Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

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禁忌 / フェルディナン・フォン・シーラッハ 

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この暖かさに桜も満開。しかしどうやら週末まで持たない模様である…。ま〜た今年も名所をみることができないが、意外にも我が家のそばには桜が多く、春を堪能できる。
桜は散り際もまた風情がある。ヒラヒラと花びらが舞う様子もいいなぁと思う。あの花びらは、意気揚々と散歩している犬の鼻にくっついたりする。ほら、犬の鼻って湿ってるでしょ?

さて、今の話題はなんといってもドイツの旅客機墜落だろう。ルフトハンザ系のLCCが、フランス南東部で墜落し、日本人二人を含む乗客乗員150名が犠牲になった。
回収したボイスコーダーの分析では、ドイツ人副操縦士が「意図的に飛行機を墜落させた可能性」が疑われているという。この副操縦士には精神科の通院歴があり、自宅からは医師の就労を不許可とする診断書も発見されているのだとか。
自殺を目論んだのではないかとも言われているが、どういう事情があったにせよ、巻き沿いになった乗客乗務員やその家族にはたまったものではない…。
折しも、ちょうど本書を読んでいた時に起きた事故だった。
本書は著者自身が「善悪を問うことの無意味さ」と「拙速な刑事手続きがもたらす破局」を描いていると言うが、この事故のことを思いながら読むこととなった。

主人公は、セバスティアン・フォン・エッシュブルク。フォンのつく名が示すように古い名家の生まれで、長じて写真家になった男だ。
物語は、セバスティアンの幼少期から始まる。落ちぶれた名家に生まれた彼はすぐれた色彩感覚の持ち主だった。不仲だった両親、父親のことなどが丁寧に綴られていく。そして、あることがきっかけで若くして写真家として成功し先鋭的な作品を次々と生み出すが、一転、ある事件の被疑者として緊急逮捕されてしまう。ある女性を誘拐殺害された疑いがかけられたのだ。
窮地に立たされたエッシュブルクの弁護を彼たっての願いで引き受けることになったのは、敏腕弁護士のビーグラーだった。
果たして彼の裁判の行方は…?エッシュブルクは本当に罪を犯したのか?

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訳者のあとがきでも触れられているように、本書の装丁には作為的な写真が使用されている。
右から光が当てられた女性の写真だが、なんだか妙だし誰かに似ている気がする。
訳者のいうように、光のあたった部分を手で隠してみると…
このMichael Mannの写真はシーラッハが自らドイツ版の本書の装丁に使用するよう指定したものだという。
この写真のエピソードから伺えるように、今回の作品には特に熱が入っているようで構成も凝りに凝っている。
セバスティアンの写真家という職業にちなんでか、物語は光を構成する三原色、緑、赤、青という色の名のついた章立てによって構成されているのだ。そして、物語はその三色が完全に混ざり合うことで生まれる「白」で締めくくられる。
最初の「緑」にはシーラッハらしさというべきものが全て備わっていて読み応えがある。これ以上ないほどに簡潔な文体。それを重ねていくことによって生まれる独特の雰囲気。その描写はモノクロームの写真を連続で見せられているような気分にさせられる。セバスティアンの生い立ちが淡々と語られるのだが、これが読み手を不穏にさせる。
それに呼応するかのように、続く「赤」では彼は被疑者として逮捕される。そして物語後半、最後の最後での一撃必殺。これぞシーラッハの本領だろう。

RGB 3フォンのつく名字という出自、複雑な生い立ちのセバスティアンは、シーラッハ本人の生い立ちをつい連想してしまうが、それ以上に、著者を強く感じさせるのは弁護士のビーグラーかも。自然嫌いの彼の第一印象はあまりよろしくはない。だがすぐに全く違う印象を抱くようになる。奥さんに頭があがらない様子や、嫌いな犬に好かれるシーンなどはコミカルですらある。
また、本書の巻末には日本語版限定で「日本の皆さんへ」という著者からのメッセージが収められている。ここで引用されている良寛の句、「うらを見せおもてを見せて散る紅葉」で、人間の真実についての悟りを語っている。本書の見所はいわずもがな、エッシュブルクの真実であるが、ビーグラーの真実もまた違った意味で楽しめるのではないか。
人は誰しも多面的であり、色々な色彩を持ち合わせてもいる。そこから「善悪」を切り取りそのどちらかを問うことは無意味なのではないか。エッシュブルクの"作品”を通して間接的に、また巻末の「日本の皆さんへ」では直接にこう問いかけている。
これには賛否あって当然だろうし、私自身もよくわからないとしか言いようがない。ただ、理解できるのは、モラルと法は異なるものだし、真実と現実も必ずしも同じものではないということくらいか。
訳者曰く「本書は著者の自画像である」とのことだが、本書はまた著者自身の心の揺蕩いも感じられる作品だとも思う。
ドイツ旅客機の副操縦士の近所の人々は皆、「彼はそんなことするような人に見えなかった」と口を揃えた。しかし、彼自身の真実はどうであれ、現実には彼は大勢の人々の命を犠牲にしてしまった。そして、人々に焼き付けられるのは常に現実のほうである。



禁忌

フェルディナント・フォン・シーラッハ (著), 酒寄 進一 (翻訳)
東京創元社 (2015/1/10)


Kindle版はこちら→ 禁忌



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category: クライム・警察・探偵・リーガル

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: ドイツ  東京創元 
2015/03/30 Mon. 21:15 [edit]   TB: 0 | CM: 4

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この記事に対するコメント

Re: タイトルなし

Jiroさん、こんにちは。
桜も今日がピークでしょうか。

ROMなんておっしゃらず、コメントくださいよ〜
寂しいブログなんですから(笑)

クッツエーとオースターの書簡集!
すごく面白そう!!!
私も読んでみたいです。オースターもしばらく読んでないなぁ・・・
『ヒア ・アンド・ナウ』は私には少々高価なので、できれば図書館で借りたいです(笑)
ところでクッツェーは去年だったか一昨年だったか、ブックフェスティバルで来日した際、『The Childhood of Jesus』を鴻巣さんが訳していると伺って、楽しみにしていたのですが、企画自体が流れてしまったのでしょうかねぇ???

三ツ池公園は本当にアクセスの悪い場所なので、地元の人しかこないと思います(笑)
横浜駅近辺からだと車でいけばそれほど遠くないのですが、道は悪く混んでいるし、なにしろ駐車できない。
電車だと最寄りからはバスを使わないといけないという、どうしようもない立地なんですよ。
でも、桜は綺麗で、県の公園で手入れも行き届いているのか、枝振りがいい桜が多いのです。
そういうしているうちに、今年も行きそびれてしまいました。

私はMacなのですが、31日は全く押すことすらできません。これはFC2というよりも仕様の問題じゃないかな?
元々あるテンプレを、実は私がかなりいじってるんですよ。上のスペインの写真なんかもオリジナルですし、他にも文字の色とかも変更した記憶があります。しかも、どこをどういじったのか、本人は既に忘れてしまっているという・・。
手を加えたことによって、何かが作動しなくなった可能性もありますが、これはこのテンプレの元々の不具合じゃないかなぁという気がしますね。

コメント欄の件といい、メールといい、本当にオンボロなブログですみません(汗)
見捨てないで〜〜〜

Spenth@ #- | URL | 2015/03/31 Tue. 16:02 * edit *

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

# |  | 2015/03/31 Tue. 10:05 * edit *

Re: タイトルなし

naoさん、おはようございます!

うわぁ〜naoさんの読書評を読むと、私なんて立つ瀬ないな(笑)

私もnaoさん同様ビーグラーさんの少し可愛い?人物像を楽しみましたが、 同時にシーラッハ自体の「心の揺れ」みたいなものを強く感じました。
「罪とは何か」について常々考えているという著者ならではの作品に感じましたね。
思うに、セバスティアンは三原色が完全に混ざりあい、結果として「白」になりましたが、多くの人はそうではないはず。現実では緑がまさったり、青や赤他の色にまさったりなのじゃないかな?とも。
本書は、ドイツでも賛否が割れたといいますが、ひとつには「わかりにくさ」もあるのかなという気がしました。
naoさんのご指摘通り「仕掛け」は、「仕掛け」として非常に見事。
私は小川洋子を読んでないので、よくわかりませんが、こういった一撃必殺の上手い人は最近あまりいないような…ただ、こういう人は概してあまり長い物語が得意じゃないんですよね。三島がいい例ですね(笑)本書は非常に意欲作ではありますが、シーラッハもやはり中編より完全な短編のほうが良さが際立つ作家だと思います。
そして、わざわざ直接表現までしているわりには、「悪を追求することの無意味さ」への訴求は少々弱い気もしました。その弱さはとにもなおさず、シーラッハ自身が「揺らいでいる」からなのじゃないかなと私は思ったのでした。 人間の永遠のテーマでもあるので、百戦錬磨の刑事弁護士の著者としても、揺らぎが あって当然。逆にないのは怖い。
ただし、これは「現実の物語は、どんなに巧妙に語ろうが物語でしかない」ことの体現でもあるのかもそれませんね。

『犯罪心理捜査官セバスチャン』、すごく評判がいいですよね。
けれども、たぶん私は読まないだろうなぁ…図書館で借りられたら読むかもしれないけど、横浜は気が遠くなるほど待たなくてはいけないし(汗)

他にも積読が溜まっているし、週末までにモディアノも読まなくては!

株は、皆が莫益のなか、もう私は一人「漬け物職人」と化してますよ・・・。
誰か助けて〜〜〜〜

Spenth@ #- | URL | 2015/03/31 Tue. 08:29 * edit *

先月読んだ『禁忌』の自分の感想(メモ)から・・
≪風変わりなタッチで表されたユーモア(ファンタジー)・ミステリ。前半部、ゼバスティアンの孤独で不穏な一面が照射され、著者独特の魅力ある鋭い筆致(文体)で捉えられる。人物造形に惹かれる。そして事態の破局(事件)へ。
後半、物語は弁護士ビーグラーが登場して一転、謎めき血腥くもある事件(裁判)の不思議な奥行きが暴かれる。尊大ではあるものの、揺るぎなさの裏に人間味の豊かさも隠し持つビーグラー、その人物像もまた傑出している。仕掛けられたたくらみはあきらかにされるけれど、不思議な哀しみの感覚が残される。著者の描いた騙し絵を愉しんだ。
裁判にかかる問題性は、残酷な結末へ至った、映画『ライフ・オブ・デヴィッド・ゲイル』のようなシリアスな作品とも通底しているように思う。
また、チェス人形のエピソードから小川洋子の『猫を抱いて象と泳ぐ』(傑作!)も連想。両作とも主人公の持つ孤独な面差しは似ているのかもしれない。 ≫
平たく言うと、「風変わりなユーモア(ファンタジー)・ミステリで、著者の巧い仕掛け=騙し絵、を愉しんだ。」という意味。
どうも本作の読書評を読むと、自分と違う読み方をしているヒトがほとんどのようで、ちと不思議な気分になるのでした。

そう、北欧ミステリについてふたつほど・・
『犯罪心理捜査官セバスチャン』シリーズは登場人物がもうヘンな奴ばかりで愉しめます(『アンダルシアの友』ほど破綻してないけど)。でも、おすすめはしませんが。
「特捜部Q」の映画予告編、何かマジメなサスペンス・スリラーの感じになっておりますなぁ・・だいじょうぶか?

自分の持ち株だけは上がらない、そんな妄想(陰謀!?)に苛まれる今日この頃・・冗談。
ではまた!

nao #6gL8X1vM | URL | 2015/03/31 Tue. 07:28 * edit *

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