気味さが、読者を三波の混乱した世界へ引きずり込み、その吐瀉物の臭いを毛穴からしみ込ませる。
読むのは結構しんどくて、執拗に繰り返されるオノマトペもたまらなかった。ー痒いところを掻いた。ガリガリ...ガリガリ...ガリガリ...ーこれを目にする度に、肌に虱が這いまわるかのような感覚に陥った
。ピースが意図したのがこの強烈な不快感ならば、この挑戦は成功だろう。
それにしても、デヴィッド・ピースという人の、戦後の東京はこういうイメージなのか!と、そのことに驚いてしまった。


TOKYO YEAR ZERO
TOKYO YEAR ZERO
(2007/10/11)
デイヴィッド ピース

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category: ノワール・ホラー・サスペンス

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: ノワール  デイヴィッド・ピース  小平事件   
2012/10/01 Mon. 18:35 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

Re: 歴史の暗部をさまよう主人公・・粘質な作品のイメージですなぁ

naoさん、こんばんは。
本当にこの本はしんどかったです。次の第二部は違うのかといえば、これもさらに万人向けではないだろうなぁ...。但し同じ暗黒小説でも、こちらのほうが何倍も好みではあります。
帝銀事件に関しては、清張の『小説帝銀事件』に極まれりだと思っていましたが、ガイジンにやられてしまった!

『死刑囚』とかすごい作品だと思うのですが、なんだか不思議と日本人受けはしなかったですよねぇ...。
『制裁』、私も機会があったら読んでみます。

> そうそう、今年刊行された日本のミステリにあって、 とびぬけた作品は何かありましたか・・

今度横浜読書会で、2012 ヨコミスという企画がありまして、このブログでも今年の5作品を挙げてみようと思っているところなのです。しかし、この9月、10月でまただ〜〜〜んと刊行されたので、まず読まなくては...。
このミスとかに向けた駆け込み刊行ラッシュでしょうねぇ(笑)
今のところ『アイ・コレクター』(これがダントツ!)、ハミルトンの『解錠師』それから今読んでる本書の第二弾の『Tokyo Year Zero Ⅱ 占領都市』、といったところでしょうか。
今、積読しているのは、ナチものの『深い疵』、マイクル・コリータ『冷たい川が呼ぶ』、ベリンダ・バウアーの『ダークサイド』、S・J・ボルトン『毒の目覚め』です。後ろ二つは英国もので、ボルトンの二作目は英国での評判がかなりよいので期待したいです。
H.マンケルの『ファイアーウォール』は、既にオチも知ってることだしパターンなので私はパスかな(笑)

Spenth@ #- | URL | 2012/10/02 Tue. 21:34 * edit *

歴史の暗部をさまよう主人公・・粘質な作品のイメージですなぁ


Spenth@さんの記事を読んだだけで、お腹ふくれました・・というか戦意喪失。
Spenth@さんが読むのにシンドイのであるならば、自分の手には負えません(降参)。
帝銀・下山(事件なのかナ)・松川事件などなど、
日本の暗黒史に絡むハナシには惹かれますが・・。

そう以前紹介された『死刑囚』(力作!自分も読了)、そのコンビ作家の第一作『制裁』を読みました。
『死刑囚』と同じ、罪と罰の軋轢をテーマに描いて、これも読み応えある作品でした。
そろそろ『ザ・ポエット』に取りかかろうと思います。

そうそう、今年刊行された日本のミステリにあって、
とびぬけた作品は何かありましたか・・田舎にあっては情報が少なく、わかりません。
思い当たる作品ありましたら、教えてください・・ではまた。

nao #6gL8X1vM | URL | 2012/10/02 Tue. 18:53 * edit *

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