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読書日記、ときどき食日記

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さむけ / ロス・マクドナルド 

チャンドラーの後継と評される通称ロスマクの傑作にして代表作「さむけ」が今月の読書会の課題本なのである。

ただいま全仏オープンテニス熱狂中で寝不足だが、もう読書会は今週末に迫っている。
ナダルのギアも上がってきたことだし、私も本書とついでに『ウィチャリー家の女』 の二冊を読んでみた。

いや、ロスマクいいですねぇ。複雑かつ無駄のないプロットといい、サプライズエンディングといい、ハードボイルドの体裁をとりつつも、本格より本格じゃないか。
もし好みが割れるとしたら、それは遊戯性に全く頼っていないせいかもしれない。いわゆる娯楽小説はあくまで娯楽小説たるべきという時代にあって、エンタメ性が廃されている。
リュウ・アーチャーは青い瞳に黒い髪の「痩せた狼のような」、いうなればそう悪くない男なのに、ベッドシーンはおろか、女っ気もない。マーロウが動ならば、アーチャーは静といった真逆の趣か。二作ともストーリーは暗く、テーマは陰惨で救いがない。でも、そこがまたいいのだ。
中年と言われる年齢の女としては、特に「さむけ」にはぐっとくるものがある。

Blood and gun主人公のリュウ・アーチャーは、は元警官でバツイチの長身の私立探偵だ。
さて、ことの始まりはアレックス・キンケイドという青年だった。
彼の依頼は、三週間前、新婚旅行の最中に失踪した妻ドリーを見つけ出してほしいというものだった。ドリーの元へ怪しい男が尋ねてきた直後、彼女は姿を消したのだという。
アーチャーは早速、調査にとりかかり、ほどなくしてドリーの居場所は見つかる。彼女は偽名で大学に通っていたのだった。彼女は、その大学の補導部長ブラッドショーの母親の運転手としてアルバイトをし、その邸の門番小屋に暮らしていた。アーチャーはアレックスの元に戻るよう説得するが、彼女は頑としてそれを拒む。
ドリーが夫の元を離れる直接の原因となった怪しい男は、実はドリーの父親だった。彼は殺人の罪で服役しており、ごく最近出所したばかりだったのだ。彼は無罪を主張したが、幼いドリーの証言によって陪審は有罪を下したのだった。
アーチャーが再びドリーに会った時、彼女は混乱の最中にいた。ブラウスが裂け片方の乳房は露出し、髪はふり乱れていた。そして困惑するアレックスの胸を叩く彼女のその手には血がべっとりとついている。「みんな私のせい。私の父は悪魔で、私もそうなの。ヘレンが死んだのは私のせいなのよ!」
ヘレンとはアーチャーがブラッドショーの元に行った時、近寄ってきた女だった。ブラッドショーと同じカレッジの教師で、ドリーのことで知っていることがあると彼を誘ってきたのだ。その時、確かに彼女は脅迫されていると言って脅えていた。
アーチャーが急いでヘレンの家にいってみると、果たして彼女は額を打ち抜かれ血だまりの中に死んでいて…


ドリーの父親がおかしたとされる過去の殺人と、ヘレンの殺人、それにヘレンの故郷ブリッジトンで起きた殺人が繋がるとき、その驚愕の真相が明らかになる。
再読してみると、いたるところに伏線らしきものが見つかり、やられた〜という思いがひとしお。
淡々とした語りと、アーチャーの静かなキャラクターが、「さむけ」の、ゾッとさせる異常性を際立てる。


↓ 注意!ここからややねたばれありです。





Ross Macdonald気になったのは、ロスマク自身の女性観みたいなものだった。
チャンドラーの後継といわれるロスマクだが、作家自身の育ちはもちろん、精神性、特に女性観は真逆なのではないかとふと思ったのだ。

少し話は逸れるが、何年か前NHKBSで「偉大なるミステリー作家たち」というシリーズ番組で、チャンドラーをやっていたのを思い出した。
25歳の時、チャンドラーはシシーに出逢い一目惚れをする。上品な所作に、優雅で女性らしい20年代のファッション、そして美しく印象的な矢車菊の瞳。だが、このとき彼女はピアニストのジュリアン・パスカルの妻だったのだ。二人は恋に落ち、チャンドラー32歳の時に、シシーはようやくジュリアンと離婚するのだが、二人の結婚はチャンドラーの母の猛反対にあってしまう。結局、結婚できたのは母親が亡くなった後で、二人が知り合ってから実に10年の月日がたっていた。この時チャンドラー35歳。シシーは彼より8歳年上だと偽っていたが、実は18歳年上の53歳!だったのだ。(どんだけサバ読むんじゃ?)
チャンドラーはそれから仕事に打ち込み、石油会社の重役にまで登り詰める。だが、あるときシシーの本当の年齢を知ってしまうのだった。子供ができないのはそのせいだったのか!怒りと落胆から彼は飲酒と不倫に走り、やがて仕事も失ってしまった。だが、シシーはそんな彼を責めることなく、立ち直るのを静かに見守る。シシーにはそれだけの精神的ゆとりがあったのだ。そして、失業したチャンドラーがやり始めたのが、小説を書くことだった。そこからのチャンドラーの快進撃は言うまでもないだろう。
cornflower1.jpgチャンドラーの妻シシーは、チャンドラーよりも18歳年上だった。これ、なんだか『さむけ』の設定と似てない?と思ってしまうのは私だけだろうか(笑)
けれども、二つの恋の顛末は180度違うのだ。

『さむけ 』のブラッドショーは、ティッシが老いその美しさを失ってしまったことを嘆き、若い女に恋をする。女の私がいうのも何だが、それはよくあるいわば生物的反応だ。
そして女性がそれに過剰反応してしまうのも仕方がない。昔あった”小柳ルミ子と大澄賢也の離婚するんだったら1億円払え騒動”を例にあげるまでもないだろう。この小説の恐ろしさは、この異常な狂気が、我々とは全く無縁な異常性だと言い切れないことにある。
チャンドラーという人はシシーを愛し続けたのだ。実際にシシーが亡くなった時チャンドラーはこう言っている。「30年にわたり、彼女は私の心臓の鼓動でした。」と。
「さむけ」の解説者も書いている権田萬治氏もいうように、チャンドラーはフィリップ・マーロウを、"ロマンチックな男"として描いている。チャンドラーはある部分マーロウの分身でもあるのだ。男性はもちろん女性読者がマーロウに惹かれるのは、チャンドラーのシシーへの思いのようなものがマーロウを通して肌に感じられるからだろうと思う。

一方、リュウ・アーチャーに漂うのは諦観なのである。そしてアーチャーが対峙する世界は、罪深く、陰惨で救いがない。彼は現実的で幸福とは言いがたい世界にいて、ただ淡々とそれに対峙する。
トム・ノーランによるロスマクの伝記には、幼少期すんでのところで児童福祉施設におくられるとこだったとか、同じ作家の妻マーガレット・ミラーとの結婚生活は円満ではなかったといった事実が明らかにされているが、そういったこともアーチャーのあの諦観に影響しているのかもしれないと思う。


さむけ (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-4)
ロス・マクドナルド (著), 小笠原 豊樹 (翻訳)
早川書房 (1976/09)


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ウィチャリー家の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫 8-1)
ロス・マクドナルド (著), 小笠原 豊樹 (翻訳)
早川書房 (1976/04)

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category: スパイ・冒険・ハードボイルド

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  早川書房  読書会  ハードボイルド 
2013/06/06 Thu. 21:59 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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