Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

05« 2017 / 06 »07
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

フラッシュ・ボーイズ 10億分の1の男たち / マイケル・ルイス 

翻訳者、故東江一紀さんのエンタメの代表作がドン・ウィンズロウならば、ノンフィクションはマイケル・ルイスかもしれない。本書はその東江さん最後の作品で、道半ばにして他界されてしまったため、お弟子さんである渡会さんがそれを引き継ぎ出版に至ったという。
ついこの間『ストリート・キッズ』読書会をしたばかりなので、なんだか感慨深い。

Michael Lewisさて、マイケル・ルイスを手にとる人の多くは、少なからず経済に興味がある人ではないだろうか。投資をやっていたり、またはそういう仕事に就いていたり…。
かくいう私もごくごくささやかに株をやっている。
そういう読者は、金融システムのあまりの不透明さに腹を立てることだろう。だが、恐ろしいことに、こういうのも段々と慣れてしまうのだ。強欲に資本主義を驀進してきた結果、世の中にはもう平等とか公平とかいうものは存在しなくなってしまったのかもしれないとさえ思う。

さて、タイトルのフラッシュ・ボーイズとは何ぞや。
それは"超高速トレーダー"のことである。
その昔、株は証券取引所で、株仲買人と呼ばれる人々が派手なゼスチャーで行っていた取引は、今は人に変わってコンピューターが取引をする。電子取引というやつである。
だが、この電子取引には、それぞれが取引ボタンをクリックしてから、取引所に届くまでのスピードに問題があるのだ。
人体に可能な最速の動作は瞬きだと言われている。わずか1ミリ秒の世界だが、この電子取引の世界において重要になるのは、それこそ10億分の1秒、ナノ秒というスピード差である。そして、その間に何かが、いや全てが起こる。
その瞬きよりも遥かに短い隙をついて、一般の投資家よりもミリ秒、マイクロ秒というスピードで勝る超高速トレーダーは先回りし、”さや取り”をするのだ。そうして、我々の資金は全くそうと知られずにかすめ取られる。
その上彼らにはリスクを負う必要がない。
本書の解説を書いている『FACTA』発行人阿部氏は、超高速トレーダーを、勝率100%のじゃんけんロボットに喩える。このロボットが絶対負けないのは、相手である人間が何を出すのかがわかっているからだ。同様に超高速トレーダーは売買が成立する前に、注文情報を入手し、有利な条件で自己売買することで利益を得る。(日本ではこの手法は禁止されている)
この"さや取り”には共犯者がいる。それは取引所だ。ナノ秒を争う超高速トレーダーたちは、ほんの数センチのケーブルの長さだって短縮したい。だから、取引所は自分のところのデータセンターのすぐそばに、有償でサーバーを設置させる商売をしているのだという。
アメリカの証券市場には、スピードを基盤として持つ者と持たざる者の階級構造ができあがっていたのだ。まさにアメリカ的資本主義の縮図ではないか。
この状況に奮然と立ち上がったのが、ウォール街では二軍扱いされていたカナダロイヤル銀行のブラッド・カツヤマである。
彼は、顧客からの注文で株を買おうとすると、その直前まで画面に表示されていた売り物がふっと消えてしまうという現象が頻繁に起こることをいぶかしんでいた。そして結局当初より高い価格で購入させられてしまうのだ。一度や二度ならシステムの不具合で通るが、その現象はそういうことで片付けられる範疇を超えて起こっていた。調査をはじめたブラッドは、すぐに誰かが先回りして自分たちの利益をかすめとっていることに気づく。
そこから、ブラッドたちと超高速トレーダー及び金融システムとの闘いが始まる。一人、また一人とブラッドに仲間が増えていく様子は、水滸伝のようでわくわくさせられる。
ブラッドの物語がメインストーリーなら、事情をそれと知らされずどれだけスピードを速められるかに協力する技術屋の物語はサイドストーリーといっていいだろう。
ドミトリとかウラディミールとかいう名のロシア人技術者たちは、元々は金融ではなく、通信や物理、医学や数学といった有益な分野の出身だったのだ。そういった分析的思考を持つロシア人たちは、ウォール街の投資銀行によって超高速トレーダーたちのツールに変えられてしまっていた。そして、時にどうしようもない悲劇がうまれたりもする。

nyse1.jpgこれが対岸の火事ならば、「アメリカって大変ねぇ」で済むが、この超高速トレーダーはどうやら日本にも上陸しているらしい。もちろん、取引所もグルだ。幸いというかなんと言うかまだ”黒目”の超高速トレーダーはいないらしいが、時間の問題だろう。
待って、さっきの「先回りして利益を得る」というのは日本では禁止されているはずじゃないの?日本では超高速トレーダーは仕事できないいんじゃないの?と思われるだろう。しかし、彼らの手口にはヴァージョン2があるのだ。システムに予めアルゴリズムを仕込むことで、仲介業者などのもたつきを予測し、マイクロ秒の隙をついて先回りをする。このアルゴリズムに創意があると見なされれば、今のところこれを規制する法律はないのだという。

ブラッドたちの冒険譚には溜飲が下がるし、人間の良心というものを一瞬であっても信じさせてくれる。しかし、しばしば強欲は良心を上回る。他人よりナノ秒先んじることができるのなら、自分のおばあちゃんだって売り渡す輩がいるのもまた事実なのだ。
それを示唆するかのような終わり方をしているのが何とも気になるところである。
フラッシュ・ボーイズには、第二弾がありそうだ。

フラッシュ・ボーイズ 10億分の1秒の男たち

マイケル・ルイス (著), 渡会 圭子 (翻訳), 東江 一紀 (翻訳)
文藝春秋 (2014/10/10)

Kindle版はこちら→ フラッシュ・ボーイズ 10億分の1の男たち



関連記事

category: ノンフィクション・新書

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

2014/10/31 Fri. 17:31 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://spenth.blog111.fc2.com/tb.php/412-ae61201d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top