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読書日記、ときどき食日記

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運命の日 / デニス・ルヘイン 

Dennis Lehaneデニス・ルヘインといえば、一般的にはやっぱりアカデミー賞作品賞に輝いた『ミスティック・リバー 』なのだろうか?確かにこの時点で彼は既に"巨匠”だった。その後の『シャッター・アイランド』 では、またガラリと趣向を変え驚かせてみせたが、それはルヘインの真価ではないと思う。

米国ミステリー界には"巨匠”と呼ばれる人たちが多くいるが、『運命の日』が上梓されたとき、彼らはルヘインに嫉妬したのじゃないだろうか。十年一日、彼らが定番の殺人事件に少しでも新味を加えようと、着せ替え作業にあくせくしているうち、ルヘインはこの一作で、ジャンル作家の枠を軽々と飛び越えてしまったのだから。
彼の代表作は、なんといっても本書だろうと思う。原書で700ページを超える長編大作。日本語版でも上下巻二段組みでそれと同じページ数(単行本)を持つこの作品は、1919年のボストン市警のストライキとそれに端を発した暴動を描いた歴史物であり、文学でもある。この一作で、ルヘインの崇拝者になった人もきっといるはずだ。

そのルヘインの新作『夜に生きる 』は、この『運命の日』の続編である。もちろんこれ単独でも楽しめる独立した小説として仕上がってはいるが、ここはやっぱり通して読んでおくべき。ということで、二作品を一気読みしてみた。
「グレイマン」のようなものの後ということもあるのだろうけど、やっぱり格が違いますわ。
ちなみに『夜に生きる 』本年度エドガー賞、Best novelにも輝いた。ノミネートされたときから、ほぼ間違いないだろうとは思っていたけど、読んでみると当然すぎるほど当然のことだった。

『運命の日』の、舞台は1918年のボストンである。
第一次世界大戦が終わろうとしており、軍需産業は大量の解雇者を出し街には失業者があふれ、深刻な不況に陥っていた。物価は実に年73%も高騰、労使間の対立も深まり不穏な雰囲気に包まれていたのだった。
boston police物語の主人公(の一人)はボストン市警巡査のダニー(エイデン)・コグリンである。アイルランド系移民の父親は船から降り裸一貫でボストン市警の幹部まで登りつめたトマズ・ゴグリン警部だ。
あるとき、ダニーは市警の組合の母体であるボストン・ソーシャル・クラブ(BSC)に潜入する特別任務を受ける。労働運動や急進派の動きを探るためだった。
だが、ダニーは、次第にBSCの考えに共感するようになり、果ては組織の活動を率いるようになるのだった。それというのも、物価急騰の中、警官の給料は1903年の基準のまま据え置かれ、貧困基準にも満たないほどだったからだ。週80時間労働に加え、制服や装備にかかるコストもその少ない給与から差し引かれた。警官たちの待遇は改善されるべきだった。

一方、オクラホマ州のタルサでは、黒人の若者ルーサー・ローレンスがトラブルに巻き込まれて、ギャングを殺してしまう。自分の子供を身ごもった恋人を残して逃げたルーサーは、ボストンにたどり着く。そしてコグリン家の使用人として働くようになるのだった。激しい人種差別が当然のこの時代にあって、柔軟な考えを持つダニーとルーサーは肌の色の違いを超え、次第に友情を深めていくのだった。

ダニーたちBSCは、不利で不幸な闘いを強いられていた。一向に改善されない待遇に業を煮やしつつ、なんとしてもストライキだけは避けなくてはならない。
しかし、その"日”は刻々と迫っていたのだ…


Babe-Ruth-Boston-Red-Sox.jpgルヘインほどドラマを描くのが上手い作家はいないのじゃないだろうか。
BSCの活動に端を発するダニーと父トマスの間の埋めようのない溝、コグリン家の使用人ノラへの恋心と、ノラの過去への逡巡。ルーサーはルーサーで、プロ選手をも退ける野球の才能を持ちながらも、黒人であるがゆえの運命を受け入れるしかなく、ボストンでも過去の罪に追いかけられる。ダニーにはダニーの、ルーサーにはルーサーのドラマがあるのだ。
不穏でグレーに塗りつぶされたかのような時代を背景に、二人のドラマと、この小説のもう一人の主人公といっていいベーブ・ルースの心情が交錯する。

太く実直で、ズシンとくる筆致に圧倒される。
エドガーを受賞した『夜に生きる 』は読んでみようかな、と思っている人は、絶対にこの作品から読むべきだと思う。

ところで、つい先日、ユニクロの柳井社長が、「年収100万も仕方ない」と発言し物議をかもしたのは記憶に新しい。その発言の真意と実現可能性の有無はさておいて、あの発言が世間に与えた衝撃は小さくなかった。
突然何を言い出すのか、とお思いだろうが、ページをめくっていると、ある箇所でこの柳井発言が思い出されたのだ。物語後半、市警がストへ突き進もうとしている中それを回避するために、ボストン経済界の大物がダニーを説得するシーンである。元GM社長にしてボストン市の有力者J.ストローは、ダニーにこう言う。
「レーニンとJ.P.モルガンが多少なりとも違うと思うかね?」
歴史小説が、突如、目の前のリアルな世界とリンクしたのだ。

そして、ルヘインは、あのベーブ・ルースにもこう言わせている。
「おれは世界で最もビッグな野球選手だが、トレードされても何も言えない。おれは無力だ。小切手をかく人間がルールをつくるということさ。」
ボストン市警をストに至らしめた直接の原因は、狭小で愚かな市警トップの復讐心だった。しかし、本質的な原因は、「異なる階級の人間には、異なるルールがある」という非情な事実なのだろう。ストだけでなく、本書で渦巻いている人種間差別や憎悪、鬱屈も、根本的にはその「ルールの違い」の産物なのかもしれないと思う。
そしてその「違い」は現代においては、かつての暗く不穏な時代よりも小さくなったようにみえるが、実は変わっていないのかもしれないなぁなどと改めて思ったのだった。



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運命の日(上)〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
運命の日(下)〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕

デニス・ルヘイン(著) 加賀山卓朗 (翻訳)
早川書房 (2012/3/5)




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category: クライム・警察・探偵・リーガル

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tag: 歴史大作  早川書房  このミス  映画化 
2013/05/09 Thu. 17:52 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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