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読書日記、ときどき食日記

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人質の経済学/ ロレッタ・ナポリオーニ 

今、世界では何が起ころうとしているのかを分析している本。 
『人質の経済学』というと、いかにも人間の命を金儲けの対象にしているようで嫌悪感を掻き立てるが、現実世界で起きていることだ。
本書では、いかにして「誘拐」がテロリストのビジネスになったのか、そして、それが今欧州を悩ましている難民の大量流入につながっているのかが語られている。

池上氏は「恐ろしい本」と言っているが、いや、恐ろしいのは本ではなく、世界は恐ろしいと思い知ることにある。

これまでも「誘拐」は儲かるビジネスではあった。
「破産しない国イタリア」には、多くの人がまともに税金を払っていないのにもかかわらず、なぜ破産しないのかが書かれていたが、それを支えているのは「徹底的なコネ社会」であることと、「誘拐」がビジネスとして認知されていることにあった。


70年代に石油王のポール・ゲティの孫が誘拐された事件を記憶されている方もいらっしゃるだろう。
A・J・クィネルの「燃える男」もこの事件から着想を得ているし、最近でいうとジョナサン・ホルトの「カルヴィニア三部作」の主人公ダニエーレは、誘拐されたポール・ゲティ三世そのものだといっていい。

冷戦が終わりグローバリゼーションが加速したことで、ここ10年で誘拐は劇的に増加し、世界は誘拐危機に直面しているという。
最も狙われやすいのは、ジャーナリスト志望の欧米人の若者だ。欧米人というものの、そこには当然日本人も含まれる。なんといっても彼らは高価で、政府は表向きは「テロリストとは交渉しない」といいつつ、裏では支払いに応じるからだ。就中、金払いのよいのはイタリアだという。

本書では、前述のような無謀なジャーナリスト志望の若者に、繰り返し警告をし、苦言を呈す。
彼らが何の知識もコネもなくシリアのような国に行ったところで、簡単に誘拐された挙句、運がよければ、税金で莫大な身代金われることになるだけだから。そして、その身代金はジハーディストの資金になる。運が悪ければ、見せしめとして殺害される。
その金は、時にその地域経済を変えてしまうくらい巨額だという。それはテロリストたちの資金源となるだけでなく、同時にこの「誘拐ビジネス」に直接・間接的に関与する多くの人々の懐をも潤すほどだ。
「誘拐」は、人質という商品を起点にした投資スキームでもあるという。

Sahara Kidnapping 

不注意で無知な若者だけでなく、用心深いプロのジャーナリストですら誘拐されることがある。後藤健二さんはおそらく入念な準備をしてシリア入りしたのだろうが、ツキに見放されていた。

著者によれば、彼ら日本人は当初は解放される予定だったという。政府が20億円を払いさえすれば…。
それが一転、斬首という最悪の結末に至ったのは、安部首相による声明のせいだという。折しも、安部首相はカイロでの経済ミッションの会合の際、イスラム国と戦う国へ軍事支援を約束したのだ。
日本政府としてみれば、これまで国際貢献に消極的な姿勢を非難されてもおり、人道支援の形でそれを示そうとしたのだろうと著者は一定の理解を示している。
ただ、この総理の発言は人質の運命を左右してしまった。彼らは身代金目当ての人質から外交戦略の駒にされた。
斬首のシーンをwebで流すことは、日本人に恐怖を植え付け、平和活動の維持にすら消極的にさせる狙いがあったという。そして、実際にその狙い通りにもなった。
私も含め多くの人が、もう遠い中東のことなんて放っておけと考えるようになった。

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著者はいう。多くのウォッチャーは、とかくイスラム国の残虐性に目が行きがちだが、彼らの巧みな外交手腕を見落としがちだと。イスラム国を動かしている者たちは、実際とても頭がいい。
本書の著者は、マネーロンダリングとテロ資金調達に関する研究の専門家だというが、彼女はイスラム国が単なるテロリストではなく、本格的な「国家」を築こうとしていることにいち早く見抜いた人だともいう。

ところで、ジハーディストが跋扈する地域で誘拐されるのは、プロアマを問わずフリージャーナリストが多い。これは、本書中最も考えさせられたことだった。
フリーランスが多いのは、ひとえに大手メディアの衰退に起因するのだ。
ここ20年でメディア業界は大きく様変わりしてきた。電子媒体の発展によって競争が激化、さらにソーシャルメディアの台頭によって、大手メディアは減収減益に追い込まれている。
今、アメリカ合衆国においては、もはや20パーセントの人しか新聞やテレビを信用しないという。10年後、果たして新聞は生き残っているだろうか…
ジリ貧の大手メディアには、戦争取材を専門に手がけるプロを雇う金もなければ、自前の特派員を派遣する余裕すらなくなってしまっているという。
日本だってというか、いや日本だからこそかもしれないが、メディアは「週刊文春」に負けっぱなし。世界情勢のことを報じるより、芸能スキャンダルを追ったほうが効率的に利益をだせる。
シリアのような国の内情を報じようとするならば、フリーランスを使わざるを得ないが、フリーランスの彼らとてライバルはいくらでもいる。そしてライバルに勝つには、よりリスクをとらざるを得ない。そこには当然「これからジャーナリストとして一旗あげよう!」という若者が多く含まれ、彼らはいとも簡単にジハーディストの餌食になる。

誘拐ビジネスとともに、ジハーディスト組織の資金源になっているのが難民の密入国斡旋だという。今、欧州は、あまりに膨大な数の難民を前に途方にくれている。
ドイツはもはや数年前旅行した時のような安全な国のままなのだろうか?
シリアの難民密入国斡旋業者は、「イスラム国の支配地域を通るほうが安全だ」とさえ言っているという。もちろん、しかるべき対価を支払えばの話。ジハーディスト組織にとっては効率の良いビジネスだ。

「誘拐ビジネス」にしろ、難民問題にしろ、現時点で解決策は見つかっていないし、著者もそれを提示しようとはしていない。
イスラム国に無視を決め込むこともできないし、難民をヨーロッパの端でいつまでも堰き止めておくこともできない。ただそこに留めておけば、難民にとって欧米は憎しみの対象となる。新たなジハーディストが誕生するだけだ。
トランプ政権は中東やアフリカの7カ国の人の米国入国を禁止するという極端な措置を講じ、世界中から大避難を浴びているが、日本だって、もし中国が崩壊し、膨大な中国人が大挙して日本に押しかけてくれば、そのトランプと同じことをするかもしれない。
ジレンマに陥っている中、ただ「大丈夫!希望を失わずにいればなんとかなる!」などと自分すら信じていないことを口にすることは私にはできない。
なんだか、世界は悪い方向に向かっていく一方のような気がするなぁ。だが、一方で歴史を振り返れば、いつだって危機にあったともいうことができる。
わたしのような非力な個人にできることは、ただ事実を正しく認識することによって、意識を変えることくらいか。


    

  


    
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category: ノンフィクション・新書

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2017/02/03 Fri. 19:35 [edit]   TB: 0 | CM: 0

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