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読書日記、ときどき食日記

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歌うクジラ / 村上龍 

iPadで先行発売され、話題になっていた本。
iPad版では音や映像も楽しめるのだとか。
メルマガで多くの読者に日々問題を提起し、テレビでも今やすっかりおなみじの顔となってしまった村上龍だが、新しいものに対するその意欲にいつも感心させられる。

本書も非常に挑戦的で作家としての意欲を感じる作品。
タイトルは一瞬牧歌的?かにみえるけど、そこはやはり村上龍で。


歌うクジラ 上歌うクジラ 上
(2010/10/21)
村上 龍

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歌うクジラ 下歌うクジラ 下
(2010/10/21)
村上 龍

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今をさかのぼること100年前、2022年のクリスマス・イブにグレゴリオ聖歌を正確に繰り返し歌うザトウクジラから不老不死を可能にするSW(sing whale)遺伝子が発見された。
少年アキラは、父に託されたSW遺伝子に関わる秘密を老人施設に住まうある人物に届けるため、旅に出る...。

とにかくこの世界観がすごい。
これは伊藤 計劃の虐殺器官 に匹敵するのではないだろうか?

現在我々の社会が得ている科学技術をそこかしこにちりばめ、物語の骨子を強化してあるがリアルすぎない。
おそらくわざと狙って幻想的に仕上げてある。
会話に「」が一切使われない独特の長い言い回しは、読みにくいが不思議なリズムを持たらす。
このリズムがリアルさを制限しているのだろう。
また、”言葉”に関しては作中、移民の子孫の言葉としてわざと助詞のめちゃくちゃに用いており、読者の脳を混乱させる。ここで挫折してしまう人もいるかもしれない。

話をストーリーに戻す。
「文化経済効率化運動」の欲望は悪であるという刷り込みによって、食事や性は必要悪とされ、敬語は廃止された。社会は極度に階層化され、人々は厳密に住み分けがなされている。
SW遺伝子の恩恵に与るのは老人施設と呼ばれる最上層に住むノーベル賞受賞者などの一部の限られた人のみ。
逆に性犯罪者や大量虐殺者は染色体の尾にあるテロメアを切断されDNA修復機能を破壊されることによって、極度に老化させられることで抹殺される。
犯罪を犯したものとその子孫は島に隔離され、最下層に位置づけられている。
アキラの父親も、性犯罪者としてテロメア切断の刑に処され殺された。
階層間が断絶した世界で、最下層から最上層の老人施設へ少年は旅をする。

不老不死の技術、テロメアの切断という処刑法、優生学の台頭と極度に進み断絶した階層社会、文化大革命を連想させる「文化経済効率化運動」、不規則性による敬語の排除 etc,etc....。
細部にわたるまで非常に積極的に世界を作り上げ、ディテールはその全てが教訓化されている。

一見荒唐無稽なようだが、100年を待たずとも、これらは実はそう遠くない未来に鎌首をもたげている問題だ。

まず、移民受け入れは時間の問題だろう。敬語は確かに移民には分かりにくいだろうし、移民に配慮し廃止しなくとも廃れる可能性もある。
累犯の性犯罪者や大量殺人者に対する人々の厳罰を求める声はいうまでもないし、遺伝子研究の進歩には必ず優生学が立ちふさがる。
そして現在の長引く不景気によって一部の超リッチ層と大勢の庶民との差は開き、階層は固定化しつつある。我々大衆はハイエンドな人々の生活を知っているからこそ、羨み、自分を不幸だと感じる。この22世紀の世界のように階層間が断絶していれば、上の生活を知る機会もないから妬むことも自分を惨めに思う事もない。知らないということは幸福だ。
「文化経済効率化運動」は行き過ぎた資本主義への反動かもしれない。血迷った現政権がもっと長く政権を維持すれば、これに似た馬鹿げたことも本気で取り組みそうだ。

本書に描かれる22世紀の世界は、実は現在とさほど乖離しているわけではない。


また、限りなく暴力的でグロテスクな性と残虐な描写は、いかにも村上龍らしい。
テストステロン全開の激しい暴力性。
彼のこの特徴が駄目な人もいるだろう。

だが、終始”ぼく”ことアキラの一人称で語られることで、印象は淡々としている。
アキラ少年は、新出島という隔離された最下層の社会で、「矯正教育」を受けて育ったので、他人の感情を共感することはなく、人を気の毒だと思うことがないからだ。
つまり語り口に感情が混入しない。

しかし、それは旅を続けるにしたがって次第に変化する。
大胆な設定のSF小説であるとともに、本書は少年の成長の物語でもある。

老人施設へ向かう過程で、アキラは様々な世界を観るがこれは「新曲」を意識しているといえばそうかもしれない。
そしてラスト、目的の人物との邂逅の結末は、著者が言及しているように確かにオイディプス王のようでもある。
派手で異様な未来を舞台としながらも、少年の物語は実は古典なのかも。


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category: SF ファンタジー

thread: 売れてる本 - janre: 本・雑誌

tag: 村上龍    SF  iPad  近未来 
2011/01/22 Sat. 00:00 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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