Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

05« 2017 / 06 »07
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

大穴 / ディック・フランシス 

週末は、横浜読書会のKameさん宅で「ハードボイルド読書会」なのだ。
いつもの読書会よりも少人数で、鍋でも囲みましょうという企画である。題して「ハードボイルド鍋」だ。
課題本はディック・フランシスの『大穴』、鍋はゴマ豆乳鍋と決まっている。
週末は気温が上って春の陽気になるそうだけど、いいの、いいの、ゴマ豆乳鍋は美味しいので。
やせ我慢し、汗をかきつつ鍋をつついてこそ、「ハードボイルド鍋」なのだ。

ところで、ディック・フランシスの「競馬シリーズ」を私はこれまで読んだことがなかったのだ!以前にKさんからいただいたのだが、ついつい読まないままになっていた。
手がでなかったのは、まず、「競馬」というハードルが高かったというのが大きい。英国の競馬が日本の、例えば横浜の野毛のウィンズの雰囲気とは大きく違うというのは知ってたが、だからといって興味がわくわけではない。

でも、読んでみたらびっくり。これが良かった。うわ〜〜〜、これ好き!という感じで、『大穴』の続編にあたる『利腕』 も一気に読んでしまった。どちらかというと、『利腕』 のほうが私はより好みだったかな。
菊池光さんの格調高い訳もいい。彼の翻訳はどれも好きだが、これほどピタっと嵌る小説もまたないのではないか。
当面、新刊に良いのが見つからないようなら、全シリーズ制覇したいなぁとさえ思う。

francisdick.jpg

さて、主人公はシッド・ハレーという元騎手である。障害レースのチャンピオンんにまで登りつめたが、落馬による事故で騎手生命を絶たれてしまったのだ。
引退後は、知り合いの調査会社、ハント・ラドナー社の競馬部に籍をおいているものの、給与にみあう仕事をしていなかっ。いわば、死に体だったのだ。だが、そんなシッドに転機が訪れる。
腹に受けた銃弾の傷の療養のため、義父のチャールズ・ロランド宅に身を寄せたシッドは、義父からシーベリィ競馬場を救ってほしいと懇願される。赤字続きのシーベリィ競馬場は、その土地の利権を狙われているのだという。シーベリィは立地が良いため、宅地化すれば株主には大きな利益をもたらす。そのための乗っ取り工作が行われようとしているというのだった。
この義父の依頼に、これまで生き死体のようだったシッドは目覚めるのだ。
主犯は、義父宅の客人クレイらしい。
クレイがシーベリィの株を買い占めているという確証を得たシッドは、全英障害競馬協会の理事長を説き伏せ、ラドナー社の仕事として請負うことになるのだが…
racecourse.jpg


競馬シリーズというだけあって、どっぷり競馬。競馬というか、競馬界の裏事情を描いたといったほうが正しい。予想どおり、ディック・フランシスその人自身が障害競走の騎手であったのだという。
私は競馬場にいったことはないのだが、疾走する馬の蹄の音が聞こえ、芝や泥の匂いまでもが漂ってくるようだった。餅は餅屋というが、元弁護士の法廷ミステリが読ませるように、元騎手の競馬小説は読ませるのだ。誰とは言わないが、門外漢がちゃっちゃと書いたリーガルミステリなどとはわけが違う。情報量はもちろん、とにかく情熱が違うのだ。
競馬といえば、今をときめく「五代様」ことディーンなんとかさんは、ちょっと武豊に似てない?

それはさておき、この『大穴』の良さは、なんといってもシッド・ハレーという男の美学にある。
シッドは、その若き父親が母親と結婚しないうちに死んでしまったという、いわゆる不義の子で、幼い頃から同情というものを信用しなかった。妻に去られることも、騎手という職業を諦めねばならぬことも、肩をすぼめてやり過ごし、本心は人に見えない胸のうちにしまっている。
”ハードボイルドとは、やせ我慢の美学である”と言ったのは、誰だっただろうか。そういう意味でまさしく、シッドの生き方はハードボイルドそのものなのだ。
そして、自分自身に対して頑固でもある。シッドのそういうところに、多くの人は惹かれるのではないだろうか。

一言でいえば、本書は、そんな元騎手シッドが蘇る物語だ。同時に、自分を解放する物語でもある。
シッドはその左手にハンディキャップを負っていることから、いつもその左手をポケットに隠している。左手の機能そのものより、そのハンデに対する鬱屈した嫌悪と羞恥がシッドを「生き死体」にしていたといってもいい。
そんな彼自身に変化をもたらすのが、顔に傷のある女性、ザナ・マーティンである。互いにハンディキャップを持つ二人の会話には真実と高尚さがある。こういった細部にこそ、作家の品格は宿るのだ。

フィリップ・マーロウは、「プレイバック」で、かの有名な「タフでなければ生きて行けない。優しくなれなければ生きている資格がない」という名言を残したが、本書にもそれに匹敵するものがある。
「憐れみと同情は同じものだとお思いになって?」ザナの問いに、シッドはこう答えるのだ。
同情は思慮ある態度だし、憐れみのほうは無作法ですよ。」と。
そして、二人は、無作法ならば、逆に相手を気の毒に思って我慢することができるという結論に達する。
本書にはフィリップ・マーロウのようなファッション性こそないが、清廉さと妙味があると思う。

シッドのように生きたいものだが、私には到底無理だな…
妥協ない生き方というのは、痛みを伴うものだし…



大穴 (ハヤカワ・ミステリ文庫)


ディック・フランシス (著), 菊池 光 (翻訳)
出版社: 早川書房 (1976/4/20)

Kindle版 大穴





利腕

ディック・フランシス (著), 菊池 光 (翻訳)
出版社: 早川書房 (1985/08)


Kindle版 利腕


関連記事

category: スパイ・冒険・ハードボイルド

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: ハードボイルド  海外ミステリ  早川書房  読書会  英国  文庫 
2016/03/03 Thu. 15:31 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://spenth.blog111.fc2.com/tb.php/581-d7464ece
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top