Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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消えゆくものへの怒り / ベッキー・マスターマン 

Becky-Masterman.jpg「老女が主人公のミステリなど、誰が読みたいって言うんだ?」本書はこういって多くの編集者に出版を拒否されたのだという。現実はもちろん、殊、フィクションの世界においては、皆、老いた女になどに興味はない。人生、セックス、トラウマ、人間関係...
楽しいことだけを求めて空想するのであれば、そりゃ若い女のそれのほうがいいに決まっている。
しかし、老いた女にも人生があり、仕事があり、後悔があり、ストーリーがあるのだ。男や若い女にだけに許されるものでもない。
タイトルの「消えゆくものへの怒り〜原題:Rage Against the Dying」というのは、ディラン・トマスの詩、「Do Not Go Gentle Into That Good Night」の一節からきているのだという。トマスの代表作ともいえるこの詩は、死に直面している病床の父親をうたった激しいものだ。
この、「大人しく心地よい夜に流されてはいけない、老齢は日暮れにこそ燃えさかり荒れ狂うべきだ」、という詩が含むものは、怒れる老女たる本書の主人公ブリジッドにまさしく当てはまる。なぜなら、彼女にもやり残したことがあるのだから。それが「怒り」の原動力で、その燃えさかる火こそが、生命だからだ。
娯楽小説のタブーをものともせず、本書はニューヨーク・タイムズなどの高級紙からも賞賛を得ている。

さて、主人公のブリジット・クインは、59歳の元FBIの囮捜査官だ。7年前に退職し、夫のカルロと共に平穏に暮らしている彼女のもとに、ある日「ルート66連続殺人」の犯人が捕まったとの知らせがもたらされる。
「ルート66連続殺人」は、ブリジッドにとってこれ以上ないほど悔いの残る事件だった。
その事件は13年前に始まった。ルート66と呼ばれる州道沿いに、ボロ雑巾のように全裸女性の遺体が遺棄されたのだ。被害者は、毎年夏に一人ずつで皆20歳前後の若い女性だった。その手口は特徴的で、逃げられないようアキレス腱を切断された後、レイプされ、ゆっくりと首を絞めて殺害されていた。そして、記念品として右耳を切り取り持ち去るのだ。
ブリジッドは、囮になるには歳をとりすぎていた。そのため、新人のジェシカを自ら訓練して送り込んだのだった。しかし、ジェシカは捜査中行方不明になってしまう。ジェシカの失踪を最後に、犯行はピタリとやんだ。捜査は暗礁に乗り上げ、長く未解決のままとなっていたのだった。
ジェシカの父親のザックの悲しみは深かった。腕のいい歯医者だったザックは、酒に溺れ、それが一層ブリジッドの重荷になっていたのだ。
tucson road捕まったフロイド・リンチは、ジェシカの遺体の場所を教える代わりに、死刑を回避するよう「取引」を持ちかけてきた。フロイドが言う場所でジェシカの遺体は見つかったが、担当のローラ・コールマン捜査官は、真犯人は他にいるのではないか、という疑念を打ち消せずにいた。フロイドが犯人であるとする根拠は、自白と、犯人しか知り得ない右耳のことを知っていたからだ。当時マスコミには、記念品の情報を公開していなかった。
だが、彼は肝心の記念品が今どこにあるかについて、答えることができなかったのだ。
そんな折り、ブリジッドは老女を狙った連続レイプ犯に出くわし、ヴァンに載せられてしまうのだが…

ブリジッドは、そのキャリアのなかで幾人もの女性を演じてきた。囮捜査官としての人生が、秘密を守ることと嘘をつくことを習癖にしてしまっている。夫にも本当の自分を打ち明けることはできないし、本当の自分が何だったのかさえわからなくもなっていた。幸福な結婚生活のために、これまでの猛々しい人生を封印し、理想の妻になろうと努めているが、同時にそれが壊れてしまうことを常に恐れてもいる。
このブリジッドの複雑で、自己矛盾したキャラクターが人間臭くていい。本書はそんなブリジッドが、心残りだった事件を通じて、アイデンティティと人生を再構築する物語なのだ。
ところで、著者の ベッキー・マスターマンは、犯罪捜査医学書の編集者であるらしい。捜査の証拠についてのディテールは正確で、細やかなのは、そのためなのだろう。



ディラン・トマス自身による「Do Not Go Gentle Into That Good Night」の朗読です。


消えゆくものへの怒り〔ハヤカワ・ミステリ文庫〕
ベッキー・マスターマン (著), 嵯峨静江 (翻訳)
早川書房 (2012/12/7)

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category: クライム・警察・探偵・リーガル

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  早川書房  サイコディラン・トマス  老女 
2013/05/28 Tue. 16:23 [edit]   TB: 0 | CM: 3

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この記事に対するコメント

Do Not Go Gentle Into That Good Night

Spenthさん、お返事ありがとうございました。

Do Not Go Gentle Into That Good Night
この作品のメッセージをテーマにした映画に出会いました。

Rails &Ties (レールズ&タイズ)

末期がんに侵された女性がこの詩の一節を詠みます。映画のストーリ事体が、まさにこのディラン・トマスの詩のメッセージを表現しているようでした。やっとこの詩の意味が分かってきたような気がします。

「消えゆくものへの怒り〜原題:Rage Against the Dying」は、図書館に予約しました。楽しみです。

ETCマンツーマン英会話 #hfCY9RgE | URL | 2013/10/08 Tue. 17:47 * edit *

Re: 「Do Not Go Gentle Into That Good Night」

コメントありがとうございます。

Spenth@ #- | URL | 2013/09/03 Tue. 15:53 * edit *

「Do Not Go Gentle Into That Good Night」

「Do Not Go Gentle Into That Good Night」を調べていて、こちらに辿りつきました。

>「消えゆくものへの怒り〜原題:Rage Against the Dying」

こんな作品があったのですね。ちょっと内容が恐そうですが、読んでみたいと思いました。ディラントーマスの詩のメッセージにも少し近づけるような気がしました。

ETCマンツーマン英会話 #hfCY9RgE | URL | 2013/09/03 Tue. 11:23 * edit *

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