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読書日記、ときどき食日記

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美術品はなぜ盗まれるのか  〜ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い/ サンディ・ネアン 

ぎゃーーん、ウィンブルドンでナダルが初戦敗退してしまった!!!
しかもストレート負けとか…
本人もかなりショックだろうし、私もショック…
膝の状態しろ気持ちにしろ、取り戻すのは簡単じゃないだろうなぁ...。


「とり戻す」繋がりではないが、今日は『美術品はなぜ盗まれるのか: ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い』なのである。

絵画窃盗は海外では後をたたない。しかも、リスクを犯して美術品を盗んでも、それを闇で売りさばくのは難しい。
その絵画が有名であればあるほど、その絵画の価格が高ければ高いほどそれは困難なのだ。買い手のリスクが大きすぎる。盗品と知っていて入手した場合、大枚をはたいても、それは犯罪行為に過ぎず所有権は認められないからだ。
美術品窃盗の目的が金銭であるとすれば、そのリスクの割にリターンは大きくはない。なのになぜ、美術品窃盗は後を絶たないのか、その真実に迫る一冊である。

Light and Colour 1994年、イギリスのテート・ギャラリー(現テート)から、ドイツの美術館に貸し出されていた、J・M・W・ターナーの絵画二点が盗難にあってしまう。これは、史上最大規模の美術品盗難の一つとなった。
本書の著者は、当時テートサイドでその盗難事件の担当者として最前線に立ち、保険会社の損害査定人やロンドン警視庁とやり取りをし、実に8年半にもわたる交渉の末に当該絵画を取り戻すことに成功したサンディ・ネアン氏その人なのである。
二部構成になっており、前半はそのターナー奪還までのドキュメンタリー的手記で、後半は「美術品はなぜ盗まれるのか」という考察になっている。


Shadeanddarkness.jpg
W・ターナーは、英国を代表する風景画家だ。かの夏目漱石も好きだったとのことで、『坊ちゃん』で赤シャツが、瀬戸内で見つけた島をターナー島と名付けたことでも有名である。
テートが盗難にあったのは、「光と色彩」と「影と闇」という二作品で、画家自身が最後まで誰にも売らずに大切にしており、"死後に複雑で要求の多い遺言"に基づいて寄贈されたという曰く付きのお宝だった。
その二点にかけられていた保険は、2400万ポンド、日本円(当時)にして約37億円!だった。

盗難から時を経ずして情報提供者だと名乗る人物から、テートにコンタクトがある。自分は二枚の絵に"アクセス"することができ、取り戻したいのなら3万ポンド(470万円)で協力するというものだった。情報提供料といいつつも、それは「身代金」の要求だろう。
だが、ターナー本来の価値からしたら少額すぎた。この情報提供者は絵画の価値が分かっていないのだろうか…?テート関係者と、ロンドン警視庁、損害査定人たちは、その謎の情報提供者に翻弄されることになる。
”情報提供者”との駆け引きは、大金持ちの子供の誘拐の交渉と酷似していた。つまり、犯人逮捕を優先するのか、人質(この場合は絵画)を無事取り戻すことを優先させるのか。
損害保険会社の査定人は差し詰め、「誘拐交渉人」といっていい。彼らの目的は、まず絵画それ自体の奪還であり、犯人逮捕ではないのだ。それに引き換え、警察の目的は犯人逮捕なのである。
もしも子供が誘拐されたら、犯罪者と取引することという禁を犯してでも親は子供の安全な帰還を望むものだ。テートの学芸員である著者も、英国の国宝である作品をなんとしてでも取り戻さなければならないという使命と、他方情報提供料と称金銭の支払いや、警察と査定人の優先順位の違い、持つべき倫理観について悩むことになる。

テートが出した結論は、法的には問題ないものの、倫理的にはいわばグレーの領域であったかもしれない。それがゆえに、美術品窃盗の問題について深く考えさせるものになっている。

The Thomas Crown Affair 単純に金銭が目的だとすれば、美術品窃盗はリスクの割にリターンはそれほど大きくない。
確かに大抵の銀行強盗よりもイージーだという見方もあるだろう。銀行の金庫を襲うよりも、壁にかかっている絵画を狙う方がまだ楽だし、現金はかさばるが、モナリザのような絵はコンパクトだからだ。

一方で、金銭のみが目的ではないケースもあるだろう。ひとつは、美術品そのものが目的の場合がそれだ。ガウン姿でブランデーを回している謎の大富豪が、盗難をオーダーして盗ませたりするケースである。また、その目的が有名な美術品を盗むというロマンに基づくケースも考えられる。
著名な損害査定人は、前者のガウン姿の美術愛好家の大富豪の存在を否定する。が、犯罪者自身が、後者のケースのように自らをアンチ・ヒーロー的に思い込むケースはなくはない。これについては、映画、小説といったある一部のフィクションの世界の影響が大きいと著者はいう。

フィクションの世界では、アンチ・ヒーローものや、犯罪者を英雄視するものも珍しくはない。かのアーサー・コナン・ドイルは、義弟のE・W・ホーナングの義賊ラッフルズ・シリーズに対して、「犯罪者を英雄にすべきではないよ」と助言したという逸話が残されている。しかし、この助言に逆らうかのように、ラッフルズ・シリーズはその後大きく展開し、映像化され、それは大衆のイマジネーションの中で成長していった。
確かに我々の中には美術品窃盗という犯罪に、ファンタジーを求めたいという願望といってよいものすらあるのだ。だが、これが、実は犯罪者を助長させているのだと著者は指摘する。そしてこの我々に蔓延している"風潮”に対する苦言こそが、本書の目的なのではないだろうか。

大富豪がゲーム感覚でモネの絵画を盗むという設定の「トーマス・クラウン・アフェアー」(1999)のような映画が与えたある種の"格好良さ”のようなもの”を覚えている方も多いのではないか。この映画の撮影には、いかなる美術館の認可、後援、許可も得られなかったという。

結局のところ、現実世界の美術品窃盗は、紳士泥棒といったものではなく、ブルーカラー的仕事に過ぎない。しかも盗まれた美術品は、薄汚い裏社会における違法取引の通貨や担保になっているという事実を忘れるべきではないと締めくくっている。


美術品はなぜ盗まれるのか: ターナーを取り戻した学芸員の静かな闘い
サンディ ネアン (著), 中山 ゆかり (翻訳)
白水社 (2013/2/15)


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category: ノンフィクション・新書

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: ノンフィクション  美術品  ターナー  ナダル 
2013/06/25 Tue. 18:10 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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