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読書日記、ときどき食日記

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時の娘 / ジョセフィン・テイ 

city holl本書は、今週末の読書会の課題本なのである。
テイ女史のおなじみのキャラクター、グラント警部のリチャード三世にかかる歴史ミステリだ。かなり前に読んだことがあるのだが、読書会を機に再読してみた。

リチャード三世といえば、真っ先に思い浮かべるのがシェイクスピアの戯曲だろう。学生時代、演劇をやっていた友人によくチケットを買わされたものだ。
せむしの醜男にして、冷酷で狡猾、王位を手にいれるために罪のない子供を殺害した簒奪者。リチャード三世にこのイメージを植えつけたのはシェイクスピアだけではない。聖トーマス・モアの史書においても稀代の極悪人として描かれている。
本当にリチャード三世は稀代の極悪人なのだろうか?実は、彼ほど評価の割れるイングランド国王もいないのだという。一部の歴史家が、シェークスピアの戯曲などに描かれる人物像を支持するのに対し、それは飽くまでフィクションに過ぎず、リチャード3世を戦いで殺害して王位に就いたヘンリー・チューダー(ヘンリー7世)が広めたものだと主張する歴史家もいる。シェイクスピアはチューダー王朝の下の劇作家なのだから、そうすべき事情があったのだというのだ。
いずれにしても、リチャード三世は英国君主史上もっとも興味をそそられる人物であることには間違いない。

後者の見解すなわちリチャード擁護論は盛りあがってきているが、その強力な後押しとなったのが、本書『時の娘』 であるだろう。

richardiiiroyalcollection.jpgさて、主人公は、スコットランド・ヤードのグラント警部だ。彼はは、怪我のため、退屈な入院生活を送っていた。そんなとき、偶然目にしたリチャード三世の肖像画をみて疑問を抱く。
リチャード三世といえば、せむしの醜男で、王位簒奪のために子供を殺した稀代の極悪人だということになっている。だが、グラント警部の目には、極悪人というよりも「良心的すぎる人物」にしか見えなかった。彼は人の顔を見抜く目には少なからぬ自信を持っていたのだ。ヤードでは彼は「犯人を顔で見分けられる」とまで言われているのだから。
この稀代の極悪人の顔を見まごうた、という事実は彼を悔しがらせる。が、それと同時にリチャード三世にまつわるミステリー、特にいかにして二人の甥を殺害したのか、ということに興味をひかれるのだった。二人の王子はリチャード三世に殺害されたというのが通説になっているが、経緯は依然として不明なままなのだ。
「時間はたっぷりある。ここはひとつ納得のいくまで調べてみよう。」
友人たちに資料探しを頼み、リチャード三世の素顔に迫るのだが…


これを読むに、テイ女史はリチャード三世の擁護論者(リカーディアン)だと言っていい。しかもかなりご熱心だったようだ。導きだされた結論は典型的なリカーディアンのもので、歴史オタクには新鮮味はないだろうが、一般の我々にとっては面白い。
本書は、英国ではもちろんのこと、日本でも古くは江戸川乱歩らが絶賛し、現代においても「東西ミステリー100」で39位を獲得している傑作である。当然どこのレビューでも賞賛されていることだろう。ゆえに、それを踏襲したところで何の面白味もない。全員一致で「面白かったね〜!」のみで終わる読書会ほど詰まらないものもないじゃないか。なので私はちょっと意地悪く斜めから眺めてみた。
まず、肖像画をみて「これは善人の顔だ」だという警部に、突っ込みたくなるのは私だけだろうか?しかもその肖像画は、リチャード三世没後の後世に描かれた模写の版画なのである。(模写にはいくつかバージョンがあるらしい)そこで触れることができるのは、リチャード三世と一度もまみえたことのない模倣画家の視点なのではないのだろうか。

さらに、本書で注目すべき点は「結局、誰が得をしたのか(キーボー)という探偵の視点で歴史をみる」ということだと言われるが、彼の視点は「歴史家の視点」とやらとそう変わらないのだ。そもそも擁護論は「誰が勝者か」に立脚している。さらに、リチャード三世にかかる謎で最も重要なのは、二人の王子殺害の真実だ。だが、その容疑者は絞り込めたものの、確固とした裏付けはなく、その他の多くのことも推測の域を出ないままなのだ。
確かにヘンリー7世には動機があり怪しい。だが、怪しいだけだ。リチャード三世にも、その動機がないと言い切ることまではできない。彼の前のめりな姿勢とは裏腹に、そもそも論に立ち返ってしまう。

いずれにせよ、「歴史とは"トニイパンディ"だ」。居合わせた一人一人がそれは作り話だと知っていても、否定せず黙って見守っているうちにその嘘っぱちは伝説に膨れ上がる。そしてその嘘っぱちは、史実をいつしか凌駕する。
ちょっと意地悪なことをいえば、リカーディアンの主張さえも"トニイパンディ"になる可能性を孕んでいるのではないか。
img_panel_1359651618.jpg
リカーディアンは、シェークスピアやモアがリチャード三世を「せむし」だと書いたことに反論反発していたが、昨年レスターの駐車場で発見されたリチャード三世の遺骨には、はっきりした脊椎湾曲症がみられた。
だからといって擁護論が信憑性を失うわけではないし、リチャード三世が善良な人物だということに何ら影響を及ぼすものでもない。

グラント警部や助手の「むくむく仔羊ちゃん」らの見解とは逆に、彼は自分が「せむし」だったからこそ、美丈夫な兄エドワード4世に忠実だったのかもしれないとも思う。けれどもここで大切なのは、リカーディアンが言うところのチューダーズの飼い犬たるシェイクスピアやトーマス・モアの書物のなかにも、真実が含まれていたということではないだろうか。

また、モアは自らの記したもののなかで、リチャード三世は、兄エドワードとクラレンス公ジョージが、胤違いの庶子であり正統な王位継承者は自分のみであると言ったと書いてもいる。それにも記すに価するだけの信憑性があるとしたらどうだろう?
気になったのは、作中作品の『レィヴィの薔薇』のこんな文章だった。「金髪の一族のなかのただひとりの黒髪の子、醜い子…」もちろん『レィヴィの薔薇』はフィクションである。だが、兄のエドワード4世は、亜麻色の髪(サンドベージュのブロンド)であり、ジョージもまた然りなのだ。レィヴィの薔薇と称されたリチャードの母シセリィ・ネイヴィは光輝くブロンドだったというから、もしも、父親のヨーク公リチャードがブロンドだったならば、庶子云々の問題は兄たちではなく、リチャード三世自身のものになってくるのではないだろうか…

いずれにしろ、リチャード三世は未だ謎につつまれた人物なのにはちがいない。

時の娘 (ハヤカワ・ミステリ文庫 51-1)
ジョセフィン・テイ (著), 小泉 喜美子 (翻訳)
早川書房 (1977/6/30)


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category: 古典・本格

thread: 読んだ本。 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  古典  読書会  早川書房 
2013/10/30 Wed. 23:29 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

Re: トニイパンディがいっぱい

リチャード三世もそうだけど、ヘンリー8世とかも面白いですよね。
チューダーとかもう滅茶苦茶ですもん(笑)これに匹敵するのは、もうボルジアくらいかも。

私はこの小説をnaoさんとは対照的に、「テイ女史はやたらと取り憑かれとるなぁ」と少々冷ややかに再読しました。
もう肖像画をみた時にグラント警部の答えはでていて、あとは帰結法で辻褄をあわせていったという気が拭えない。だからといって別に反リカーディアンというわけではないですが、この手の熱狂に特有の、一つが無罪なら全て無罪に違いない!という論理に違和感を感じてしまうのかも...。
でも、ヒトってall or nothing なものでしょうかね?
ま、ヘンリー7世ならば、このうえどんな極悪なレッテルを貼られようが、別にどうということもなさそうですけど(笑)

読書会は...、孤独かもしれないなぁ(==)
ま、いいや。

先の発掘に資金をだしたPhilippa Langleyさんなんかもそうですが、取り憑かれているというほどの熱狂したリカーディアンは、圧倒的に女性が多い。リチャード三世には一体全体どんな魔力があるんでしょうねぇ?
リチャード三世が甥を殺害し王位を簒奪した云々より、こちらのほうが興味があったりして(笑)

余談ですが、今回発見された遺骨は、リチャード三世の姉の子孫とのミトコンドリアDNA鑑定によって、血縁が確認されたらしいのです。が、ミトコンドリアって確か母方からの遺伝のみだったような。
となるとまだ「胤違い」という可能性も残るわけで...
だって、もしも両親ともにブロンドなら、リチャードの髪の色素の優勢遺伝子は、一体どこからやってきたのでしょうか?
しかし、そっとしておいたほうがいい謎もあるのかもしれないですよね。 そのほうが"余地"がある。
ちゃん、ちゃん。

では、では〜

Spenth@ #- | URL | 2013/10/31 Thu. 20:13 * edit *

トニイパンディがいっぱい


歪んだ(歪められた)ものがもののかたちが復元されていくような、
そんなスリリングな論証(論考)が展開され、いやぁ・・惹きこまれましたわい。
久々知性と気骨を感じさる著作でありました(エラそう)。
自分もこんな洞察力欲しい。

そうした知性に感嘆しつつも、Spenth@さんの記事にもあるとおり、
本作での極端(劇的)になされた人物像の修正に対しても、
そこには著者が読者に見せたい演出も施され(隠されて)いるワケで、
そのままに絵(小説)を真実としちゃキケンでありますなぁ。

とはいえ作品を離れて(そうした視座をとおして)思うことは、
自分の頭の中は修正がきかないくらいに、あれもこれも!?
トニイパンディでいっぱいなんだろうなぁということ・・ふう。

さてSpenth@さんの視点・・
『全員一致で「面白かったね〜!」のみで終わる読書会ほど詰まらないものもないじゃないか。なので私はちょっと意地悪く斜めから眺めてみた。』(!)。
おそらく読書会では、著者の示した劇的な人物像こそ真実では、
と多くのヒトが傾いているハズ(違うかな)。
そこを巧く揺さぶって、周りの反応(反響)など探って(?)ください。
レポートよろしくね!・・では。

nao #6gL8X1vM | URL | 2013/10/31 Thu. 19:06 * edit *

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