Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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ハリス礼賛  

the silence of the lambs今月の横浜読書会は『羊たちの沈黙 』なのである。

私も本書は、オールタイムベスト3位に入っているお気に入り。ちなみにこの上位3位に差はない。下位ランキングは今とちょっと違うけど、おそらくこの先も上位トップスリーに揺るぎはないわ。

『羊たち〜』はいかにもヨコハマ読書会的な小説で、逆にこれまであまりに特別視してきたために避けてきたともいえる。だからか参加登録の段階から皆の気合いも違う。
これはもう『レッド・ドラゴン』から『ハンニバル・ライジング 』までのフルコースになるのは間違いない。

私もようやく積読を片付け、大急ぎでフルコースを完食。間に合わないかと思ったわ…(汗)
そして再読して改めて、文字通り声を大にして言いたい。
やはりトマス・ハリスは格別だ!


ハリスほど露出の少ない有名作家もそういない。ネットの情報も殆どなく、彼が今どこで何をしているのか、新しい作品がこの先出る可能性があるのか否かも分からない(私にはだけど)
まるで、彼自体が捕らえるのか難しいシリアルキラーのようではないか。

日本初登場は79年の『ブラックサンデー 』だが、一躍脚光を浴びたのは言わずもがな『羊たちの沈黙 』である。
アンソニー・ホプキンズの名演技とジョディ・フォスターの硬質な美しさが相まって素晴らしい出来だった。私は映画よりも本を先んじて読んでいたのだが、そういうケースは大抵がっかりするものだ。現実問題として小説に映像が及ぶことは殆どないから。
だけどこの映画は数少ない例外だ。

ハンニバル・シリーズとしては第一作目だった『レッド・ドラゴン』はハヤカワノヴェルズから85年に出ているが、この時はその存在すら知ることがなく、すっと後になって上梓された文庫の完全版で読んだ。
『羊たちの沈黙 』から沈黙を守ること11年、『ハンニバル』が上梓される。これもA.ホプキンスで映画化されたが、クラリスはジュリアン・ムーアに変わった。
こちらはエンディングが賛否が割れるものだったせいか、映画版は違う筋書きになっている。

Batard-Montrachet.jpgそういう意味では、おそらくメンバー全員が賞賛するだろう『羊たちの沈黙 』よりも、『ハンニバル』のほうが読書会向きかもしれない。

そしてまた7年の時を経て『ハンニバル・ライジング』 を上梓する。これも映画になった。
ご覧にように彼はお世辞にも筆の早い作家とは言えない。が、その分ストーリーは微に入り細にわたって吟味されじっくり塾生されたものに仕上がる。稀少なワインみたいなものなのだ。

レクター博士が好むワインといえば、『羊たちの沈黙』のラストでクラリスに手紙を書きながら飲んでいたバタール・モンラッシュと『ハンニバル』の掉尾を飾った最後の晩餐にも登場したシャトー・ディケムだろう。いずれもごく僅かな量しか出回らず、しかも当たり年のものとなると数が限られるから値が釣り上がり入手が難しい。
量産品が必ずしも悪品でないのと同様に、毎年新作を発表できる筆の早い作家の中にも優れた人はいると思うが、私はやはりハリスのような小説家のほうがリスペクトできるしその作品も好みでもある。
バタール・モンラシュは買えないけど(笑)

ところで、今回執筆された順に再読してみてしみじみ思ったのだ。
『ハンニバル』でそのラストが波紋を読んだことが示しているように、著者のハリス自身がレクター博士という自らが作り出したキャラクターに魅了され飲み込まれているのではないかと。それが証拠に『ハンニバル・ライジング』では、読み手すらレクターサイドに立っている。

転機となったのはやはり『羊たちの沈黙』だろう。
『レッド・ドラゴン』でのレクター博士は、その存在感や影響力はさておき、出番のごくごく少ない脇役に過ぎない。
あの物語の主役は飽くまでフクロネズミちゃんことダラハイド、”赤き竜”である。
描写に割いたページも、著者自身の思い入れもウィル・グレアムより格段に強いと思う。
そのインパクト、狂気度からすれば、女の皮を剥ぎそれで服を作るというバッファロウ・ビルことジェイム・ガムが圧倒している。"乳房付きのベスト"など、その手の趣向を凝らしたクリミナル・マインドの脚本家ですらそう思いつきはしない。にもかかららず、"竜”のほうが印象に残るのはなぜか。
それは"竜”の背景と内的葛藤を明らかにしたこともさることながら、思うにハリスの分身だったではないだろうか。ダラハイドはミズーリ出身で様々な南部人的生い立ちを背負っていたが、ハリス自身も少年時代を南部で過ごしているのだ。
レクターシリーズはおしなべてキリスト教から冷ややかに一定の距離を置いている。今のこの時代ですら南部では進化論ではなく創造論を妄信し、その宗教的理由から子供を学校に通わせず自宅学習をさせる人がいるのだ。ハリスが10代だった50年代はどれほどだっただろうと思わせずにはいられない。

Thomas Harris『羊たちの沈黙』ではその役割はクラリス・スターリングが担う。ハリスがタイプだと公言する、タフで、粘り強く、克己心に富む女性像だ。そしてトラウマを抱えてもいる。クラリスのトラウマ「間引かれる仔羊たちの悲鳴」は、悪の前にあって何もできない自分を意識するものだ。

『羊たちの沈黙』の最後で、レクターは「その悲鳴は今のところは止むだろう。しかし、クラリス、きみはトリーヴの土牢の秤のような非情さで自分を判断すべきだ。きみはその有り難い沈黙を何度も何度も自分の努力で勝ち取って行かなければならない。きみは、人の苦しみを見てその苦しみに駆り立てられているが、世の苦しみは永久に絶えることがないからだ。」と指摘している。
最終的にクラリスは『ハンニバル』でレクターのいるほうに傾くが、『羊たちの沈黙』はそれを引き起こすための予言の書、世界が歪み善悪の彼岸が近づく転機となる物語なのである。
クラリスとともにハリス自身が飲み込まれていこうとしているのだ。バッファロウ・ビルが被害者の喉に詰めた髑髏の蛾の繭は、まるでその象徴のようでもある。
だから、『ハンニバル』の結末はあれしかない唯一無二のものだったと私は思う。

それには、少しだけ光の反射が違って見えるかのような菊池訳版のほうがやはりそれに合うと思うのだった。


さて、さて、週末の読書会ではどんなことで盛り上がるだろうか。
それでは、また。



羊たちの沈黙(上) (新潮文庫)
羊たちの沈黙(下) (新潮文庫)

トマス ハリス (著), 高見 浩 (翻訳)
新潮社 (2012/1/28)









ハンニバル〈上〉 (新潮文庫)
ハンニバル〈下〉 (新潮文庫)

トマス ハリス (著), 高見 浩 (翻訳)
新潮社 (2000/4/12)









レッド・ドラゴン 決定版〈上〉 (ハヤカワ文庫NV)
レッド・ドラゴン 決定版〈下〉 (ハヤカワ文庫NV)

トマス ハリス (著),小倉 多加志 (翻訳)
早川書房(2002/09)








ハンニバル・ライジング 上巻 (新潮文庫)
ハンニバル・ライジング 下巻 (新潮文庫)

トマス ハリス (著), 高見 浩 (翻訳)
新潮社 (2007/3/28)




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category: ノワール・ホラー・サスペンス

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 読書会  このミス  映画化  海外ミステリ 
2014/04/03 Thu. 15:42 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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