Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

04« 2017 / 05 »06
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31.

遮断地区 / ミネット・ウォルターズ 

当初、『消えゆくものへの怒り』のレビューを書くつもりだったが、読み終わったばっかりの本書『遮断地区 』がブラボーだったので、こちらを先に。

Minette Waltersミネット・ウォルターズといえば、90年代半ばの「このミス」常連だ。懐かしいなぁ!と思われる方も多いのではないだろうか。『氷の家 』『女彫刻家 』『鉄の枷 』までは読んだが、本書まで随分とご無沙汰だった。そういや、『女彫刻家』はすごかった。どうして"東西ミステリー100"のアンケートの時、思い出さなかったんだろうか。
ところで、私は『女彫刻家』を単行本で読んだので、文庫巻末の野崎六助氏の「ミネット・ウォーター論」なる解説は読んでないのだが、これが解説とは名ばかりの、かなりネガティブな内容らしい。解説だからといって、なにがなんでも提灯記事でなければならないということもないが、わざわざ嫌いな作家の作品解説を引き受けた人もさることながら、それを依頼し掲載した東京創元社もどんだけ!!!(笑)
しかし、彼がどれだけ「わしはウォルターズなんて認めないかんね!」と騒ごうとも、彼女が、上記にあげたデビューからの三作品でゴールド・ダガーやエドガー賞といったミステリの主要な賞をさっくりと勝ち取ってしまった作家であるその事実は否定しようがない。

彼女はCWAにノミネートの常連さんなのだが、本書を読みおわった時、なんでこの『遮断地区』(ー原題:The Acid Row)がゴールドダガーを獲れなかったのか、首をかしげてしまった。
「現代英国ミステリの女王の新境地にして最高傑作」という帯のキャッチに異議はない。
年末の「このミス海外編」は、ルヘインの『夜に生きる』と本書とのトップ争いになるだろう。

low income housingさて、タイトルになっている『遮断地区』とは何か。
それは英国ハンプシャー州にあるバンシデール団地で、2001年の夏に起こった状況を指しているのだという。バンシデール団地の蔑称は、アシッド・ロウだ。acidは、LSDの、とか酸っぱいなどの意味だが、アシッド・ロウとは、文字通り教育程度の低い、ドラッグが蔓延し争いが日常茶飯事の、饐えた掃き溜めのような場所という意味であるという。
そしてこの掃き溜めは、構造的にも社会から疎外されている。隣接しているのは牧場だが、隣り合う道路は全てブロック塀がはりめぐらされて袋小路になっており、団地内部も通り抜けができるのは僅か二つの道路だけなのだ。
バンシデール団地は、当初こそ善意によって造られはしたが、今では社会から疎外された人々の収容所と化していた。
細々とした年金で暮らす見捨てられた老人たち、生活保護に頼るシングルマザーと父親のない子供たち、ヤクや売春の斡旋に手を染める怒れる若者たちだ。
定年を間近に控えた巡回保健婦のフェイは、新入りの医師に担当を外されていらだっていた。彼女には夫も子供もおらず仕事しかないのに…。そして、それもまもなく終わるというのに…。フェイは腹立ちまぎれに嫌みのひとつでも言ってやろうとアシッド・ロウを訪れるが、と腹ボテの妊婦メラニーに、「子育ての何を知ってるというの?あんたの子はどこ?」と言われて、プツンと切れてしまう。「この通りにはあなたの娘を飴玉で釣ってまんまと連れて行きかねない小児性愛者が住んでいるのよ!」決して口外してはならないことだった。
メラニーは、10代にして二人の子供を持ち、今またお腹に7ヶ月の胎児を身ごもっている生活保護受給者だ。彼女は低脳の尻軽なあばずれだが、フェイが思っているよりも遙かに立派な子供を愛する母親だったのだ。
同じ頃、近くのポーティスフィールド団地で、エイミーという10歳の少女が行方不明になる。エイミーは、黒い車で連れ去られたらしい。小児性愛者の裁判のニュースにより、折から「小児性愛者を排斥せよ」の声は高まっていた。しかし、エイミー失踪事件は、それを"熱狂のレベル"に引き上げてしまったのだった。
メラニーとその母親は、最近近所に越してきた怪しい男二人が、ポーティスフィールドから来たことを知り憤る。「そいつらが、きっと小児性愛者よ!」
父親とともに越してきたその男、ミーローシュ・ゼロウスキーは確かに小児性愛者だった。ただ小児性愛者は小児性愛者でも、彼は害を及ぼす危険はなかったのだ…
同じ公営団地でも、ポーティスフィールドは上昇志向のある人たちのモダンな団地で、バンシデールは、底辺がくすぶるゲットーだとみなされている。ポーティスフィールドの住人は苦情を訴えるだけで彼を追い払えたが、自分たちはもっと警察を突き上げなくては。メラニーたちは、抗議デモを計画する。
riots.jpgしかし、デモが事前に警察に知らされることはなく、季節は暑く、群衆は苛立ち統制を欠いていた。LSDでラリった若者たちは暴走を始め、通りにはバリケードが築かれ、火炎瓶が飛び交う物騒な暴動に発展して…


バンシデール団地での阿鼻叫喚の暴動と、ポーティスフィールドで起きたエイミー失踪事件は同時進行で進んでいく。
一方は底辺のゲットーで起こる混乱と破壊の裏で繰り広げられる救出劇、もう一方は、少女失踪事件をめぐって、中流(日本でいえば上流)家庭の欠陥の暴露劇である。共通するキーワードは、小児性愛と虐待だ。

小児性愛者〜ペドファイルの多くは、ペドファイル自体が幼少期に親から虐待されていると言われている。それがペドファイルになる原因になっているのだが、ウォルターズは、それを巧みに物語りに取り入れ活かしている。
また、人々は子供に害をなすのは、サディスティックな他人だと思いたがるが、実際に子供が命を落とすのは、圧倒的に実の親や保護者によってだという。
悲劇の多くは、赤の他人がもたらす脅威によって外で起きるのではなく、家庭内で起こるのだ。そしてそれは、階級や父親の職業とは関係がない。

ただ、この物語には鬱々とさせるものばかりでなく、気持ちを上向かせる話も盛り込まれている。それは、低脳で尻軽だと思われていたメラニーの愛情の深さだ。
悪いことをしても「あの子はそんなつもりじゃなかったのよ」で許されてしまうメラニーの弟のやんちゃぶりに、業を煮やしたメラニーの恋人ジミーはメラニーに反駁するのだが、彼女は彼にこういうのだ。
「でも、叩かれたってあなたは盗みはやめなかったんでしょ?反逆児というものは、愛されててもそうでなくても、反逆児であることに変わりはないの。でも、違いは、もし愛されていたらいつでも迎えてくれる場所があるってことなのよ。」
階級や経済力、人種などを問わず、”いつでも迎えてくれる場所がある”ということは、多分考えている以上にものすごく大きいことなのだ。



遮断地区 (創元推理文庫)

ミネット・ウォルターズ (著), 成川 裕子 (翻訳)
東京創元社 (2013/2/27)
詳細をみる




女彫刻家 (創元推理文庫)

ミネット ウォルターズ (著), 成川 裕子 (翻訳)
東京創元社 (2000/08)
詳細をみる




関連記事

category: クライム・警察・探偵・リーガル

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  ミネットウォルター    小児性愛  このミス 
2013/05/25 Sat. 15:04 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://spenth.blog111.fc2.com/tb.php/277-14fb1625
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top