Reading For Pleasure

読書日記、ときどき食日記

08« 2017 / 09 »10
1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.

戦争にチャンスを与えよ / エドワード・ルトワック 

GW「デブ活」読書の第三弾。
読書貯金もこれでおしまい(苦笑)

「戦争にチャンスを与えよ」とは、なんとも物騒なタイトルではないか。
不穏な空気が漂う昨今、戦争はいつはじまってもおかしくない。そのせいか、話題の書となっており、アマゾンでもベストセラー1位になっていた。

著者は、安全保障の専門家として各国のアドバイサーをもつとめる「最強の戦略家」だという。本書は、そんな"戦略家ルトワック"の最も有名な論文「戦争にチャンスを与えよ」やその他の講演に関連したインタビュー集だ。「戦争にチャンスを与えよ」という論文そのものも第二章にまるまる掲載されている。

Edward Nicolae Luttwak 

彼の世界観の根幹をなすのは、パラドロシカル・ロジック(逆説的論理)という概念だ。それは、紛争時に働くロジックのことで、戦争が平和につながり(戦争の目的は、平和をもたらすことにある)、平和が戦争につながることがあるということである。戦争は巨悪ではあるが、大きな役割も果たしているのだ。
一見、過激で乱暴な論理に思えるが、彼のいうことには裏付けがある。
「人間は(争わずにはいられない性分を持つ)人間であるがゆえ、平和をもたらすには、戦争による喪失や疲弊が必要となる」のだ。そして、「外部の介入によって、このプロセスを途中で止めてしまえば、平和は決して訪れない」
ユーゴ紛争やボスニア・ヘルツェゴビナの紛争しかり、ルワンダのフツ族とツチ族による争いしかり、イスラエルとパレスチナしかり…。

外部からの介入や戦争の過程で生じる難民を支援することは、一見人道的だが、結果としては悲劇をもたらす。
難民支援はその地に難民を押しとどめ、彼らを”生涯を通じての難民”に変える。そして、その子や孫たちはそこで憎しみを糧に生きるようになる。つまり、戦争を中途半端に止めれば、憎しみの感情が不完全燃焼のままくすぶり続け、難民を安易に支援すれば、彼らは憎しみを糧に武装するようになる

この論理は、「言ってはいけない 残酷すぎる真実」の橘玲氏が好きなリバタリズムに通じるものがある。
アフリカの子供たちが可哀想だからといって支援物資を送ってはいけない。それらは流通過程で奪われ、どうせ子供たちの元には届かない。そして、その元値がタダの品物は、かの地の市場の育成を阻害する。支援は、その国の経済の発展を妨げるのだ。

逆に、戦争は徹底的にやらせたほうが良い結果をもたらすという、その最たる例は今日の日本だ。
特に私たち、戦争を知らない世代は、その上の世代から「絶対に戦争はいけない」と刷り込まれて育った。9条を放棄することはもちろん、改正することなんてあってはならないのはこれまでの常識だった。

そこから180度違う論理に、正直戸惑ってしまう。
しかし、感情論を排して、冷静な目で歴史上の「原因と結果」を見るならば、彼のいうことは正しい。
誰だって平和のほうがいいに決まっている。が、実際問題として現状では、もしも「北」や「あの大国」が攻めてきたら、皆で潔く死にましょう!ということに等しい。そもそも、9条バリアはクレイジーな輩には効きそうにない。安全保障問題は、その実、待ったなしの問題だ。
ルトワック氏は「まぁ、なんとかなるだろう」が一番の悪手だと言っているが、今の日本は「まぁ、なんとかなる」そのものなのである

戦争と出生率の関係などにも触れているが、それもあながち間違いではないと思う。
大抵の場合、現実や真実は残酷にできているものだ。


     

 
関連記事

category: ノンフィクション・新書

thread: 最近読んだ本 - janre: 本・雑誌

2017/05/19 Fri. 12:10 [edit]   TB: 0 | CM: 0

go page top

この記事に対するコメント

go page top

コメントの投稿

Secret

go page top

トラックバック

トラックバックURL
→http://spenth.blog111.fc2.com/tb.php/763-69d25146
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)

go page top