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読書日記、ときどき食日記

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チャイルド・オブ・ゴッド / コーマック・マッカーシー 

cormac maccarthy今年一番インパクトがある本かも!

本書は1960年代に実際に起きた事件をもとに書かれたフィクションであるという。
驚くべきはは、これが書かれたのが1973年であることだ。キリスト教的倫理感が今よりずっと根づいていた当時にあっては、衝撃だっただろう。

舞台は60年代のアメリカ南部、テネシー州東部のヒルビリー(山間民族の蔑称)の集落。主人公のレスター・バラードは集落のつまはじき者だ。育った環境は劣悪そのもので、父親は彼が9歳か10歳のころに自殺し、母親は男と駆け落ちをしていなくなった。ある者がいうには、そのころから"変になった”らしい。
元々粗暴であり人に対しても不器用なことから周囲に疎まれていたが、家を差し押さえによる競売で失い、打ち捨てられた小屋に越して以降は完全に孤立してしまっている。
ある時、バラードは車の中で死んでいる若い男女を発見する。それが第一の契機だった。二人は半裸の状態でコトに至っている最中に死んだらしい。彼は女を屍姦した上で小屋に持ち帰り、"共同生活"を始める。女のために洋服と下穿きを買い込み、口紅を塗ってやり、夜は裸で添い寝するのだ。しかし、その生活は朽ちかけた暖炉の火が小屋を焼き尽くすことで終わってしまう。女を失い、彼は再び孤独の荒野に放り出される。
二度目の契機だった。彼の、かろうじて保たれていた細い糸はそこで切れてしまうのだ。山の洞窟に移り住んだ彼は、奇行に拍車がかかり、次第に殺人に手を染めていくのだった…

Appalachian Mountains軽々しく「犯罪小説」などとは呼びたくない。
あらすじだけみると禍々しく凶悪な犯罪小説にみえるが、ここには詩的な美しさと、得がたい生命の力があり、それらは時に読み手を破壊しかねないほど苛烈にもなる。
訳者はこれを「生命肯定感」と表現している。私が感じたものはおそらくはこれと同じ類いのものだと思う。喩えが適切か心配だが、それは女性が、雌が、自分の命と引きかけても子供を産もうとするような、本能が持つ強さ、パワーに似ている。
バラードの心情の吐露や内面描写といったものは一切ない。感情は完全に排除され、ただ淡々と、それこそ「昆虫や動物を観察するがごとく」描かれ、それが逆に物語を引き立てる。
またマッカーシーの訳として定着した感のある”句読点のない文章”は物語に詩情を与え、精選された美しい言葉は自然を映す。

ところで人間の脳は三層構造になっていて、一番外側の新しい層が人間らしさを司る部分で、その中心部は原始的な脳であると聞いたことがある。
人間性とは段階的に失われるのだ。一つ失うごとに、一つ原始に戻る。最後の最後に残ったのが、爬虫類の脳、本能だったのではないか。最後の住処が赤い粘度質の洞窟だったというのも、ビジュアルに訴えた。
彼岸では、もはや善悪の区別など意味がない。ただ、ただ、本能による力だけが存在し、人は将来悪いものなのなのか、良いものなのか、などといった問いを嘲笑する。彼は、喩えるなら口を真っ赤にして兎の肉を食らうキツネのようなものだ。そのキツネに罪悪を問うて何になろうか。

恐ろしいのは、屍姦のシーンでもなければ殺人の場面でもない。バラードのことを冒頭、「おそらくあなたによく似た神の子だ」と言った著者のその言葉が頭に谺したことだ。


チャイルド・オブ・ゴッド
コーマック・マッカーシー (著), 黒原 敏行 (翻訳)
早川書房 (2013/7/10)


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category: 文芸

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 早川書房  映画化   
2013/10/28 Mon. 20:53 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

Re: ヒトはケモノ・・

naoさん、こんにちは。

>「犯罪小説」などとは呼びたくない・・という部分に共感(!)であります。
そうなんですよね。
でも、「犯罪小説」のカテゴリーにしちゃって「このミス」なんかにも登場しちゃったりするんでしょうねぇ...。

文学界的には今はこういうトレンドではない感じですが、彼もいい加減もういい歳だし、ノーベル賞をもらってもおつりがくるくらいですよね。
春樹さんも頑張って良い作品を書かないと、ますます遠のくなぁ...。

>だれもこうした獣(獣性)をかくしている?
そうそう、獣性!
バラードから感じたのは、まさしくそれでした。
最初は確かに知恵おくれの子供に小鳥を持っていってやったり、孤独のあまり死体と暮らすような"人間性”があるんですよね。
それが段階的に、しかも暴力的ともいえる不幸によってはぎ取られ、最後には獣そのものになる。
誰だって、状況次第ではそうなるのかもしれないですよね。
私たちは、その"獣性”を核に、その上にタマネギの薄皮みたいな"人間性”を羽織っているだけなんだから。
客観性を保った描き方と大自然の美しさとのコントラストで、なんだかBBCの動物もののドキュメンタリーみたいな雰囲気も感じました。でも、そのことが逆に迫力を持たせている。
なので個人的には、映画は、単純な「ザ・クライムもの」的仕上げにして欲しくない(笑)

naoさんもいいとおっしゃっていたけれど、読書会でも「すごく良かった!」と話題になっていたんですよ。
『HHhH』も私はすごく好きなのですが、インパクトからすればこっちかなぁ。
私はマッカーシーものは、ピュリーリツァー賞をとった「ザ・ロード」と「血と暴力の国」しか読んでないのですが、国境三部作も是非とも読みたいし、「悪の法則」もでましたしねぇ...。
お正月に読む本には困りませんね。

では、では〜

Spenth@ #- | URL | 2013/10/29 Tue. 17:55 * edit *

ヒトはケモノ・・


「犯罪小説」などとは呼びたくない・・という部分に共感(!)であります。

著者は本作の主人公に対して、人種の持つある種特性
(あるようなないような)を取っ払った、もっと根源的なヒトの姿を見出し、
それを生々しく描き出すのがねらいであると思いました(一般的な解釈)。
相対する者のない、孤立してはいるが自由な世界では、
悪(モラル)という意識は当然稀薄なものとなってしまう。
そうした場面、孤独がうむ人生の詠嘆<文学>、
それはそれで魅力でありますが、
その薄皮も剥がされたところでは、だれもこうした獣(獣性)をかくしている?
なので本作のそのあからさまな主人公の姿に、
自分などは人間らしさを認めました(ちと皮肉な読み方か?)。

「おそらくあなたによく似た神の子だ」と言った著者のその言葉が頭に谺することだ。
・・とSpenth@さんの指摘にもあるとおり、
著者は主人公を、周囲から見ると特異な人物に設定はしているけど、
実はヒトはみなそう違いのない陰惨ないきものと認識しているんでしょうなぁ。

「ブラッドメリディアン」凄かったです。
「血と暴力の国」「ザ・ロード」も秀作で、
映画も巧く作品世界の雰囲気作っておりました。
特に前者「ノーカントリー」は名作・・シガー、怖かった。
では!

nao #6gL8X1vM | URL | 2013/10/29 Tue. 15:36 * edit *

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