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読書日記、ときどき食日記

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忘れられた巨人 / カズオ・イシグロ 


ナダル負けたーーーーー!

覚悟していたとはいえ、全仏で負けるのはやっぱりショック。
1セット目は善戦したんだけどなぁ…
本人もこの敗退に「傷ついた」とコメントしており、ファンとしても切ない。
お誕生日だったのに…
私の塩漬け株は一生そのまま(この地合いで、絶賛塩漬け中!)でもいいから、もうなんでもいいからナダルに勝たせてあげたかったよぅ…(涙)

ナダルが気になって色々と手に着かない日々だったが、週末も近いし、なんとか『忘れられた巨人』を読み終えた。

Jiroさんが以前コメントで市原悦子の朗読がぴったりだとおっしゃっていたが、「なーるほど」と納得。冒頭はちょっとダークな日本昔話的雰囲気もあるかも。
イシグロの多才さには毎回驚くが、なんと今回はファンタジーなのである。下敷きになっているのは”アーサー王伝説”だ。魔術師マーリンの魔法や呪い、ドラゴンが息づく時代が舞台。表現を敢えて平易にしていることで、逆に超自然的世界に馴染んでもいる。
だが、SFであれファンタジーであれ、彼のテーマは一貫して「記憶」というものにある。
excalibur.jpg

時代はアーサー王亡き後のブリテン島。アーサー王の恩寵によってブリテン人とサクソン人の間には和平がもたらされているが、人々はまだ兎の巣穴のような家に住んでいる。つまりそんな時代の物語だ。
主人公は、ブリテン人のアクセルとベアトリスの老夫婦。アクセルはベアトリスを「お姫様」と呼ぶほどに、二人は互いに深く愛し合っていた。
老夫婦は最近、一日前の出来事でさえ覚えていないことに気づいていた。それどころか、自分たちが昔どうだったのかさえ、思い出せない。それは老夫婦に限ったことではなく、彼ら以外の村人やサクソン人の村でさえ状況は同じらしい。
人々にとって過去とは、次第に薄れていき、沼地を覆う濃い霧のようなものだ。国中が健忘の霧に覆われていた。
そんなわけだから、なぜ旅にでることになったのか、それが二人にとって何を意味するのかも定かではないが、老夫婦は息子の住む村に旅することになった。蝋燭の一本も持たせてもらえない村の惨い扱いに嫌気がさしたのかもしれない。ベアトリスの体調が最近優れず、息子の村への道中にいる優れた神父による治療を求めたせいかもしれない。
そればかりか、二人は肝心の息子のことも思い出すことができないのだった。
旅に出てまもなく、サクソン人の村で二人はウィスタンという名の戦士と、エドウィンという少年に出会う。悪鬼にさらわれたエドウィンを王の命で旅をしていたウィスタンが救い出したのだという。だが、エドウィンは悪鬼に噛まれてしまっていた。迷信深いサクソン人にとって、悪鬼に噛まれた少年は忌まわしいものだ。命の保証はない。それを案じたウィスタンはエドウィンを老夫婦に託そうとする。自身もブリテン人の領主に命を狙われていたことから、4人は道中を共にすることになるのだが…
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イシグロがこの物語の着想を得たのは、ニューヨークとワシントンで同時多発テロが起こった直後だったという。その言葉を裏付けるかのように、読み進めるうちに"ポスト9.11"にみられる世界の構図が浮かび上がってくる
本書は「アーサー王伝説」が下敷きになっている。もっと厳密にいえば、14世紀の詩「ガウェイン卿と緑の騎士」で、アーサー王の甥であるガウェイン卿は作中重要な人物として登場してもいる。
アーサー王はサクソン人を撃退した英雄として語り継がれているが、人々はサクソン人からみた側のことを忘れがちだ。
本書にでてくるウィストンも、サクソン人でありながらブリテン人の中で疎外されつつ育ったという特殊な境遇にある。そして、ブリテン人によるサクソン人の大虐殺を忘れられずにいる。その心情はまるで今のホームグロウンテロの犯人に重なってしまう。
繰り返されるイスラムのテロとそれに対する報復…それをやめるにはどうすればいいのか。私たちはどう進むべきなのだろうか。
血の報復を避けるため、アーサー王は「忘却」の呪いを用いた
我々も、戦争もテロもなかったこととして全てを忘れてしまうべきなのだろうか…。

確かに「忘却」は、過去に囚われず前を向いて進むために必要な能力でもある。
人間の脳は元来そういう風にできているそうで、嫌な思い出は忘れ、自分にとって都合のよいように改竄する傾向にあるという。よく、明らかに非のある被告が無実を主張することがあるが、それは窮地に陥った脳が記憶の改竄をしていることも多いという。そうやって自分を守っているのだし、そういう人たちにとっては ”本当に”無実なのだ。

同時に、本書をアクセルとベアトリスの”ラブスストーリー”として読んだ人もいるだろう。私もそれを否定しないが、私はどちらかといえば「人生をどう生きるべきなのか」という物語として読んだ。前述の「忘却」の効用との比量的意味もある。
老夫婦は互いに深く愛し合っていると信じている。二人は旅に出てまもなく、二人は船頭と老婆に出会うのだが、船頭は愛し合っている男女を向こう岸の島へ送る役を担っている。本当に愛し合っていると船頭が確信できたカップルだけを二人一緒に島に送るのだ。
しかしベアトリスは思うのだ。分かち合ってきた過去を思い出せないのに、どうやって夫婦の愛を証明すればいいのだろうかと。
ただ、国中を覆う「忘却」の霧が覆い隠しているのは、はよい記憶だけでない。事実、悪い記憶を葬っているからこそ、ブリテン島は平和なのだとも言える。
そのことを指摘されたベアトリスはこういうのだ。「悪い記憶も取り戻します。仮にそれで泣いたり、怒りで身が震えてもです。それが人生を分かち合うということではないでしょうか。」

隠喩に富んでいるこの物語において、"島"が何を意味するかは誰も目にも明らかだろう。
知らぬが仏というが、忘れてしまうことのほうが楽なことも多い。辛い現実を受け入れるのは確固たる強さが求められる。
その時、自分ならどうだろうかと考える。人生の折り返し地点も過ぎ、色々差し迫ってくるな(笑)
"忘れられた巨人"を呼び起こしたいだろうか…。


自分のこともわからないくせに人に強いるのはおこがましいのだが、ナダルにはこの敗退を忘れて欲しくはないな。
この悔しさをバネに全仏優勝10回目とリオ・オリンピック金を目指して欲しいなぁ。
ナダル伝説はまだ終わりなんかじゃないわよ〜〜
頑張れナダル!
それから、29歳のお誕生日おめでとう。


忘れられた巨人

カズオ・イシグロ (著), 土屋 政雄 (翻訳)
早川書房 (2015/5/1)





Jiroさん、アクセルがベアトリスを「お姫様」と呼ぶ件についてですが、
私はそれほど違和感はなくて、よくガイジンが「ダーリン」と呼ぶのと似た感覚なのと、アクセルの過去(騎士)を匂わせる意味もあるのかなと思いました。
でも、あまり意味なさそうな気もしますね(笑)

ナダルショックで今日はいつにも増して支離滅裂です。





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category: 文芸

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tag: 英国  イジグロ  文学   
2015/06/04 Thu. 08:53 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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