Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

04« 2017 / 05 »06
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年 / 村上春樹 

 Hämeenlinna40歳を過ぎた今、『ノルウェイの森』 なんかを読むと「うぇ〜〜〜!!!」となるが、学生だった当時は、それなりに感じるものがあった。あの本は、あの年齢に読んだからこそ何らかの意味を持ったのかもしれないなぁとも思う。
あれから20数年。この『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』は、そのリバイバル。小説の雰囲気もテーマも『ノルウェイ〜』を彷彿とさせる。

確か『ノルウェイ〜』のあのクリスマスカラーの装丁は、春樹自身が手がけたものだと記憶しているが、その本は、本を手にすること自体をファッションにした。思えばあれがイベントとしての春樹本の売り方の起源だったのではないか。
本というものは、買わない人は買わないし、読まない人は読まない。読まなくても別に困るものでもない。こういうと反論されるだろうが、少女小説や推理小説なんかをいくら読んだところで、実際役に立つことも少ないし、偏差値が上がるわけでもない。本なんて「好色一代男」きりだというSMの団鬼六のほうが、小説家になるためにブンガクを徹底的に読み込んだという作家よりも、遙かに文章も小説も巧かったりするのだ。世の中、そういうものだ。
娯楽もやることも他にいっぱいある中で、若者を駆り立てるブランド力とプロデュース力は、なんだかんだ言ってもさすがだ。今回、『1Q84』の時よりも部数が伸びているのは、薄さのおかげもあるだろうが、一連のプロデュースには、春樹夫人の意見が濃く反映されていると聞く。さすが、賢夫人!

color.jpg「色彩を持たない」というのは、私はてっきり色盲なのかと思っていたが、高校時代の友人たちの中で、唯一自分の名前にだけ”色”がなく、自分だけが無個性のように感じているということだった。

この高校時代の友人というのは、主人公に言わせると「正五角形のような完璧な仲良し5人組み」で、男子は主人公の"多崎つくる"を入れて3人、女子は2人という混合構成だ。
秀才のアカ、スポーツ万能でラグビー部のキャプテンのアオ、清楚で内気な美人系のシロ、巨乳で愛嬌のあるクロ、そして"つくる”。つくるだけが名前に色が入っていないためただ"つくる"と呼ばれていたのだ。
名前に色が入っていないとか、今時中二女子だってそんなこと思わなくないか?とも思うが、とにかくこの小説の"多崎つくる"くんにとってそれは問題なのであった。色がないイコール自分は無個性…、モウボクダメダメ
このあたりに「うぇ〜」となったりするが、それはひとまず飲み込んで、先に進む。

高校卒業後、つくるだけが東京の大学へと進み、他の4人は地元の名古屋に残った。そして、夏休みに帰省したときに、この4人からきっぱりと「縁を切る」といわれたのだった。これに"つくる"はショックを受ける。
それは"つくる"にとって、まさに死の淵を覗き込むほどのものだったが、彼はなんとか踏みとどまり、立ち直る。しかし立ち直った時、つくるはそれまでとは全く別の自分に変わってしまったような気がしていた。他者にとっても自分自身にとっても自分は無価値な人間だと思うようになったのだ。
今、つくるも36歳になり、昔から好きだった駅の設計にかかわる仕事をしており、沙羅という二つ年上の彼女もできた。
だが、高校時代の友人たちとのことが心のどこかに引っかかっており、誰に対しても本当に胸襟を開くことができなくなっていた。沙羅にそれを指摘され、昔の出来事を打ち明けると、彼女に、どうして絶縁されたのか、その理由と向きあうべきだとアドバイスされるのだった。「綺麗になった傷跡の、内側では血はまだ流れ続けているのかもしれない。」
"つくる”は沙羅の言葉に促され、4人を訪ねる旅にでるのだが…


春樹作品としては、私はやっぱり『海辺のカフカ』とか『1Q84』のような妄想炸裂路線のほうが断然好きなのだ。その妄想を自分自身の心理に喩えて遊ぶのが好きなのだ。思うに、春樹が海外で評価されるのは、ひとつはそういったフィクションの積極性だと思うのだが、これはそういう作品ではないし、新しい村上春樹でもないと思う。

ただ、これはこれでいいいのじゃないかとも思った。何より今という時代と世相にマッチしている気がする。
この小説は、爆笑問題の太田光なんかに「空っぽだ」などと酷評されているらしいが、そもそもつくる自身が空虚なこと自覚し、自分のことを無価値だ、無個性だと思っているのだ。空っぽであることこそが、この小説の核なのでもある。
厳しい業界を己の才覚で乗り切っているという強い自負と矜持を持つ人が、つくるのようなウジウジ君に同調するのは難しいのだろう。
これはブイブイ言わせている上昇気流に乗っている人のためのものではなく、その他の、もっと弱い人、何かを抱え込んでるの人のためのものなのだ。それが他人から見てどんな些細なことであれ。
春樹は、エリ(クロ)にこうも言わせている。「いいじゃない。空っぽだって。思わず誰かが何かを入れたくなるような、好感の持てる器になればいい」と。このセリフは、なかなか気が利いている。

もうひとつ気になっていたのが、「巡礼」というキーワードだったが、これはF.リストのピアノ曲のタイトルのことだった。
こないだはヤナーチェクで、今度はリスト。やれ、やれ。

いかにも春樹らしいが、これは文字通りの「巡礼」の意味をも持たせている。感じたのは、"つくる”の高校時代という"楽園"に対する強い郷愁と愛着である。ただ、いつまでもその”失われた楽園”にしがみついてはいられない。"つくる”はそれが「既に失われている」という事実と向き合うことで、閉じこもっている殻から出ようとするのだ。

こういう平明なメッセージは、ニート的生き方に甘んじている若者層に、何かダイレクトに感じさせるのではないかとも思ったのだった。


色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年
文藝春秋 (2013/4/12)
村上 春樹

詳細をみる





ノルウェイの森 文庫 全2巻 完結セット (講談社文庫)
講談社 (2012/3/13)
村上 春樹

詳細をみる





関連記事

category: 文芸

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 村上春樹  新作  フィンランド   
2013/05/17 Fri. 17:02 [edit]   TB: 0 | CM: 4

go page top

この記事に対するコメント

Re:仏教観

コメント、ありがとうござます。

つくると沙羅は、果たしてどうなるんでしょうねぇ?

ところで、私はこの小説に「仏教観」を感じることはできなかったのです。
ドフトエフスキーがキリスト教的価値観に落とし込むのに成功したように、仏教的なものに落とし込むことに成功すれば、ノーベル文学賞が見えてくるという意見には賛成です。が、まだそこに向かっているとも思えず...。
ですので、「沙羅」という名前自体も、saraとタイプして変換し一番最初に出てくる漢字をそのまま使ったのかなぁなどと思ってました(笑)

Spenth@ #- | URL | 2013/06/03 Mon. 14:31 * edit *

作と沙羅は、結婚できるでしょうか?
仏教観からみると、つくるは、前日の夜に夢で悟り(ピアノを演奏)しています。沙羅は沙羅双樹に通じております。悟りを開いた仏陀は、沙羅双樹の下で涅槃(亡くなって)に入っています。よって、結婚できなければ死ぬというつくるは、やはり沙羅の下で死を賜るのではないでしょうか。

#- | URL | 2013/06/01 Sat. 09:42 * edit *

Re: 1Q84はいいねえ~

アラフォーおやじさんも、ノルウェイは「うぇ〜〜〜〜!」でしたか(笑)
ま、あれよりはマシですよね。

妄想系はやっぱり『海辺のカフカ』かなぁ。
ジョニーウォーカーとか、ナカタさんとか、キャラも濃くわけわからなくて、妄想に乗っかって楽しめます。

思うに、同じわけわからん系でも、ボラーニョは、春樹路線とは真逆なのかもしれないですね。
あの『2666』の犯罪の部とかは、ただ新聞記事のように事実の羅列をしてるでしょう?あれは名もなき被害者に、敢えて名前と個性を与えてる行為なんですよね。
ボラーニョの世界はボラーニョなりのやり方で、現実とリアルに繋がってる。
一見似てるようで、両者は全く反対のベクトルを持ってるというか。春樹の妄想系は、内側からの心理世界の視点だけど、ボラーニョのは、外からの超マクロ的視点と、ミクロ的視点の混在なんですよ。
ちょっと自分でも何言ってるか分からなくなるんですが..。

そうそう、『スケアクロウ』読みました!
コナリー御大は、ちょっと働き過ぎなのかな?
悪くはないけど、立ち位置的に、ディーヴァーみたいに思いっきりエンタメに転ぶわけにもいかず、かといって「描き上げる系」に徹するわけにもいかずというジレンマが...。


> 話し変わるけど、今読んでる『隠し絵の囚人』ロバート・ゴダード
> 中々いいよ~久々のヒット!!

おー!私も『隠し絵〜』読もうと思ってました。さすがはアラフォーおやじさん!
これもキテるらしいですね。タイトルからして魅力があるもの。

新参ドイツものの『コリーニ事件』とか、『白雪姫には死んでもらう』とかも楽しみだけど、
大御所の新作、M・ウォルターズの『遮断地区』、J.アーチャーの『時のみぞ知る』も楽しみで、今年は意外に豊作かも!
もう、最近はテニス観戦(テレビだけど)と寝不足との闘いです(笑)

> 次 お奨めのデニス・ルヘイン『運命の日』読ませていただきます。
ルヘイン、えかったですよ。もうこの二冊で、ひれ伏しました(笑)
もしも、万が一、『運命〜』おが口にあわなくても、是非是非『夜に生きる』には行っちゃってください。

Spenth@ #- | URL | 2013/05/17 Fri. 21:06 * edit *

1Q84はいいねえ~

まだ、若かりし頃『ノルウェーの森』を半分も読まずに
『ウェ~~寒~ッ』となり、完読することなく、以来
村上春樹には触ることがなかったのですが

つい先日、『色彩を持たない多崎・・・』が出版されたのを機会に
ちょっと読んで見たれと思い
1Q84を初めて読んでみました。

amazonレビューでは酷評されてたけど

いや~以外にいいねえ、テンポ良く読みやすいし
妄想具合が
何だかロベルト・ボラニョー+フィリップ・K・ディック少し宮崎駿
『2666』ほど支離滅裂でないし
ボラーニョより読みやすく、こういう妄想は好みのジャンルですは

でも、100万部売るような本ではないと思うけどな
名前がブランド化?して一人歩きしてる感じだよね

次、村上春樹を読むとしたらやはり『海辺のカフカ』辺りがお勧めですか?

話し変わるけど、今読んでる『隠し絵の囚人』ロバート・ゴダード
中々いいよ~久々のヒット!!

次 お奨めのデニス・ルヘイン『運命の日』読ませていただきます。

アラフォーおやじ #- | URL | 2013/05/17 Fri. 19:55 * edit *

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://spenth.blog111.fc2.com/tb.php/275-5cda16c1
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top