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読書日記、ときどき食日記

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甘美なる作戦 / イアン・マキューアン 

最近、買い物の8割をAmazonに依存している…。
プライム会員なので送料無料だし、日用品も充実しているのだ。先日は 乾燥ポルチーニなんかを買ってしまった。
本にいたってはもはや殆どといっていい。予算の上限を決めてはいるもの、読むスピードも考えずに買ってしまうので積読が多くなるというわけなのだ。全くもってこれがよいことなのか悪いことなのか。
で、ようやく本書まで辿りつく。(まだピケティという大物が残っているがこれは後回し)

さて、物語の舞台は60年代後半東西冷戦の真っただ中のイギリス。
確かにMI5は出てくるし、主人公はそこに勤務しているが、彼女をして女スパイというのはなんだか違う気がしてしまう。ただ若く、恋をして、その気持に苦しんだ女の子に過ぎなかったのではないかと思うのだ。
  ian-mcewan-sweet-tooth.jpg
その主人公の名は、セリーナ・ブルーム。
彼女はとてもきれいだった。昔から小説を読むのが好きだったが、彼女が小説に求めていたのは、文章やテーマの巧みさや情景描写などよりも、存在感のある女性主人公であり、何より「結婚してください」という結末だった。つまりはそういう女の子だった。
進路を自分ひとりで選べたならば英文科にいっただろう。しかし、数学の成績がなまじ良かったため、母親の強いすすめでケンブリッジの数学科に進学する。しかしケンブリッジだ。案の定そこでは落ちこぼれるが、彼女なりの青春を謳歌する。60年代のこの時代は東西冷戦の暗雲が垂れ込める一方で、ヒッピー文化が花開き、開放的な空気も漂っていた。実際、セリーナの妹ルーシーなどは望まない子を中絶したり、大学を中退したりしていた。とはいえ、セリーナ自身は本を読みあさり、ボーイフレンドをつくるくらいが関の山だったのだが。
そのボーイフレンドの歴史の教授だったのが、トニー・キャニングだった。知り合ったとき、彼は54歳、彼女からみれば”年寄り”といっていい年齢だったが、彼の深い教養や知性、優雅さ、サフォークの別荘で披露されるイタリア料理に魅了される。トニーはまさに紳士的な愛人だった。だが、それはひと夏の間だけのものだった。
トニーとは酷い別れ方だったが、彼がお膳立てしてくれていたMI5の面接をセリーナは受け、MI5の下級職員補として働きはじめる。諜報機関勤務とはいっても、セリーナの仕事は灰色の建物の中での事務アシスタントだ。しかも民間よりはるかに給料も低い。待遇には失望したが、ともかく前に歩みだし職場にはマックスという気になる男性もできた。
そして、ある時「スイート・トゥース作戦」に携わるチャンスがめぐってくるのだ。外務省の情報調査局IRDは、昔から作家や新聞社や出版社を育成してきた。ジョージ・オーウェルの本を世界18カ国に翻訳されるのを援助したのもIRDだ。こうした遠回しなプロパガンダは昔から諜報機関の十八番なのだ。MI5は独自のプロジェクトを欲しており、若く有望な小説家に、それと知られずに支援したいと考えていた。ロシアがしているのに、なぜ我々がやってはいけないのだ?というわけだ。その交渉役として白羽の矢が立てられたのがセリーナだった。
担当はトマス・ヘイリーという作家だった。彼女はその作品はもちろん彼本人に魅了されてしまう。二人は愛し合うようになるが、それは破滅への序曲だった…。

ian mcewanマキューアンは、「すべての小説はスパイ小説であり、またすべての作家はスパイである」といっているそうだが、本書はそれを立証するかのような小説である。敵を欺くために別の人間になっているスパイは、時に自分が誰かわからなくなることもあるだろう。作家も同じなのだろうが、これは読んでいる読者とて同じだったりもする。
さらに困惑させるのが、マキューアンがメタの名手であることなのだ。この巧妙さ。そしてそれがもたらす効果ときたら…。参りましたと頭を下げるしかない。

また、作中には少壮作家であるトムの短編(あらすじのみだが)が随所に盛り込まれている。双子の弟の牧師のかわりに見事な説教をした無神論者の兄が、その説教に感激した女に付きまとわれ、何もかもを失ってしまう話や、デパートのウインドゥに飾られていたマネキンに恋をした男が、金にあかせてそのマネキンを自宅に連れ帰り猛烈に愛するのだが、彼女の心変わりを疑いズタズタにする話などである。これらがまた面白いだけでなく、全体の物語と共通するものを含んでいたりもする。

私がとりわけ印象に残ったのは、セリーナの恋の甘やかさである。ただし、セリーナ自身の恋の物語は、彼女が好きだった小説のように、「結婚してください」で終わる結末とはならなかった。
金髪で冴えた青空色の瞳の彼女は、誰がみても美人で、その美人としての特権を行使しながら、ふわふわと生きていけばいいはずだった。羽(フルーム)と同じ韻を踏んでいる名のように。それなのに男たちは、セリーナを捨てたり、死んでしまったり、挙げ句は…。その全てが舌に苦さの残るものになってしまったが、であるからこそ、それらは甘やかで美しい。
原題は「Sweet Tooth」、甘いものを好む傾向、すなわち甘党で、これは作中セリーナがかかわった作戦名であるのだが、彼女自身を表しているような気もする。
女は、大切にとっておいたあめ玉のように、時おり過去の思い出を楽しむ。彼女が今、最も懐かしく思い出すのは、誰とのことだろうか。
全てが明らかになった今では、私はやはりトニーとのあの夏のことに違いないだろうと思う。サフォーク州の別荘で、新聞の読み方や歴史を教わり、森にきのこをとりに出かけたりした日々。(ここを読んでいてポルチーニが食べたくなり、Amazonで購入したというわけなのだ。)
逆に、トムとのことはどうだったろうか…



甘美なる作戦 (新潮クレスト・ブックス)

イアン マキューアン (著), 村松 潔 (翻訳)
新潮社 (2014/9/30)




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category: 文芸

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 英国  MI5    スパイ  恋愛小説 
2015/02/25 Wed. 16:39 [edit]   TB: 0 | CM: 2

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この記事に対するコメント

Re: 失礼がいっぱい・・

naoさん、おはようございます。
今早朝5時・・・
ちょっと今日は朝から用があったため、昨夜はなんと9時に寝てしまった・・・

新潮クレストに当たりなしですか。
ラインナップはともかくとして私は意外と好きなんですよ。軽いですし。
ただ、いい加減観念して新潮もKindleでだしてほしいわ。
ただ、究極のソフトカバーなんでお値段の割に作りは安っぽいですが。

> 読書中、「森にきのこをとりに出かけたりした日々」の件から→ポルチーニ食べたい!・・という連想、いいなぁ・・知的だ!

どこがや!!!!!
でもポルチーニ、乾燥モノでもモノがいいと香りもいいんですよ。
トムはトニーのことを「ヒキガエル」呼ばわりしてましたが、こういう五感に残る思い出って強いと思うんですよね。

あ、ピケティはたぶん無理です(笑)

Spenth@ #- | URL | 2015/02/26 Thu. 05:09 * edit *

失礼がいっぱい・・

新潮クレスト・・いまいちアタリがない(少ない)シリーズ(失礼)。
マキューアンの著作はこのシリーズからいくつも刊行されておりますが、
『贖罪』のハードカバーとの差はどこにあるんだろうか?
(著者の言葉通りに著作は確かにスパイ的小説であるなぁ・・納得)。

ピケティについてはもうお任せします
(母国ではたいして売れてないくせに宣伝上手な出版社)。
Spenthさんの評を読んで、知ったかぶり(ズル)する予定です。
でも以前挫折した『ウルフ・ホール』とその続編は、
今年再度挑戦して読破するつもり・・なのですが(自信なし)。

「乾燥ポルチーニ」(?)・・お恥ずかしいことに、何なのか知りませんでした。
自分は食べたことあるのかな?・・あっても気が付かなかったと思う
(バカ舌だし・・そこにあるものを自分はただ食べるだけ)。
読書中、「森にきのこをとりに出かけたりした日々」の件から→ポルチーニ食べたい!・・という連想、いいなぁ・・知的だ!
ではまた!

nao #6gL8X1vM | URL | 2015/02/25 Wed. 21:40 * edit *

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