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読書日記、ときどき食日記

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熊と踊れ / アンディッシュ・ルースルンド&ステファン・トゥンベリ 

猫の次は「熊」でというわけではないけど、本書「熊と踊れ」は週末の読書会の課題本。
翻訳ミステリ好きな方にとっては、今年最も楽しみにしていた作品なのではないかしら?

「こういう本って、別に語ることなんかないんじゃなの〜?」とも言われたけれど、
いや、いや、そんなことないですよ。

というか、そう思いたいけれども、、、、
ま、横浜読書会の常連さん向きではないかも…(笑)



著者の一人であるルースルンドは、これまでベリエ・ヘルストレムと組んで、「制裁」「死刑囚」ほかをはじめとした一味違う社会派ミステリを書いており、「三秒間の死角」では新たな境地の開拓を果たした。その実力は折り紙つき。

ちなみに、強面のヘルストレム氏は、自らも服役経験があり、刑事施設や更生施設の評論家でもあるという。特に、メッセージ性の強い「死刑囚」や、エンタメ要素を含んだ「三秒間の死角」では、彼の経験が余すところなくいかされ、物語を確固たるものにしている。

       

このコンビは不滅だと思っていたが、ルースルンドが今回タッグを組んだのは別の人物
どういう仕上がりなのかな?と実は少し不安に思いつつ読んだが、全く期待を裏切らなかった!

冒頭、この物語の中核となるエピソードが終わると、そこには、こんなメッセージが。
「どうでもいいことかもしれない。が、これは事実に基づいた小説である。」

そうなのだ。これは、事実に基づいたフィクションであり、その事実とはルースルンドが今回パートナーに選んだトゥンベリの家族がかつて実際に起こした事件を元にしているのである。

本書は謎解きもないしエンタメ性も皆無。言ってしまえば、事実を元ネタにした犯罪小説に他ならない。しかも、読んでから、幾日も幾日も心にくすぶり続ける。
「死刑囚」ほどではないが、読後感は良いとは言えない。だからこそ、「残る」。
それがルースルンド作品の良さなのだろう。

anders roslundstefan thunberg 
左がトゥンベリ、右がルースルンド 

日常的に父親イヴァンの激しい暴力にさらされ、そのなかで育ったレオ、フェリックス、ヴィンセントの兄弟。主人公の役割を果たすのは長男のレオだ。
前述の冒頭の物語の中核をなしているというエピソードは、イヴァンが息子達の前で母親をボコボコにするものだ。
レオたちの父、イヴァンは、セルビア系の移民で、非常に暴力的な人間だった。レオが喧嘩でやられたら、殴り方を教え込む類の男だ。タイトルの「熊と踊れ」(原題はBjorndansen「熊のダンス」)というのは、”喧嘩の、暴力の極意”のことなのである。
また、彼は、家族の結束を非常に重んじてもいた。妻には暴力を振うが、一方で家族を愛していもいる。(その実、イヴァンが息子たちに暴力をふるう描写は全く出てこない)

イヴァンの役割は、結局そのままレオに引き継がれることとなる。レオはイヴァンとは違い、頭がよく、忍耐力も備わっていた。ちゃんとした工務店の経営者で、精神的にも経済的にも、弟たちー フィリックスとヴァイントにとっては大黒柱的存在となったのだ。
だが、レオは大胆な計画を目論んでいた。仲間は、固い絆で結ばれた、弟のフェリックスとヴィンセント、幼馴染で兵役経験のあるヤスペル、レオの恋人のアンネリーダ。手始めとして、彼らは軍の基地から密かに大量の銃器を盗み出すことに成功する。そして、次はそれらを用い、スウェーデン史上類をみない銀行強盗を計画する。
強力な武器で武装し、それを使用することも辞さないと周囲に思わせることができれば、警察も手は出せない。「熊のダンス」の原理だ。

もう一方の主人公を担うのは、彼らを追う刑事のヨン・ブロンクスだ。ヨンもまた、レオたちと同様に"過剰な暴力"のなかに育ち、暴力に”囚われている”。そのため、彼は、片時も暴力犯罪のフォルダを手放すことができない。
コーデュロイのソファをベッドにしてオフィスに泊まり込むのが常のある定年間近の警部のようになりたくはないし、自分は彼とは違うと思いつつ、同じことをしている。親密な人間関係を築くこともできない。
だからこそ、連続して起きた現金輸送車襲撃と銀行強盗に、「過剰な暴力」の存在を感じとることができる。彼自身がよく知っている、目的を達成するためシスタム化されコントロールされた暴力を…

sweden-stockholm-old-town.jpg 

銀行強盗をやめることができなくなるレオと、彼らを追うヨン…
二人の男はともすれば、逆の立場であっても全くおかしくない。二人とも「過剰な暴力」のなかで育ち、そのことを強く意識して生きてきた。そして、形こそ違えど、その暴力の影に囚われている。

レオたちを追う、ヨン・ブロンクス刑事はモデルが実在しない架空のキャラクターであるというが、この、また別のレオだったかもしれない男、ヨンの存在はとても効いている。
レオとその恋人アンネリーと、ヨンと彼の元恋人の鑑識官との関係も、物語に一層の深みをもたらしてもいる。

当初は、頭脳派で何事にも慎重で周到な性格に見えたレオだったが、次第に「強盗という行為に溺れ」、依存症であることが明らかになっていく。レオは「熊のダンス」に囚われているのだ。コントロールしていると思っているものに、実は支配されている。
このレオに対する自分の見方は、ゆっくりとではあるが、180度変わっていくのだが、このあたりの描写力はさすが。
彼らの決着の行方については、あえて触れる必要もないだろう。

それにつけても考えてしまうのは、イヴァン自身はどうだったのだろうか?ということである。
よく「負の連鎖」というが、虐待されて育った子供は、自分の子供を虐待してしまうことが多いという。暴力もまた同様で、イヴァン自身もそうだったのではないか。
身内の、家族内の暴力であるがゆえに、他人から見えにくいその種の負の連鎖は、どうすれば、断ち切ることができるのか?

それとともに、父親と息子との濃密な関係性も印象深かった。レオは本来ならば、母親にひどい暴力を振るった父親を憎み、拒絶してしかるべきなのに、結局、断ち切ることができなかったのだ。理解できないこともないが、納得はできない。
私は(一応)女性なので、男の子と父親の関係というものと、男性という性にとっての暴力はどういうものなのかについては想像するしかない。なので、人それぞれであるにしても、週末の読書会では、是非男性陣に問うてみたいと思っている。


Paul Bocuse 

ルースルンドらしい暗く重いテーマであるが、唯一慰めとなるのは、ヨンの上司のカールストレム警視正がかなりグルメであるということだろうか。
何しろリヨンの三ツ星シェフ、ポール・ボキューズの料理本を愛読していて、週末にはトリュフとロブスター入りのラビオリを作るというのだ。
彼に限らず、レオたちが強盗成功を祝って抜くシャンパンも、ポン・ロジェにボランジェと、ラインナップがエレガント。いいなぁ、ボランジェ…!
これまでの小説には、こういった描写の記憶はないので、もしかしてトゥンベリがグルメなのかなぁ???


    








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category: クライム・警察・探偵・リーガル

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

tag: 海外ミステリ  早川書房  文庫  北欧 
2016/11/02 Wed. 19:59 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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