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読書日記、ときどき食日記

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高い塔の男 / フィリップ・K・ディック 

元旦にNHKでウィーンのニューイヤーコンサートを中継していた。
今年、この晴れ舞台を振るのはグスタボ・ドゥダメル。
私の友人が大ファンの指揮者だ。というわけで、彼女も大枚をはたいてウィーンに行き、その席に座っていたらしい。
帰国後、どうだったか聞いてみると、「全般的にまあまあ」だったらしいが、「美しく青きドナウ」が始まった途端、会場から失笑が漏れたという。
彼らしく、はっちゃけてパッション溢れる「美しき青きドナウ」だったのかも…。
隣の席のオジサンにどうしてなのか聞くと「所詮彼(グスタボ)は西洋人じゃないからね〜」と言ったという。(※グスタボはベネズエラ出身)

ちょうどこの本を読んでいた私。
「日本人もそうだけど、ドイツ人はそういうところ、あるよね〜」と相槌を打ったのだが、即「いえ、いえ、ドナウはウィーンの曲よ?」と返されてしまった。そうだったっけ…?

さて前置きは長くなったが、本書「高い城の男」は、第二次世界大戦でドイツと日本が勝戦国となった世界を描いたIFもののSFだ。名作なので、ご存知の方や既読の方も多いだろう。
昨年、「ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン」という本が話題になっていたが、なんでも「21世紀の『高い城の男』」との呼び声が高いのだという。(そういう触れ込みらしい)
私は出席できないのだが、今度の読書会の課題本にもなっているみたいだし、読んでおいても損はないだろう。ちょっと装丁は心配だが。(ガンダムやエヴァ臭くないといいけども。。。)
ともあれ、どうせ読むならついでにと、先に再読してみるかと思い読んでみたのだ。

そしたら、やっぱりええすなぁ。。。。
まず、訳が格調高い!
「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」をはじめ、ディック作品を手がけている朝倉久志氏の訳がいいのだ。ものすごく久しぶりに読んだのだが、その語彙力、その響き、本当に惚れ惚れ。
なんでもこれのドラマもあるみたいだが、この物語を堪能したいのであれば、絶対に本で読むべきだと思う。ドラマや映画には予算も時間もキャストにも限界があるが、想像力にはそれはないのだから。

この方とか菊池光氏などが訳された本を安易に新訳改定とかしないでほしいなぁ…
それにね、春樹さん、これはいいから(笑)確かにこの不思議感は春樹作品に通じるものもあるが、やっぱりディック作品にあの「僕やらネズミ」の春樹さん的ニュアンスは似合わない。

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言わずもがなで、中身もいい。
第二次世界大戦で日独の枢軸国が勝利し、世界はドイツと日本の二大国家が支配している。アメリカ西海岸は日本の占領下にあり、サンフランシスコの白人たちは、日本人に媚びへつらい生きている。
物語は、一見群像劇のような形をとって、それぞれに展開される。
太平洋岸通商代表の高官、田上信輔は、プラスチック技術を携えてはるばるスウェーデンからやってくるバイネス氏を迎えようとしていた。数年来日本はドイツ第三帝国から合成化学の技術援助を得ようと努めてきたがかなわず、優位にたつ第三帝国は貿易面で優位に立ち、テクノロジー面に至っては10年の差をつけリードしているのだ。
だが、バイネス氏は見かけ通りの人物ではないかもしれないと田上は睨んでいた・・・

他方、アメリカ民芸品の古美術商チルドンも悩んでいた。彼の取り扱い商品に偽物があったことがわかったのだ。
指摘したのは、ユダヤ系アメリカ人の工員、フランク・フリンクだ。フリンクの元雇い主は、業者を通してチルドンの店に偽物をおろしていたのだ。彼は同僚と独立を目論み、自分たちの元雇い主から金をせしめようとして、それに成功する。
これからは偽物ではなく、自分のオリジナルの作品を制作して売るために。成功すれば、元妻のジュリアナを取り戻せるかもしれないから・・・



一見、まとまりのない群像劇のようでありながら、様々なかたちで様々な「本物とまがい物」の問題が描かれる。ファンにはおなじみ、ディックのお気に入りのテーマだ。
また、登場人物たちは一様に「イナゴ身重く横たわる」という本に夢中になるのだが、この本は、連合軍が勝った世界を描いたものだ。つまり、物語のなかで、登場人物たちは虚構の世界に夢中になる。

そして、同じく全ての登場人物に共通するのが、易占い(易経)である。著者のディック自身もこれに凝っており、日常の行動方針として使っていたという。作中作の「イナゴ身重く横たわる」の作者も、易経によって作中の登場人物を動かしていた設定だったが、ディック自身もまたそれを用いて本書を書き上げたというのだ。ある意味において、易経こそが、本書の本当の作者であり、創造主なのかも。
だからなのかはわからないが、本書にはいわゆる「わざとらしさや作為性」がない。代わりにあるのは、哲学的なもの、もしくは形而上学的なもので、誰しもが時に思うその複雑性だ。

それとともに、ベネズエラ人指揮者に対する欧州人的見方ではないが、枢軸国、連合国いずれが勝とうとも、ユダヤと黒人の差別は変わらないんだなぁとも思う。

この歳になって読み直してみると、昔は感じなかったことも多く感じられる。
それはある種の諦観だったりもするのだが、バイネスが田上の苦しみに思いを巡らせ、心のなかでつぶやいた言葉はとりわけ沁み入った。
「たとえどの道を選ぼうと結果は同じだったとしても、我々は進んでいくしかない。
こうすればよかったという選択肢があったとしても、物には順序がある。
一歩一歩を選択していくしか結果を左右することはできない。」



 
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category: SF ファンタジー

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

2017/01/05 Thu. 20:29 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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