Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

05« 2017 / 06 »07
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

暗いブティック通り / パトリック・モディアノ 

う〜なんとか間に合ったぞ。
本書『暗いブティック通り』読書会が週末に迫っているので、急いで読んだ。
もう、ギリギリですわ…。

今回のプレゼンターはヨッシーなのだが、単館上映のマイナーな映画が好きという彼らしいセレクト。
ノーベル文学賞を受賞したことで一躍有名になった作家だが、日本ではあまりメジャーというわけでもなく、本書も長らく廃刊になっていたという。このノーベル賞を受賞した際も、確かモディアノはオッズが高かったというわけでもなく、春樹さんが有力だと見られていた気がするな。
私も読むのは初めてで、ついでにあまり現代フランス文学にも馴染みがないものだから、おっかなびっくりだったが、これが想像していたよりもずっと良かった。後をひく。俗にいう「モディアノ中毒」は静かに静かに後から来る系なんだな、きっと。

rue des boutiques obscures舞台は1965年のパリ。主人公は、ギー・ロランという男である。
といってもその名は本当の名前ではない。
たった今、探偵事務所を畳んで、ニースで暮らそうとしている男ユットから貰った名なのである。
昔、彼が不意に記憶をなくし往生していた時に、ユットは同情して手を差し伸べてくれたのだった。その人脈を駆使して戸籍までも手に入れてくれたのだった。そして、一緒に働かないかと誘ってくれたのだ。以来、ギーはユットの元でこの事務所の仕事を手伝ってきた。
しかし、ユットは探偵事務所を畳むことを決め、ギーは自分自身の過去を探そうと心に決める。過去を探る手掛かりがつかめたのだ。
そこから、ギーは自分の過去の手掛かりを知る人物から人物を辿ってパリを彷徨う。レストランの支配人、亡命ロシア人、そしてゲイ・オルロフというロシアの娘…
自分だと思われる男の人生は、果たして自分のそれなのだろうか?それとも誰か他人の人生に滑りこんでいったのだろうか?
その過去は、掴んだと思ったらその手のなかをすり抜けていき、追えば追うほどにミステリアスで曖昧な領域に入り込んでいく…。

あの『冬のソナタ』に影響を与えた作品だということで、帯にも白水社の内容紹介も「引き裂かれた恋人たち」に言及しているが、私はそういった「悲恋の物語」というよりも空疎さや虚無性を強く感じた。
物語そのものも「私は何者でもない」という意味深な言葉で始まっている。
そして、読み進めていくうちに暗い夜道で途方にくれる感覚に陥るのだ。
Patrick Modiano 聞けば、モディアノの父親はイタリア系ユダヤ人で、母親はベルギー人の女優だったという。
そしてモディアノは、父親が偽の身分証でパリに潜伏していた時に生まれた子供だという。時代性もあるが複雑な出自といっていいだろう。
本書に限らず、モディア作品の殆どがナチ占領下のパリを舞台にしているそうだが、本書の主人公が記憶を亡くした当時の1943年はまさにその渦中。作中には直接「ナチ」という言葉はでてこないものの、その暗い陰は物語に付き纏っている。

また、本書は探偵小説の形をとっているものの、一般的なミステリとは全く違う趣向に仕上がっている。
あまり言及するのも無粋だが、もしこれにいかにもエンタメ的な答えが用意されていたとしたら、陳腐になってしまっただろう。
そもそも本書を純粋なミステリとして読むのは不可能なのだ。訳者も「あとがき」で指摘している通り、年代的にみると齟齬があるのだ。
主人公自身も、亡命ロシア人の老人スチョーパがいうように若いのか、そうではないのか?
ギーという名を持つ主人公と、我々読み手がそうに違いないと考える真相は、真相でない可能性さえ残しているのだ。冒頭の言葉の通り、主人公は何者でもなかったかもしれない。
それはとりもなおさず、誰しもがユットのいうところの"海水浴場の男”なのであり、そこに長年実存したにもかかわらず、誰一人としてその男の名も知らず、なぜそこにいたのかさえわからないということを示している。
結局、歴史という大局のなかにあっては我々誰しもが”海水浴場の男”なのだが、それはなんと虚しいことだろう。

文章は叙情的で甘やか、詩情たっぷり。その謎と相まって余韻が残る。
小道具の使い方も、パリっ子らしく洗練されている。端役にすぎない登場人物の台詞の反復や、小説の名が踏む韻、ほのかな胡椒を思わせる香水(時代からしてゲランのMitsukoだろうか)、過去に主人公の力になってくれた男が口ずさんでいた歌などなど…。
そういえば、Mitsukoも残り香が素敵な香水である。
ちなみにルビローサが好んで口ずさんでいたあの歌『お前は俺に馴染んでいた』Tu Me Acostumbrasteはこんな歌。
     
今も多くの歌手がカバーしているらしい。



暗いブティック通り


パトリック・モディアノ (著), 平岡 篤頼 (翻訳)
白水社 (2005/5/25)





関連記事

category: 文芸

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 読書会  フランス  ノーベル賞 
2015/04/01 Wed. 21:36 [edit]   TB: 0 | CM: 4

go page top

この記事に対するコメント

Re: タイトルなし

Jiroさん、こんにちは!

今日はあいにくの春の嵐。桜も散ってしまいますね。
しかし、今夜はパトリック・モディアノの『暗いブティック通り』読書会です。
これは、メンバーのなかに雨男がいるにちがいないわ(笑)

ルヘインいいですよね!大好きな作家です。
欲をいえば、先にあの『運命の日』『夜に生きる』の続編を読みたかったですが、『ドロップ』も楽しみにしています。またボストンが舞台なんだろうなぁ。

図書券いいなぁ…。うらやましいです。
本って結構高い(特にハヤカワは!)ですものね。
先日、おっしゃっていた『ヒア アンド ナウ』は、図書館で借りられそうです。

では、では〜

Spenth@ #- | URL | 2015/04/03 Fri. 15:45 * edit *

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# |  | 2015/04/03 Fri. 15:26 * edit *

Re: Spenthさんとnaoのふたり読書会

naoさん、こんばんは

ふぅ〜
相変わらずのスゴい読書録に恐れ入りました。

私は、ギー=ジミー・スターン(ペドロ)ではないのじゃないかと思っておりまして…
というのも、訳者の方も指摘されてましたが、ペドロが雪の中で意識を失った時と、ギーがユットに助けられた時の年代にズレがありすぎる。
そこに気をとられると、やはり「誰か他人の人生に滑り落ちていった」ように思え、この主人公自身の存在そのものが不確かに思えてきてしまったのです。主人公の存在の曖昧さに、著者の生い立ちからくるのであろうアイデンティティの空疎さを強く感じましたね。
ーー 建物の玄関というものは、そこを通り抜ける習慣があり、その後姿を消してしまった人たちの足跡の谺のようなものが響いていて、それは薄れていくものだが注意深ければそれをキャッチすることができる。結局のところ、私はマッケヴォイでも何者でもなかったかもしれないが、そうした空中に漂う谺が結晶になっていき、私になったのではないかー 
うろ覚えで、細部が異なるかもしれませんが、喩えるなら「ピカソのキュビズム」がイメージされました。


カズオ・イシグロは、確かにウェットな雰囲気は似ているかも。
彼は「記憶の改ざん」を好んでテーマに取り上げてる作家ですよね。
記憶とは不思議なもので、イシグロが指摘するように、思い出すだびに「自分の思いたい過去」に改ざんしていってしまうといいます。
私なんて、意図するとしないにかかわらず、都合の悪いことは常に改ざんしまくり(笑)
でも、そういった特性があるからこそ、人間は生きていけるのだろうし、過去は過去として美しくいられるのでしょうねぇ。


>まぁ読んだ本の内容の忘れることの速いこと、多いこと(老人力アップ!)。

同じく…。
私は本の内容だけでなく、日常生活においても「あれ、何しにこの部屋にきたんだっけ?」ということも多々あるので、大真面目に自分自身を危惧じております…。








Spenth@ #- | URL | 2015/04/03 Fri. 00:06 * edit *

管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

# |  | 2015/04/02 Thu. 23:08 * edit *

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://spenth.blog111.fc2.com/tb.php/459-64d69091
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top